第99巻
第109章 追試[4]
11時に幌が合流し、ホットプレートを使って簡単な昼食を作り出した。
「でも、良かったじゃないか。無事に受かってさ」
お好み焼きを作りながら、幌が山門に言う。
山門の前には、満点の英語の追試がおいてあった。
「さすがに満点をとるとは思わなかったけどな」
鈴が山門にもたれかかりながら話した。
「やっぱり、家庭教師の先生が良かったのね」
「結果的にはそういうことになるんだな」
プラスティックの皿にのせたお好み焼きや、鈴が持ってきていたペットボトルのジュースが、次々と机の上に乗せられていく。
「ほら、完成だ」
幌が、みんなが座っている机のまわりに、椅子を持ってきて座った。
「それで、どんな問題だったんだ?」
「ああ、今から見れば簡単な問題さ。このまま、『英検』を受ける時まで、このことを覚えていればいいんだがな」
山門が皿にのっているお好み焼きでお箸で一口大に切り取り、食べ始めた。
「次何級受けるんだっけ」
桜が、山門に聞く。
「たしか、準2級だったはず」
「準2か、まあ、頑張ってくれ」
幌が気軽に山門に答えた。
「ええよなー、もう受かっとるやつは」
琴子が、幌のことをうらやましそうに見ている。
「次は2級に挑戦するさ。ま、のんびりとさせてもらうけどね」
「なぁ、殴ってもええか?」
わざわざ桜に聞いた。
「あっはっは、殴っていいんだったら、私が最初に殴ってるわよ」
「なんだか、物騒な話だな」
廊下から声が聞こえてきたと思い、食べている山門以外の全員が振り向くと、島永が片手をポケットに突っ込んでドアにもたれていた。
「島永、今日は天文部休みでしょ」
「そうだよ。でも、忘れ物があったから取りに来たんだ」
桜が、ドアのところへ駆け寄って話を聞く。
「忘れ物って?」
「先生にとられていたカメラをとりかえしにね」
手の平の大きさをしたデジカメが、島永の手の中にあった。
「何の写真が入ってるの?」
「天文写真だよ。それよりも…」
そう言って、話をそらした。
「なんか、うまそうなもの食べてるな。俺にも食わせてくれよ」
「だってさ、幌」
「もう一枚作れってか、別にかまわないよ。ちょっと座って待ってて」
幌はそう言って、島永を座っていた席へ座らせ、ホットプレートを再び付けた。
「じゃあね」
それから1時間ほど話し続けていたが、お腹も落ち着き、飲み物もなくなったころに最初に荷物をまとめて帰ったのは鈴だった。
「おう、4月になったら会おうな」
山門が鈴に手を振った。
「そういや、もうこんな時間か。今日はすぐに帰るって言っておいたのを忘れてたよ」
島永も、変えるための身支度を始めた。
それを見て、みんなもゆっくりといすから立ち上がった。
のろのろと動いて、話したりしていると、さらに時間が経っていた。
「それじゃ、俺たちも帰るよ」
「まって、うちらもかえるわ」
幌が桜と一緒に帰ろうとした時、琴子が幌を呼びとめた。
「ほら、はよぅ」
琴子は荷物を肩に掛けたばかりの雅を引っ張り、急がせた。
「じゃ、先にね」
4人は、まだ残っていた山門と島永に手を振り、部屋から出た。
階段を降りながら、桜は琴子に耳打ちした。
「ねえ、まだ…」
琴子は、うなづいた。
「今はそんな感じやないねん。今日はあかんわ」
琴子は笑っていたが、その笑顔には、妙な感じが付きまとっていた。
幌と桜の家の前に来た時、琴子と雅は、いったん立ち止まった。
「ほな」
「ああ、また4月に」
琴子が幌の目を見て一言だけ言った。
琴子と雅の後ろ姿を見ながら、桜が言った。
「4月になったら、高校の名前も変わるんだよね」
「そうだったな」
幌が思い出したかのように言った。
「名前って、なんだっけ」
「手野市立高等学校だったはずだな。いつも空気みたいに意識してないから、名前なんか忘れそうになってたよ」
「大学に進めば、いやでも意識するようになるさ」
二人の後ろから、聞きなれた声が聞こえてきた。
「お父さん!」
桜が一瞬で反応すると、やや遅れて幌が振り返った。
「父さん、今度はどこからの帰り?」
「『シベリア』地方の遺跡からね。直行便がなかったから、いくつかの空港を経由することになったんだけど、急な吹雪で空港が閉鎖されちゃってね」
「二人の終業式のあたりに帰ってこれるように日程を組んだんだけども、ごめんね」
「お母さんも」
「さて、お土産もあるし、家の中へ入ろう」
「うん!」
久しぶりに家族全員がそろって、家の中へ戻った。