137話 忍び寄る影
急遽【誓言の歪曲迷宮】というダンジョンに向かうことになった俺と【菜刀天子】ともうひとつの影。
それらは今、玉座の間にある空間の歪みと対峙していた。
この空間の歪みこそが【誓言の歪曲迷宮】の入り口というわけだな。
「そういうことです。
それではさっそく向かうとしましょう!」
【菜刀天子】に連れられて俺はズブズブと空間の歪みの中に入っていくこととなった。
空間の歪みを抜けるときは、エレベーターで下るときのようななんとも言えない浮遊感を感じた。
胸や頭に直接圧迫感を覚える程度だったが、通常のエリア移動や死に戻りとは違った感覚は、違和感マシマシだ。
これが没入型VRゲームの成せるミチの感覚と言ったところなんだろう。
いったいどうやってこんな感覚を再現しているのか気になるところではあるが、そろそろ空間の歪みから抜け出せそうだ。
そうして空間の歪みから抜け出した俺の前に広がっていたのは、捻れるような道や部屋が広がっているダンジョンだった。
もぐらが穴を掘って作ったと言っても信じれるほど無秩序な捻れた空間が広がっているが、壁などは土ではなく白い石のようなもので出来ているみたいだ。
【誓言の歪曲迷宮】の歪曲ってそういう……
壁を触ってみると少し熱を帯びた金属を触ったような感触で、触っているとどことなく落ち着く気がする。
壁を破れるか包丁の柄でコツコツと叩いて強度を確認したが……無理だな。
めっちゃ硬い!
ちょっとやそっとのことではこの壁が壊れることはないだろう。
「やけに壁を念入りに調べていますね?
どうかしましたか?」
俺の行動に不信感を持った【菜刀天子】が怪訝そうな表情で俺に問いかけた。
あっ、これ?
この壁とか壊してダンジョンをショートカットして進めないかな~と思ってな。
難易度が高いダンジョンなら楽して進めるほうがいいだろ!
……まあ、壁が硬そうだったから無理っぽいがな。
俺は落胆しながらそう伝えた。
すると、【菜刀天子】は奇妙な虫を見るかのように俺を見て、口を開いた。
「相変わらずわけのわからないことを考えますよね底辺種族【包丁戦士】は。
とりあえず、真っ当に進んでいきましょう」
仕方ないのでしぶしぶ【菜刀天子】の後ろをついていく。
今回のダンジョン攻略の隊列は、先頭に【菜刀天子】……これは無難に言い出しっぺに頑張ってもらう形だ。
仮にもレイドボスの【菜刀天子】ならまあ大丈夫だろう、多分。
そんな【菜刀天子】の後ろに続くのは俺、【包丁戦士】だ。
俺の今のポジションは、クエストでついてくるタイプのレベル1で護衛される雑魚キャラクターだ。
底辺種族の俺をまともな戦力として考えるのは大間違いってわけだ。
そして、なんかついてきていたもう1つの影。
紫色のチャイナドレスを着ている無表情な美少女だ。
頭にお団子2つ着けている典型的なチャイナ娘って感じだ。
そう、王宮の礼拝所で居候をしている無表情チャイナ娘だ。
……いや、なんでついて来てるんだこいつは!?
「……ひまだった」
そうなのか。
前よりも日本語を喋るのが少しだけ上手くなった無表情チャイナ娘は、暇だったからついてきたらしい。
前の次元戦争とか、俺のキル未遂事件とかでこいつのスペックが高いのは知っているから別についてきても問題はない。
というかいつまでも無表情チャイナ娘って呼ぶのもダルいな。
「完全に見た目の要素をそのまま呼んでいるだけですからね。
もう少し捻ってくださいよ、これだから底辺種族【包丁戦士】は……」
【菜刀天子】うるさいぞ!
別にお前のことじゃないからいいだろ!
とはいえ、そろそろちゃんと名前で呼んでやらないとな。
「そうだろ?
聖獣【ミューン】さんよぉ?」
俺が名前を呼ぶと、無表情チャイナ娘……もといミューンがその表情筋が死んだ顔を精一杯使って驚いていた。
「……どうしてそれを?
おしえて、ないのに……」
いや、確かに初見だと考察材料が少なくて分からなかったが、要素を集めていったらなんとなく推理できたからな。
まず、あの次元戦争で呼ばれた俺のメンバーは原則フレンドから選ばれる……らしい。
まあ、普通のフレンドリストから乖離した俺のフレンドリストが通常通り機能しているか分からなかったので、これはあくまでも前提条件だ。
次に、渓谷エリアで竜人のギルドマスターにあったことだな。
あのロリババアは人の姿から竜の姿に変身出来ていた。
だから、その逆にレイドボスとしての姿から人の姿に変われてもおかしくないと思ったわけだ。
最後に、お前が使っていた円環スキル……【兎月伝心】だったか?
あれは俺たちが持っているスキル【渡月伝心】の上位版……もしくは別系統に変化したやつっていったところか。
そんなスキルをあの段階で持っているやつなんて、スキルを使っていた大元のレイドボス【ジェーライト=ミューン】しかいないだろう!
そして、その片割れのジェーライトは今、俺とかボマードちゃんについてきている状態だからな。
それならもう片割れのミューン、しかも確実にスキルの大元側の聖獣だった【ミューン】ってのがお前の名前だろう。
そう、この無表情チャイナ娘は新緑都市アネイブルのレイドボスだったあいつだ!
「……ほとんどせいかい。
だけど、すこし、ちがう……」
まあ、俺のはあくまでも推理だからどこが違っても別におかしくはない。
「……わたしまけたから。
なまえがなくなった、【みゅーん】はもう、わたしのなまえじゃない……」
ちょっと泣きそうな表情で俺に訴えかけるチャイナ娘。
ちょっと可哀想な気がする。
……というかこのゲーム、レイドボスが負けると名前が無くなるのか……(困惑)
いくらなんでも意味不明すぎる仕様だな!?
で、その名前で呼ぶと何か不都合でもあるのか?
俺がそう訊くと頭を傾げながら口を開いたチャイナ娘。
「……ない、けど……どうして?」
今はお前の名前じゃないかも知れないが、俺がお前のことを【ミューン】って呼びたいんだ。
それじゃダメか?
そんな俺の提案にまたしても驚くチャイナ娘。
「……いいの?
こんなわたしを、なまえでよんでくれて……?」
当然だろ!
これからもよろしくな【ミューン】!
俺がしっかりと顔を見合わせながら名前を呼んでやると、涙を流しながら俺に抱きついてきた【ミューン】。
熱い抱擁が、心を暖かくしていく。
そんな気がした。
っていうか見ていて思ってたが、抱きついてきた時の柔らかな感触で確信に変わった。
こいつ、胸デカイな!?
ずるい、もぐぞ!
この後俺は、ミューンが立派に主張してくる乳をひとしきり揉みしだいた。
いい感触だったのが、よけいに俺に敗北感を与えることとなったのは秘密だ……
感動のシーンを簡単に壊していくスタイル。
流石底辺種族【包丁戦士】……
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