第27巻
第34章 夏休み 〜最終日編 井野嶽/陽遇家〜
「うぎゃー!」
桜が、部屋で叫んだ。
その声を聞いて、幌はため息をついて向かった。
「今度はどうしたの」
扉を開けると、そこにはシャーペン片手に発狂寸前までに眼が血走っている桜がいた。
「さいごの、最後の漢字が読めないのよ!」
「それで、本当に最後なんだね」
桜は、床に置いた宿題の山を指さして言った。
「これが、戦争の跡よ!」
幌は、またため息をついてから、桜の宿題を見た。
「えっと…以下の漢字の読み仮名を書きなさい…なんだこれ?」
そこには、今まで見たことがない字が書いてあった。
幌と桜は、少し考えてから結論を出した。
「この漢字集って、こんなものばかりなの?」
「いいえ、この最後のページだけ」
そこには、こんな問題もあった。
「以下の意味で、本当にない漢字は?
1.ぶたのはは
2.ぶたのこ
3.ぶたのちち」
「…………」
幌は黙ってしまった。
「よくわからん!」
その時、ふと思い出した。
「そういや、姉ちゃん学年でも1、2を争うような上位じゃなかったか?」
「それとこれとは別問題」
そう言って、桜はその紙をじっと見ていた。
幌は、結局またもどった。
次に出てきたときには、晴れ晴れとした顔になっていた。
「姉ちゃん、できたの?」
「そうよ、やっとできたのよ。結局、琴子に聞いたけど」
「そうですか…ま、できたことはいいことじゃん」
「でも、琴子の方も、大変だったみたいよ。あちこち探して、ようやくわかったって言ってたから」
桜は、リビングにいた幌に言った。
「やれやれ、じゃあ、晩御飯作ろうか」
「よろしく!」
幌はため息をついて、そのまま続きを作った。
「いただきまーす」
桜はすぐにステーキを食べ始めた。
「へいへい」
幌も、その前で食べ始めた。
その時、電話がかかってきた。
「誰からだ?」
幌が立ち上がり、電話をとった。
「はい、井野嶽です」
「あ、幌?」
その声には、聞き覚えがあった。
「琴子か。どうしたの」
「ちょっと桜に用があるんだけど…」
「姉ちゃんにか。わかった、ちょっと待ってくれ」
幌は、電話を保留にして、桜を見た。
「ほうひふぁほ(どうしたの)?」
ステーキの切れ端を加えて、幌の方を見ていた。
「琴子から。ちょっと用があるって」
すぐに飲み込んでから、何食わぬ顔で替わった。
「はい、代わったよ…え?明日からだよ…ちょっとまってよ、じゃあまだ半分ぐらい終わらしてないっていうこと?」
幌は、ご飯を食べ終わり、食器を洗っていた。
「わかった。じゃあ、えっと…学校にまで来る?分かった。じゃあ待ってるね」
桜は、そこで電話を切った。
そして、幌に向かって言った。
「急で悪いんだけど、琴子が来ることになったから」
「えー、なんでー?」
「宿題が終わらないみたいなのよ。少しばかり手伝ってあげようと思ってね」
桜は、それだけ言うと猛然と夕食を食べ始めた。
1時間ほどすると、インターホンが鳴った。
「はいはい〜」
桜が外へ出ると、琴子と一緒に雅もいた。
「あれ?琴子だけじゃなかったの?」
「こんな夜に女の子一人で行かせるわけにはいかないって言ってね」
幌が桜の後ろから見ていた。
「じゃあ、入って入って。今日は親も帰ってこないし」
幌が突っ込んだ。
「今日も、だろ?」
「いいじゃん。今度はイギリスに行ってるって言っていたし」
「イギリスのどこだよ…」
雅が入りながら聞いた。
「確かー、ソールズベリーの近くとか…」
桜がきいた。
「どこなんだよ」
雅は苦笑いをした。
そんなことばかり話しているうちにも、雅と琴子は、リビングに到達した。
ふとみると、琴子が持っている鞄はパンパンになっていた。
「…それって……」
桜が指さすと、琴子は笑って答えた。
「ああ、これはな、中に宿題がたんまりつまっとるんや。しっかり教えてもらおうとおもっとるさかい、よろしゅうたのんまっせ」
「はいはい。とりあえず、雅はどうするの」
「俺は幌のところに少しいさせてもらうよ。少し話したいこともあるし」
そして、桜と琴子が桜の部屋の中に、幌と雅が幌の部屋の中にそれぞれ入った。
12時を過ぎるころ、幌は夜食を作り、桜の部屋に持っていった。
「姉ちゃん?」
中に入ると、ぱっとこちらに二人とも顔を向けた。
「幌、どうしたの?」
「少しおなかがすいたと思って、夜食を作ったんだ。食べる?」
幌が持っていたのは、すぐに食べれるようにと思いサンドイッチだった。
「食べる!」
琴子は、真っ先に反応した。
「2人分あるから、ゆっくりとね」
「いただきまーす!」
琴子と桜は、すぐに食べ始めた。
それを見てから幌は部屋を出た。
1時を過ぎる頃になると、幌と雅は寝て、家で起きていたのは桜と琴子だけだった。
「なあ、桜」
「ん?」
琴子が宿題を写しながら聞いた。
すでに残り3ページになるまできていた。
「いつもあんなに優しいん?」
「ああ、幌のこと。気分屋だけど、とことん尽くしてくれるタイプなのよねー。でも、大体の人にはやさしいけど…」
「けど、なんや?」
琴子は、鉛筆を動かすのをやめた。
「幌が夜食を作るのって、ついで意外じゃ初めてなんだ」
「え?」
琴子は思わず言い返した。
「自分のついでに作ったって、そういうし、ちゃんと食べていくんだけど、今回は食べなかった…」
桜は何か考えていたが、何も言わなかった。
「そんなことより、早く宿題終わらせなよ。もう、深夜1時だし」
「そうだった!」
琴子は猛然と続きを書き始めた。