第74巻
第84章 冬休み前半 [3]
寮にいた氷ノ山と文版は、とりあえずラジオを聞きながら宿題をしていた。
「そういえば…」
2次関数を解いているうちに、妙な答えが出てきてしまったため、いったん無視して次の問題へ取りかかっていた氷ノ山は、文版に急に話しかけられた。
「いつ帰るつもり?」
「実家に?」
「そ」
赤ボールペンで丸付けを終わらした文版は、数学から国語へうつっていた。
「大晦日ぐらいには帰る予定だけど。もしかしたらもうちょっと早く帰るかもしれない」
「そうそう、そういえば聞いた?」
「何を」
問題を解く手を休めず、氷ノ山が聞き返す。
「来年のコトよ。統合されるけど、一緒にはならないって言う話だったでしょう」
「ああ、そうだったわね」
女子校と男子校に分かれているという珍しい状況だったが、少子化の影響か、年々入学希望者が少なくなってきていた。
教職員は、そのことによって危機感を抱いていたらしい。
その結果が、男女校を合併し、名称を改めると言うことだった。
予定では、来年4月1日をもって、本校は手野町市立高等学校となり、市立の後に付けられていた男女の名称は外されることになる。
「それで、聞いた噂なんだけど、来年から同じクラスで勉強をすることになるって言う話。それって本当なの?」
「私は公安部であって情報部じゃないのよ。知りたいことがあるなら、ちゃんとした手続きをとって請求したら?」
「そうだけどね、今月ちょっと……」
懐が寂しいような、右手を胸から下げた。
「お金がないのは、私のせいじゃないって」
ノートを閉じ、机の前に置いてある時計で時間を確認すると、12時に近くなっていた。
「食堂行くか…」
寮の食堂は男女共同になっていた。
食堂自体は女子寮の中にあるが、男子も使うため逢い引きに使われていたりもする。
学校側はあまり思わしく思っていないようだが、一度しかない青春時代という生徒会側の主張が、今のところ通っている。
「じゃあ、わたしも~」
氷ノ山が出て行こうとしているのを見ると、文版もすぐについてきた。
食堂はすこしすいており、4人掛けのテーブルに座ることが出来た。
「食券買ってきてあげるよ、なにがいい?」
「カツ丼」
「ラーメン」
「中華丼」
氷ノ山が行こうとした時、ちょうど星井出と宮司が食堂へ来た。
「ちょうど良かった。オレのも買ってきてくれよ」
「…立て替えだからね」
「分かってる」
星井出と宮司は持ってきていたウェストバックを机の上におくと、文版に聞いた。
「そういや、正月はどうするんだ」
「今のところあまり考えてないや、実家に帰ってもいいけど、行ったところでこっちとあまり変わらないだろうしね」
文版は少し寂しそうな顔をしながら言った。
「だったら、俺と一緒にいてくれないかな」
文版が机の上に出した手を握りながら、宮司が言っている。
すぐ横では、ごはんを取りに行くことを装って、その場から速やかに逃げ出している星井出が、氷ノ山と一緒に帰ってきていた。
「はいはい、甘い生活は別の機会にしてね」
あきれたような顔をしながら、欲しいでと氷ノ山でカツ丼、ラーメン、うどん、中華丼をおぼんに載せて持ってきた。
「ほら、カツ丼は宮司、ラーメンは文版だったわね」
「ありがと」
二人とも、ほとんど同時にうけとる。
「お正月はどうしようって言う話か」
それぞれが昼ご飯を食べながら、さっきまで寮で話していたことを氷ノ山が話す。
「そうよ、星井出はどうするつもり?」
「家でごろごろしてようかと思ってたけど」
「つまんないなーって思ったのって、私だけかな」
氷ノ山が、そう言いながらも、楽しそうな顔を浮かべていた。
「みんなは、それぞれがいいと思う過ごし方をすればいいだけさ。本人がいいと思うんだったら、とめやしないさ」
そう言って、中華丼を勢いよくかき込み始めた。
照れ隠しをするかのように、顔を赤くしながらだった。
全員がいろいろ食べながら話していると、いつの間にか寮母が近くに来ていた。
「あ、寮母さん」
そばをすすりながらこちらを振り返ったのは、大学生にも見える、かなりきれいな女性だった。
「氷ノ山亜紀留さん、文版栄美さん、宮司宮司さんに星井出包矛さんね。お正月は帰る予定みたいになってるけど…1人を除いて」
ざるそばをいすと一緒に持ってきた。
寮生活をしている人は、長期間外出するときには申請書を出すことになっていた。
正月と夏休みぐらいしかないが、ゴールデンウィーク中も行く人がいるという話だった。
「さて、そんなことよりも、ここでのんびりしてて大丈夫なの?」
「え?」
一同はほとんど同時に食べ終わっていて、寮母が椅子を持ってきたときにはお茶を飲んでいた。
「宮司さんは、『新幹線』の時間がもうそろそろじゃなかった?」
「本当ですか?」
時間を確認すると午後1時前。
1時間近く、食堂にいることになる。
「予約は3時に『新大阪駅』だったはずだから、もうちょっと余裕はありますよ」
「ここから新大阪までだったら1時間ね」
携帯で確認しているのは、文版だった。
「余裕を入れたら後30分ぐらいだけど…どうする?来る?」
文版に最後の確認をする宮司に対して、少し考え込む。
携帯でどこかにメールを送ったり、返信をもらったりしている間に15分たった。
「そろそろタイムリミットだよ」
宮司が冷静を装って答える。
「15時09分の新大阪発『博多』行きの新幹線『のぞみ』に乗る予定だからね」
「行く!」
唐突に椅子から立ち上がったため、椅子が後ろへ倒れた。
「行きます、準備してくるから、女子寮の玄関で待ってて」
「え、ちょ」
何も聞く前に、食堂から飛び出していった。
「あら、大変ね」
寮母はそれを見て、ただ笑っているだけだった。