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呪剣のパラドクス  作者: 赤月
第4話 灰色の姉妹
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2、唐国町

「なあ長人。鋳物とか鍛冶とか、金物の修繕してくれる店とか知らない?」


 月曜日の朝、俺は教室に着くと長人の席の前に言ってそう訊いた。

 この前のハデスとの戦いでわかったことだが、俺の持ってる剣には便利な自動修復機能みたいなものは着いていないらしい。となると、どうにかして折れた剣を修理しなければならない。


「知らないよ。というか、何か壊したの?」

「あー。その、なんていうか……親父の遺品の模造刀を」


 嘘は一応言ってない。模造じゃなくてがっつり本物の剣だけどな。


「そう言われても、そういうのはあんまり詳しくないな」

「鍛冶町にでも言ってみたらどうだ」

「鍛冶町?」


 話していると、横からそう助言してくれたクラスメイトがいた。

 秋山貴志(あきやまたかし)だ。不愛想でいつも機嫌の悪そうな顔をしているが、本人曰くそういう顔とのことで、普通に話してくれるし冗談も言う面白い奴だ。


「下京区にあるぞ。名前の通り、昔から鍛冶場が密集してた地域だからな。今でもそういう店が残ってるぞ」

「そうなんだ。ありがと。んじゃ明日にでもちょっと行ってみるわ」


 とりあえず今日は放課後に奏さん連れて東沙ちゃんのとこ行く予定だから明日かな。本当は先に鍛冶町に行きたいところだけど、東沙ちゃんとの約束があるからな。


「しかし模造刀って、お前の親父さんいい趣味してるな。今度それ見せてくれ

「あー、悪いけどそれはちょっと勘弁してくれ。正直、あんま人に見せたいものじゃないんだ」

「そうか」

「秋山くんって剣とか好きなの?」

「好きというか、一応剣道部だしな」

「え、マジ? 知らなかった」


 俺と長人と秋山はそんな風に少し話し込んでいた。

 その時だった。ぞくり、と妙な悪寒が背筋に走った。思わず俺は立ち上がって振り返ると、そこにはアルトが立っていた。


「よお、翼」

「お、おはよう。なんだよアルトか。脅かすなよ」


 何故かびっくりしてしまった。

 アルトはアルトで、俺が急に立ち上がったからか、びっくりしていたようだった。おばけか何かでも見たような顔で怪訝そうに俺の顔を眺めてから、だけど特に何も言わずに自分の席へと歩いて行った。


「闇町のやつは部活とかやらないのかな?」


 秋山が言った。アルトは部活はやってないが、運動神経は普通に良さそうだとは思う。特に根拠ないけれど。


「剣道とか向いてそうなんだけどな」

「あー、それはなんかわかる気がする。どうする秋山、勧誘してみるか?」

「もうした。ダメだった」


 ダメだったらしい。

 まあ、なんか放課後が忙しいらしいしそりゃそうだろうな。

 でも確かに、アルトが剣道向いてそうっていうのはなんかわかる気がした。


 ■■


 その日の放課後、翼が東沙の入院する病室へと向かった。面会の手続きをして病室の前へ行くと、中から談笑の声が聞こえるのである。


「それでね、その子すっごい変わっててさ。いっつも変わったお弁当ばっかり持ってくるの。雑炊とか焼き鳥とか。オーソドックスなお弁当持ってきてるところなんてほとんど見たことないね」

「か、変わった人なんですね」

「そうそう。でも面白い子だよ。今はクラス変わっちゃったけど、たぶんまだやってんじゃないかな」


 楽しそうに話す声に翼は聞きおぼえがあった。奏である。

 東沙のほうは少し困惑しているようであったが、それでも昨日のような弱弱しい声という感じはしなかった。


「先に行くとは言ってたけど……馴染むの早くね?」


 奏に東沙のことを話したらついてきてくれるとのことであったが、直後に翼は先生から呼び出しを受けたため、先に奏が行くことになったのであった。病室の前あたりで待っているのか思えばこの状況である。


