第45巻
第55章 体育大会 〜本番編 午後の部〜
「よーい……」
パーンという銃の音が聞こえてきて、選手は一斉に走り出す。
午後の部は、生徒会種目から始まる。
「今、選手一斉にスタートしました」
実況は、生徒会と情報部の人たちが手伝うことになっている。
その横で、保健係はのんびりとしていた。
「そうくるなら、こっちはこうするよ」
携帯電話で、1年生と2年生が戦っていた。
それを暇そうに見ている先生がいる。
「こうやって時間って過ぎていくのよねー…」
先生は運動場で団子状態になっている選手を見ていた。
「あの中の何人かがけがをしているはずなのに、そのままほっておくんだろうね…」
「でも、自己免疫機能が高いって言うことで、どうにかなるんじゃないですか」
川上が将棋の駒を動かしながら先生に言う。
目の前では、坂上が考え込んでいる。
「……1週間の間、ネットでずっとやり続けていた大局将棋も大詰めでしょ。たまには運動場を見て、みんなの張り切りぶりをみるというのもいいんじゃない?」
先生はそう言いながら、水筒に入れたお茶をすすった。
「大局将棋って、ものすごく大変なんですよ。知ってますか?」
坂上が聞いた。
「そんなの、私が知るわけがないじゃない」
はっきりと言い返された。
「それよりも、どうしましょうか。ここまで来たからには、今日中に終わらせたいですが」
川上が坂上に聞く。
「そうよねー。さすがに、1週間もかかったら、やばいものね」
それだけ言うと、再び時間がゆっくりと流れた。
この保健係のところだけは、別の時間が流れていた。
「あーあ。ひまだなー」
ごろんと横になると、坂上はテントの屋根を見ていた。
「どうしたんですか」
「ん?いや、ほんとに何も起こらないなって」
「いいじゃないですか。暇な時こそ貴重な時間ですよ。そもそも、保健係は暇こそいいことだと思わないと…」
先生はそれを聞いて答える。
「そうよ。保健係というものは、誰かがけがをしたりするときに一番動かないといけない係よ。それがないということは、誰もけがをしていないということと同じことなんだから」
大会はそう言いながらも、進んでいる。
放送部の実況がゆっくりと聞こえてくる。
「あれ……」
「あ、起きましたね」
坂上が寝ている仮設ベッドの上に、少しだけ腰掛ける形で川上が座っていた。
「心配したんですよ、急にバタッて倒れるから、今先生が氷嚢持ってきますから、寝ててください」
「わたし…熱中症か何かで倒れたの?」
坂上が半身を起こそうとするのを、ゆっくりとおろす。
運動場では、2人3脚を行っていた。
実況の人たちが、なかなかいい声になりつつある。
「大丈夫ですか」
「うん、ありがと。心配してくれて」
坂上が、意図的に笑顔を見せる。
何か考えていることがあるのだろうが、川上にそれがわかるかどうかは別問題。
「べ…べつに。ただ、保健係として当然のことをしたまででして……」
川上も顔を真っ赤にしながら答えた。
「そんなことじゃないよ。分からないのかなー」
川上の耳のすぐそばで、坂上は静かに言った。
「だから、こう言っているんだよ。ずっと私のそばにいてくれて、ありがとうって」
何かの感情が、一気に高まってきている。
「うぉーい、だいじょーぶか?」
先生が、そんなときに氷嚢をぶら下げて帰ってきた。
「あ、大丈夫です。結構元気になりましたよ」
そう言ったが、急に半身を起こしたために、川上と頭がぶつかって再びベッドに沈み込んだ。
次目を覚ました時は、保健室のベッドで寝かされていた。
「かわ…かみ君?」
「起きましたか」
川上はベッドのすぐ横に置いてある椅子の上に座っていた。
額に付けたばんそうこうには、小さなシミができている。
「大丈夫?」
坂上は川上のばんそうこうを軽く触れた。
ビクッと、軽く震える。
「えっと…?」
「だいじょうぶ…先生は?」
「ちょうど運動場にいますよ。いま、スウェーデンリレーしてるところです」
窓を軽く揺さぶる程度の声が響いている。
「じゃあ、当分帰ってこないね」
坂上はそれだけ言うと、川上に一気に顔を近づけた。
「ふぇ……?」
一瞬、何が起きたか理解できずに、妙な声が漏れる。
「私たちって、いい組み合わせだと思うんだー」
坂上は朗らかに言う。
「熱中症っぽい症状を起こしたのは単なる偶然だけど、結果的にはよかったのかもね」
それだけ言うと、ベッドから降りて川上を呼んだ。
「ほら、下へ降りるよ。これが終わったら、閉会式なんだから」
「あ、はいっ!」
保健室は、再び静けさを取り戻した。