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女子高と男子校  作者: 尚文産商堂
卒業式編
90/688

第90巻

第100章 卒業式[2]


3月のある晴れた日。

桜の花びらがゆったりとした空気に乗り、手元へと落ちてくる。

「卒業式か……」

感慨に浸っているのは、情報部元部長の屋久京美だった。

この高校に入学してから、ずっと情報部一筋で頑張ってきていた。

「よっ」

そんなことを考えていたが、風のようにきれいにしてくれたのは、声をかけてきた東丸三郷だった。

彼は屋久の彼氏であり、部活を通して知り合った人でもあった。

公安部の部長として2年生の後半から3年生にかけて活躍した東丸は、この高校全体の風紀を取り締まる最上位者として、不良とよくケンカする立場にあった。

数々の難所を乗り越えて、彼は卒業式を迎えていた。

「桜か」

スッと屋久の横に並んで立ち、ゆっくりと歩き出す。

「最初に出会ったのも桜の下だったな」

思い出しながら、東丸は笑いをこらえるように話し始める。

「あの時は、桜をじっと見ながら何を考えてるんだろうと思う程度だったけども、それが桜の花びらを取る為のイメージトレーニングをしていると聞いた時は…」

「いいでしょ、あの時は本当に取れなかったんだから」

怒っている屋久だが、自然とほほが緩んでくる。

「でもさ、大切な思い出も桜と一緒にあるんだぜ」

「私が告白したのも、桜の木の下だったね」

「あの時は、二人とも互いの別々の友人を通して一緒に会おうって言ってたな。それで待ち合わせ場所が一緒なのに、待ち合わせる時間が違って、俺が1時間ほど待たされたっけ」

高校へ通じる長い坂をのぼりながら、彼らは想い出を語らう。

「まったく同じタイミングで告白をしたのも、いい思い出よね」

2年生の春、近くの公園に植わっている樹齢300年になろうかという枝垂れ桜があり、その木の下で彼らは恋仲となった。

「恋人になってくださいって、同時に言ったもんな。あれほど息ぴったりだから、きっとうまくいくって思ったもんだ」

周りには、彼らと同じような歩みで、友人と話し合ったり、高校でなにをしてきたのかとか、これからのことを考えながら歩いている生徒がいた。

そんな波にゆっくりと溶け込みつつ、彼らは校門の前まで来た。

「いったん教室で集合になってるから、ここで」

「うん、わかった。またね」

笑顔で別れ、それぞれの高校へと入っていった。


卒業式はだいたい定番通り終わった。

合唱曲として選んだのは、旅立ちの日に、だった。

合唱曲が終わり、ぞろぞろとひな壇から卒業生たちが降りると、学校の公式行事としての卒業式は終わった。

だが、卒業生たちは、これからが本番でもあった。


公安部と情報部は、コンピューター部の部室にいた。

3年生4人だが、連絡を密にしていることもあり、互いに仲良しだった。

そこに料理部からきた人たちが合流し、家庭科室で作った特別料理をコンピューター部部室へ運んで来て、卒業パーティーをしていた。

「えーっと、では前途洋々たる先輩たちが、無事に卒業し、これからも社会で活躍することを願って、かんぱーい!」

乾杯の音頭を取っているのは情報部次期部長である海田だった。

「かんぱーい!」

部屋にいる人たちの手が高く掲げられ、コップに入っている白色や黄色の液体が揺れた。

この為だけに、鈴の家から持ってきた保温機が10台弱運びいれられ、冷まさないようにしていた。

「さすが鈴の家だよ。1週間前に頼んだら、こんなに用意してくれたんだ」

遠くの方から、場所を提供しているコンピューター部の1年生2人が話している声が聞こえる。

他にも2年生や3年生もそろっているようだ。

これまで部活でしてきたことの話でもしているのだろう。

「なあ」

「ん?」

お箸でお好み焼きを食べながら、東丸が屋久に聞く。

「どこの大学へ行くんだっけ?」

「『福井大学』。医学部に入ったって言わなかった?」

「いやいや、忘れちゃいないけどさ、ここ最近、いろいろあったから」

東丸はオレンジジュースを手にして、チビリと飲む。

「『大学入試センター試験』が終わればすぐに二次試験。滑り止めの私大も受けて、一息ついたら卒業式。それに部活でのパーティー。でも、これが終わったら……」

「ああ、いよいよだよ」

東丸の眼は、どこか遠くの未来を見据えているように見えた。


いくら騒ごうが時間は過ぎる。

楽しい祭りは時を過ぎるのを忘れてくれるが、時にして唐突な幕切れを迎える。

「何をしとるんや」

部屋に入ってきたのは、コンピューター部、料理部、公安部と情報部のそれぞれの顧問だった。

「卒業記念パーティーです」

すぐに公安部の次期部長が顧問のもとへ駆け寄り、何か耳打ちする。

「ちょっと待っとけ」

公安部顧問は困惑した顔つきでほかの先生達とわずかな時間話し合った。

「あー…分かった、とりあえず卒業おめでとう。君たちはこれからひろい社会へと羽ばたいていくことだろうと思う。その中には、挫折や絶望などがあることだろう。だが、これだけは忘れないでおいてほしい。"今日がつらくても、明日がある。明日が怖くても明後日がある。"そのことを常に胸の中にしまっておいてほしい。それと、さっさと片付けろよ。次見回りしに来た時にまだ騒いでいたら、次こそ本気で怒るからな」