(つーか、なんかもう俺すっげぇ入りづらいんだけど)


 むしろ自分は邪魔者ではないかとさえ思えてきた。

 翼は奏に一言だけ連絡をいれると病室の前から去った。

 思いがけず時間が出来た翼は家に帰って荷物を置いて着替えると、貴志に教えてもらった鍛冶町へ向かった。

 鍛冶町は地名の通り、確かに昔は鍛冶屋が並んでいたのだろうが、今はいたって普通の、古い民家が立ち並んでいるだけの場所、という感じのところである。翼はあちこち歩き回って探してみたが、金物を扱っていそうな店などどこにもなかった。


「まあ、そりゃそうか。地名なんてあくまで昔の名残ってだけだろうし」


 諦めて今日はもう帰ろうか。などと翼が考え始めたときだった。

 不意に風がふいて、その頬に何か熱いものが触れた。手を伸ばしてみると、指先がほんのりと灰色に煤けていた。

 風の方向を見て、そこで翼は茫然とした。

 一人の少女が立っていた。

 年齢は翼とそう変わらないくらいである。燃えるように真っ赤な長袖のワンピースと灰色のズボンを着て、肩まで届くほどに長く伸びた髪を風にたなびかせているその少女を見て翼はただ、


「美人だな……」


 と、そんな陳腐な言葉しか出てこなかった。

 その少女は確かに美人であった。どこかあどけなさを残しながらも、その顔立ちは整っており、妙に大人びているのである。

 少女のほうは翼に気づかず、そのまま路地裏へと消えていった。

 翼は無意識のうちに、その少女を追うように路地へと歩き出していった。

 そして。


「……あれ? ここ、どこ?」


 不思議な街並みを目にした。

 先ほどまではアスファルトで舗装された道を歩いていたはずが、足元は気がつけば土の道になっており、周囲のどこを見回してもビルや電信柱といった近代的なものがまるで見つからないのである。建物と言えば皆平屋であり、それは漆喰の壁や木の戸板などから成る古めかしいものばかりであった。

 携帯電話のGPS機能を使って場所を確かめようとしても圏外としか表示されず、通信機器としての役割さえ果たせなくなっていた。


「ここに来るのは初めてですか?」


 困惑してる翼に声を掛ける人物がいた。

 灰色の着流しを纏った銀髪で、物腰の柔らかそうな二十代くらいの青年である。


「えっと、初めてっていうか……ここ、どこなんですか? ってかなんなんですか?」

「ここは唐国町(からくにちょう)ですよ。千年前に時を止めたまま、今でも次元の狭間に存在して時代から隔絶された町なんです」


 青年は不思議なことを言った。

 翼にはその言葉の意味をほとんど理解できなかったが、ただ一つだけわかったことがある。それはこの町の存在は翼の力やハデスたちの力と同等に、常識というもので語れるものではないということだ。


「ここに来たということは、あなたはこの町に求めるものがあったということでしょう。何をお探しですか?」

「あ、えっと……その、剣とかの修理をしてくれる店を探してるんだけど」

「それでしたら、腕のいい鍛人(かぬち)を知っていますから案内します。どうぞこちらへ」


 青年は物腰低く、柔和な笑みを浮かべた。

 理解が追い付かぬまま、翼はその青年に着いていった。少し歩いたところで彼は、思い出したように言った。


「ああ、そうだ。まだ名乗っていませんでしたね。私は大伴前大納言旅人おおともさきのだいなごんたびとと言います。もっとも、この町には帝はおわしませんので、官位など瑣事ではありますが」

