第39巻
第49章 体育大会 〜当日編 当日準備〜
幌たちが学校に着くと、文版と宮司が放送機器の設置の仕上げをしていた。
「おはよう」
「おはようございます」
文版が幌たちを見つけると、すぐに駆け寄ってテントのところまでつれてきた。
「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
まだ飲みきっていないレモリアの紙パックを持って、幌たちは放送機器のところへ集まった。
「まだコードをつないでいないのよ。ちょっと手伝ってくれない?」
「もう一人いるだろ?どこ行ったんだよ」
「ああ、ずーみーのこと?彼女だったら放送室へ言ってコード取りに行ってるよ」
文版が言った。
その時、向こう側からプラスチックの衣装ケースを抱えた人が帰ってきた。
「あ、みんなおはよう。もう来てたんだね」
「今日は教室によらなくてもいいから、直接こっちに来たのよ」
ドサッとケースを机の上においてから、幌たちを見た。
「…それ、全部コードなの?」
ケース一杯に入ったコードらしき黒い塊を指差して、桜が聞いた。
「そうよ。コードの接続、砂が入らないようにその接続部分をビニールテープでぐるぐる巻きにもしないといけないの。手伝ってくれるの?」
幌はため息を付いていった。
「しゃーなしだがな。何か後でおごれよ」
「おごるのは嫌。でも手伝ってくれてありがと」
そうして、結局放送のコードをつなげる手伝いをさせられることになった。
「このコードどこにつなげるのー?」
やったことが無い人にとっては、まったくわからない領域。
やったことがある人でも、なれていない限りは間違えることもある。
だが、宮司は的確に場所を教える。
「ああ、それはカセットデッキにつないで。一番運動場側の机の上にあるから」
「わかったー」
桜はそれを聞いてコードを持って早足で動く。
ちょっと離れた所では、文版が豆見と一緒になっていた。
「…ねえ、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫」
コードを持ちながら、精一杯背伸びをしている。
「このコードを向こう側に通すには、こうしたほうがいいからね…」
「それは分かってるけど…別の人に変わってもらえれば…」
グラウンド側からコードを引っ張ってきて校舎のスピーカーから音楽を流すためには、屋外レピーター盤というところにコードをつなげる必要があるのだが、そのコードを踏まれると大変何事になる。
だから、わざわざコードを頭上にかけてする必要がある。しかし、そのかけるための場所が、結構高いところにあるため、身長が低い目の文版は少しきついのだった。
「だいじょーぶ…きゃっ!」
精一杯背伸びをしていたとき、急にバランスを崩し倒れそうになった。
「危ない!」
その時飛び出してきたのは、宮司だ。
偶然近くでコードを探していたとき、目に付いたので助けたというのが本当だが、片思い中の文版はちょっと考えが違うらしい。
お姫様抱っこのように受け止められた文版は、顔を真っ赤にしながらあわてて降りた。
「大丈夫?」
何気ない一言。親切で言った宮司だが、さらに恥ずかしさを増す文版。
「うん!大丈夫!大丈夫だから!」
ものすごい勢いでしゃべる文版に、宮司はいう。
「…まあ、そんなにしゃべれりゃ元気っていうことだな」
そういって、元の作業に戻ろうとする。
その後ろから、おろおろするばかりの文版。
どういったらいいのか分からないようだ。
その時、後ろから豆見が言ってきた。
「ほら、今言わないといつ言うの?」
「え…でも…」
文版はモジモジしている。
「だから文版は気が弱いって言うの。前も言ったでしょ、"恋は戦争"だって」
「そうだけど…」
決心が付かないような文版は、再びコードをフックにかけようとする。
「宮司、いま時間空いてる?」
「ああ、こっちはほとんど片付いたけど」
「フックにコードかけるの手伝ってくれる?危なっかしくて見てられないから」
「分かった」
宮司は作業をいったんやめて、こっちにきた。
「ちょっと貸して」
宮司は文版からコードを受け取ると、軽々とフックに引っ掛けた。
「ほら、これで大丈夫だな」
軽くゆすって落ちないことを確認すると、宮司は戻ろうとした。
しかし、文版に袖をつかまれていた。
「…体育大会が終わったら、ちょっと話したいことがあるんだけど…」
「ん?何のことだい。今じゃ駄目なのか?」
「…ここで言うのは恥ずかしいから…」
宮司は合点して答えた。
「分かった。じゃあ、放課後な」
そういって、テントの下へ戻っていった。
「…これでよかったのかな」
「後は野となれ山となれ。何とかなるよ。とにかく最初が肝心だからね」
豆見がそういうと、文版は何か覚悟を決めたようだった。