言いたいことを言い終わると、先生は部屋の外へと歩いていった。

「何を言ったんですか」

公安部現1年生の氷ノ山が荒田にそっと聞いてみる。

「いや、いろいろネタを握っておくもんだよ」

にやりと悪賢そうに笑い、氷ノ山に伝える。

「そろそろお開きにしようと思うから、例の物を持ってきてくれないか。それとそのことを各部の代表者にも通知してくれ」

「分かりました」

荒田が氷ノ山に伝えると、料理部、コンピューター部、情報部の2年生で来年度からの部長になる人と荒田を教室の外へ連れて行った。


彼らが帰ってくるときには、それぞれの手に花束を持っていた。

「これでお開きにしたいと思いますが、最後に後輩達から花束を贈りたいと思います」

それぞれの卒業生たちの前に、人数に合わせたそれぞれの部活の代表者が花束を持っていた。

束といっても、コンサート会場で芸能人に渡されるような豪勢な花ではなく、高校生のお小遣いで買えるような10本ばかりの小さな花束だった。

思わず卒業生は立ち上がって、見計らったように情報部次期部長の海田が司会役をしていた。

「どうぞ、渡して下さい」

花束をそれぞれの部長に渡すと、一歩引いた。

「ありがとう」

とりあえずといった感じで、東丸が自然に話しだした。

「えっと、こんなふうにもらってなんていえばいいんだろ…」

横に立っていた屋久に、話し始めたのはいいがどう続けていいのかわからずに目をやった。

「皆さん、ありがとうございました。これまでお世話になりました。これからもたびたび遊びに来たいと思うんで、そのときはまた宜しくお願いします」

ぺこっとお辞儀をして、後輩達が拍手をする。

その拍手の音はなぜか廊下からも聞こえてきた。

「いいんじゃないのか?」

顧問が窓枠に右肘を置きながら拍手をしていた。

「セッ先生!」

顔を恥ずかしげに紅く染めながら、屋久が花束を抱きしめ顧問に言う。

「いつからいたんですか」

「パーティーの続きがどうなっていたかが気になってね。ちょっと回ってからまた戻ってきたんだ。そしたらちょうど屋久が話し始めたから、ついつい聞き入っていたんだよ」

言いながら先生が部屋の中へ入ってくる。

「さて、ところでいつ終わるのかな?」

「今ですっ!」

あわてて情報部が一斉にいう。

「じゃあ鍵は顧問に戻しておくようにな」

先生はそう言って、そのまま廊下へ戻っていった。

コツコツという靴音が遠くなっていって聞こえなくなると、やっとほっと一息ついた。

「撤収させるか」

東丸が言った。

部屋を見回して、状況を確認する。

保温機、フライパン、花束に移動させた机……

「分かった、パソコンについてはコンピューター部に、保温機とフライパンなど調理関連用品は料理部、公安部と情報部の部員は大変そうな所に補助へまわって」

屋久が指示を飛ばす。

「私たちは机といすを戻しておこうか」

東丸をさそって訳たちは作業を始めた。


作業が終わったのはだいたい30分経ってからだった。

「大まかに片づいたかな」

「あとは床を掃くぐらいね」

屋久と東丸は、すっかり元の姿を取り戻したコンピューター室を黒板側からじっくりとみて、机がそろっているかを確認していた。

「せんぱーい、掃除なら終わりましたよ」

料理部2年生の原洲甲中(はらすこううち)が東丸に話す。

「そうか、じゃ帰るとするか」

東丸が机といすの整理を終え、外へ真っ先に出た。

「あ、先輩、一言だけいいですか」

「どうした」

二人で出ようとしていたところを、後ろから荒田と海田が呼びとめる。

「部長になるにあたって、注意することとかなにかありますか?」

「注意することね……」

屋久が考えている間に、東丸が答えた。

「単純なことだ。"考えるな、前を向け"。これで9割方は何とかなる。残りは俺たちが遺して行ったいろいろなものがある。それをもとにして考えていけ。そしたら残り1割も何とかなる」

言うと同時にそのまま教室の外へと踏み出した。


帰り道、屋久と東丸がが高校から家に向かうための坂を下りていると、あの公園の桜が目に入った。

「あの桜、今日も咲いてるね」

「そりゃ、ここ最近は桜が咲くのにぴったりな季節だからな」

屋久が指さした先は、彼らが告白をし合った桜の木があった。

「ねえ、またここに戻りたいね」

「もちろんさ。遠く離れたとしても、俺たちは心は一緒さ。ここに戻りたいと思えば、いつでも戻ってこられる距離でもあるし」

片方は福井、もう片方は九州へ進学するために進むことが決まっている。

遠距離恋愛になったとしても、彼らの気持ちは常に通いあったままだろう。

「じゃ、桜の木の下で約束してくれる?」

屋久が東丸の腕を引っ張って、桜の木の下へ強制的に連れてきた。

「ずっと一緒にいてくれるって」

「もちろん」

二人は抱き合い、堅く誓った。

「二人が会うために、ここに戻ってくる」

最後に二人がハイタッチを交わし、そのまま後ろを振り返らずに歩いていった。

後には、桜吹雪が舞っていた。

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