「はぁ、おおともたびと……おおとも、たび……と?」


 旅人と名乗った男の言葉を復唱しながら翼は段々と理解が追い付いてきた。


「もしかして、あの大伴旅人?」

「さて、あなたがいうあの、が何を指しているのかはわかりかねますが、元明帝、元正帝、聖武帝の三代に御仕えした者、というのであればそれは私で間違いないかと」

「……間違ってないです」


 不思議と翼は、それが自称であったり、歴史の人物の名を騙っているだけだとは思わなかった。

 この怪奇な町の存在を理解してしまえば、何が起きてどのような人物がいても不思議ではないと思ったからである。


 ■■


 旅人は道すがら、唐国町のことを説明してくれた。


「あなたは時間というものは、縦に一本筋のように流れているように思っているのではないですか?」

「違うんですか?」

「例えばどこまでも開けた地に立っていれば、地面はどこまでもまっすぐに伸びているように見えますよね。ですが、地球は丸いわけですから、実際にはまっすぐということはあり得ないのです。時間の流れもこれと似たようなもので、実はあちこちで曲がっているんですよ」

「……はぁ」


 翼にはため息しか出てこなかった。

 飛鳥時代から奈良時代の官人が、時間の流れだの地球は丸いだのという言葉が当たり前のように出て来るのである。


「神隠し、というものをご存じですか?」

「人とかモノが忽然と消えるっていうやつですよね」

「ええ。すべてとはいいませんが、時に時間のひずみに飲みこまれて消えてしまう、ということがあるのだそうです。そこで飲みこまれてしまったモノはそのまま時の狭間を漂流し続けるのだそうですが――ある時、誰かがそういうモノを集めて創ったのがこの町である、と言われています」

「誰かって?」

「それは私にもわかりません。おそらく、この町に住む人もみな知らないでしょうね。いつの時代の人すら。一つ確かなのは、倭国か唐の国――あなたに分かるように言うなら、日本か中国の人間であろうということくらいですね。この町には倭国と唐国にいた人しかいないようですので」

「……俺、ちゃんと元いた時代に戻れるんですかね?」


 話を聞いていて、急に翼は不安な気にさせられた。

 旅人の話では唐国町は色々な時代の文化や人が混在しているようである。そうであれば翼の剣のルーツが昔にあるとしても、それを治すことは確かに可能だろう。しかし剣が治ってもこの町から出られなくては意味がない。


「というか……ここにいるってことは、俺自身も神隠しにあったってことですか?」

「ああ、確かにその心配はもっともだけど安心して。君は元にいた時代のことをちゃんと覚えているだろう? ひずみに飲みこまれてこの町に来た人間は、元いた時代のことをはっきりと覚えていないんだ。いや、失ってしまったというべきだろうね」

「……でも、旅人さんはちゃんと自分の記憶あるじゃないですか?」

「ああ、そうだね。私も確かに記憶としてはある。しかしそれは断片的なものだ。大伴旅人という人間がいたとして、その記憶や知識のかけらを紡ぎ集めてつくられたつぎはぎのヒトガタ。それが私だ。程度は人に寄るが、完全にすべての記憶を有していることはない。そしてそういう人間はこの町から出ることはできない。だけど君のように、ちゃんとすべての記憶を保ったままこの町に来た人は、出ようと思えばいつでも出ることができるよ」

「それがどういう理屈なのか、いまいちわかんないっすけどね」


 終止首をかしげている翼を前に旅人は、なんと説明したものかと顎に手を当ててうなっていた。

 実は旅人もよくわかっていないのではないかと思うほど、その説明は具体的なようでいてどこか抽象的で的を得ないのである。


「そうだね……。この町に入ることができる人間というのはね、特別なんだよ。普通の人間には使えない特殊な術理を修めていたり、他の人には視えないモノが視える、という具合にね。この状況をあっさりと受け入れている君になら心あたりはあるんじゃないかな?」


 笑みを浮かべる旅人を前にして、翼はこくりと頷く。


「なら大丈夫だよ。君の力がこの町への通行許可証のような役割を果たしてくれているからね。ああ、ほら――あそこですよ」


 旅人が指した先にはかやぶき屋根に漆喰の壁という古めかしい家があった。

 中からはカンカンと鎚が鉄を叩く音が聞こえてくる。

 のれんをくぐると、中には筋骨隆々の男がいた。齢のほどは五十ほどで、長く伸びた白髪を後ろで束ねている。


「やあ、郭縦(かくしょう)どの。客を連れてきましたよ」

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