第573巻
始めてください、の声はすでに遠い過去だ。
カリカリとシャーペンを走らせ、問題を解いていく。
筆記、それにマークシート。
いくら解いても、問題がなくならないような、そんな錯覚に陥るような問題の数だ。
いつからこうして座って問題を解き始め、いつになったら立ち上がって問題が解き終わったと宣言されるのだろうか。
必要なのは時間だ。
私はそう思って、ちらりと机の端に置いた腕時計を見る。
もう30分経った、まだ30分経った。
そう感じていても、どちらも同じ30分という時間だ。
このわずか30分という短い時間の中で、私はどれだけの問題が解けただろう。
それを考え出すと、次への問題へと進めなくなる。
腕が止まる、集中力は霧散し、そして空気が周りを満たす。
空っぽの気、まさしく、今の私だ。
いつまでも終わらない問題を解くよりも、いつまでも続く眠りにつくほうが、まだましかもしれない。
「それは違うよ」
ふと、遠くで声が聞こえたような気がする。
双子の弟の幌の声で、それは確かにいないのに、はっきりと心で聞こえた。
積みあがっていく問題は、しかし、時間とともに確かに減っていく。
そうか、私はきっと、まだいけるんだ。
空っぽのところに、瀑布のように集中の波が押し寄せる。
それは私の心を確かに満たした。
必要なのは、ただ、解き切るという行為、そして正答へと近づくための努力。
それが最終、合格という結果へとつながる。
今の私に敵はない、空間には集中力の海が出来上がっていた。
もはや、ここは空っぽの気ではない。
私がここを支配しているという、まごうことなき真実が厳然と存在していた。
まだ私は解ける。
いける、まだ私はここで問題を解き続けられる。
途中であきらめることは、勇気ではない。
ここまで来たからには、もはや私に退路はない。
ただただ、目の前の問題を解いて、次に進むだけだ。