第42巻
第52章 体育大会 〜本番編 午前の部〜
午前は200m競争・200mリレー・2人3脚走・スウェーデンリレーの予選と大縄跳びが予定されていた。
「1年生は、今すぐ入場門に集まってください。繰り返します、1年生の皆さんは、今すぐ入場門に集まってください」
放送部が全生徒を誘導する。
体育大会というから、体育部会が中心になるかといえばそうではなく、このような裏方の中心、放送部がすべての運営の指揮に当たることになっている。
先生方は、横のほうで放送部に指示を出すだけである。
「ほら、これ次言って」
メモを文版に渡す。
「落し物のお知らせをします。クマのぬいぐるみを落とされた方。心当たりのある方は、本部まで来てください」
そんなことを言っている間にも、入場門のところには、1年生が集まってきている。
先生の目の前に置かれたレシーバーから声が聞こえてくる。
「こちら入場門。準備OKです」
「本部了解」
それから文版に目くばせする。
「1年生は立ってください」
デッキに手をかける。
「選手、入場」
こうして、体育大会の午前の部が始まった。
さて、その一方で本部はてんてこ舞いになっていた。
「おい、得点票は」
「クマのぬいぐるみを取りに来たって」
「迷子の放送お願いします」
「コンピューター部、これからいうことを全部打ちだしてくれ」
「放送よろしく」
「了解です」
「ちょっとー、私の水筒は?」
「誰だよ、俺のイスの上に体操服置いたの」
などなど…
こんなのが同時に来たら、それこそ地獄絵図の様相をしていた。
そんな中でも、保健係は暇を持て余していた。
保健担当の朝倉智代先生は、ゆっくりとお茶を楽しんでいる。
「…向こう側は大変ね」
「こっちでよかったです」
保健係の担当生徒は二人だけで、何かあった時は最優先で駆けつける義務を負っている。
ただし、自らが選手になっていて運動場にいるときは、別にかまわないことになっているが、けがが起きるときは、たいてい運動場なので、その場で簡単な治療を施すことが暗黙の了解となっている。
「あーあ、何かないかなー」
「先輩、そんなこと言わないでください」
2年生の坂上兵伊に1年生の川上龍典が突っ込んだ。
「それもそーねー」
先生も暇そうにしている。
遠くのほうから、応援の声が聞こえる。
「いーわねー、若いって」
坂上の乾いた声が聞こえてくる。
「…そういう先輩は若くないんですか?」
坂上がすぐ横でそんなことを言う川上のほほをつねった。
「そんなことを言うのは、この口かなー?」
笑いながら言っているが、明らかに怒り心頭なのは誰の目にも明らかだ。
「しゅいましぇん」
「ん、分かればいいのよ」
最後にでこピンしてから、やっとやめた。
「いてて…そんなのだから、先輩には彼氏ができないんですよ」
目の前を、3年生が大縄を飛んでいる。
「そんなこと言ってもねー。別に彼氏がいなくてもかまわないと思うしー」
「そうよ。彼氏がいなくたってちゃんと生活できるものよ」
「…先生が言うと、重みが違いますね」
川上がまた口を滑らせている。
それから、彼がどうなったかは、お察しください。
「200mリレーの選手は、今すぐ入場門に集まってください。繰り返します。200mリレーの選手は、今すぐ入場門に集まってください」
豆見の声が、運動場全体に響いてくる。
「あ、行かないと」
ほほを押さえながら、川上が言った。
「行ってらっしゃい」
坂上と朝倉先生はそのまま、手を振って見送っている。
坂上は足が悪いため、運動会などの体育系は出てはいけないと医者からお達しが下っている。
「はいはい」
川上も手を振ってこたえる。
「1年生は一番前に集まってください」
係の誘導に従って、1年生2年生3年生が整列する。
「来てない人はいるか?」
すぐ横から先生が聞いてくる。
「いえ、いないです」
誘導係は即答する。
「あー、こちら入場門。全員集まりました」
先生が本部へと連絡を送る。
本部からはすぐに返答が来て、入場門に集まっている生徒全員を立ち上がらせる。
「じゃあ、練習通りに」
立ち上がってから全員に声をかける。
「選手、入場」
短い言葉ながらも、はっきりと耳に残る言葉。
それと同時に、入場の音楽がかかる。
競技の説明は、選手には聞こえない。
すでに、戦いは始まっているのだ。
ルールは、皆さんの想像通りだと思いますんで、ここでは省略。
「位置についてー」
審判がピストルを高々と上げる。
第1走者である星井出がバトンを手にしてクラウチングスタートの態勢をとる。
「よーい…」
一瞬の静寂。すべてを包み込む静けさの中、選手たちは互いを見る。
パンッという乾いた音は、すべてを貫いた。
選手は躍動へと、走り出した。