第22部
第29章 夏休み 〜部活動編 天文部〜
桜は、8月5日に学校にいた。
部室であるプラネタリウム室には、桜ともう一人の姿があった。
「あ〜あ、なんで私こんなところにいるんだろ…」
「そりゃ、天文部という部活に入ったからでしょ」
偶然その場にいた、アニメ研究部の雅は言った。
「というより、なんで雅がこんなところにいるの?」
「ちょうど、アニメ研究部もしていてね、暇になったから遊びに来たんだ」
「だったら、黙っといてよね。私は今忙しいんだから」
そう言いながらも、椅子二つを使い、片方に座り、もう片方には足を乗せて弁当を食べていた。
「…その格好で弁当を食べることがか?」
「ほうはよ(そうだよ)」
おにぎりをほおばりながら、あっさりと言い切った。
「やれやれ…それよりも、なんで他の人たちがいないんだ」
雅は、周りを見回しながら聞いた。
「当然じゃん。今日は私だけしかいないんだよ」
「へ?なんで」
「だって、今日は暇になったから、遊びに来ているようなものだもん。それに、天文観察ができるのは、基本的に夜になってから。こんな真昼間にするわけないじゃん」
桜はおにぎりを飲み込んでいった。
「はあ、そうですか…」
雅は、弱弱しげに言い、周りを見回した。
「さすがに、よくわからない機械ばかりだな」
そして、雅はそのうちの一つを触ろうとした。
そのとたん、桜は言った。
「それ、触ってもいいけど、そのあとのことは私は知らないよ」
その瞬間、雅の手は引っ込んだ。
「じゃあ聞くけど、この機械ってなんなの?」
「天文写真の保管データ。それを保存しているハードディスクだよ。その中には、これまでとってきた様々な写真データが保存されてるの」
「へー」
雅は、素直に驚いて、言った。
「じゃあ、桜が撮った写真も、この中にあるの?」
桜は、少し恥ずかしそうに言った。
「えっと…あることにはあるけど…」
突然、下を向いて、弁当を食べる手を休めた。
「どうしたの?」
「う〜ん…あんまり見せるようなものじゃないし…」
「でも、俺は見てみたいんだよ」
雅は、なぜか桜に強く言った。
桜は雅の真意を測りかねていた。
「ま、いい…よね」
桜は、立ち上がってその機械を操作した。
次々と、星が現れた。
「すごいね」
雅は、ゆっくりと言った。
「うん…」
桜は雅に対して適当に返した。
ほどほど経ったとき、雅は言った。
「ありがとな。なんだかすっきりした」
それだけ言うと、雅は自分の部室へ戻った。
桜は、変な気分だったが、とりあえず再び弁当を食べ始めた。
家に帰ると、桜は氷ノ山に電話してみた。
「…ということがあったんだけど、それってどういうことだと思う?」
「単純に言うと、きっと、好きになっちゃったんだね」
「こんな短期間で?」
あっさりという氷ノ山に、桜は驚きを隠せないようだった。
「恋になるのに期間は不要よ。一目惚れって言うのもあるぐらいじゃない。そんなのがあるぐらいだから、いつ好きになっても不思議じゃないわよ」
「うーん…じゃあ、どうするべきなの」
悩む桜に、氷ノ山は言った。
「まずは、男の心を知る必要があると思うわね。幌にでも話したら?」
「幌に…なんだか嫌」
「…そんなこと言っても…じゃあ、別の人に頼るとか。たとえば、文版とか」
「そうしてみるね。ありがと、相談乗ってくれて」
「いいよ、いつでもどうぞ」
そして、電話を切ると、次に文版に電話をかけてみた。
「もしもし」
「あ、さくちゃん。どうしたの」
すぐに、文版が軽い口調で出てきた。
「実は…」
桜は、部活の時に起こったことを話してみた。
「…ということがあったんだけど、これってどういうことだと思う」
「単純ジャン。恋だよ、恋」
「うん…やっぱりそうかな…」
「でも、やっぱり、男の人に聞くほうがいいんじゃないかな。そのほうがもっとよく分かるだろうし」
「たとえば…」
「ほろすけだね。彼だったら、相談に乗ってくれるんじゃないかな。それとも、また別の人に相談してみる?」
「…幌に相談してみるね。ありがと」
「どういたしまして」
そして、桜は電話を切り、自分の部屋から出た。
料理をしている幌は、突然の相談に少し気乗りしなかったが、とりあえず答えていた。
「う〜ん…本人に聞いてみるのが一番だと思うんだけど…」
「幌ならどう考える?」
桜は必死に聞いた。
「そうだな…きっとさ、雅はそんなことを余り考えてないと思うよ。友達か、そんな感じで考えてると思うね」
幌はとりあえず、正直に話した。
「だったらいいんだけど…」
「とりあえず、ご飯が出来るから。それを食べながらゆっくりと考えてみたらどう」
「…そうする」
桜は、それだけ言うと幌が作った晩御飯を、もそもそと食べた。
部屋に戻ると、桜はパソコンをつけた。
何か考えていたわけではなかった。
「…やっぱり、単なる友達っていうことでいいのかな」
なんだか、少し残念な感じがした。
1週間後。今度はほかの天文部部員も集まっての部活があった。
しかし、その中には、雅はいなかった。
あまり、うれしくなさそうな桜を見ていた部長がいった。
「どうした井野嶽。調子が悪いんだったら、早く帰ってもかまわんが」
「あ、いいえ、そうじゃないんです」
それでも、なんだか調子が悪そうに見えた。
部長は、桜の肩を叩いて、言った。
「じゃあ、少しの間休んどけ。他の事は、おれたちがやっておくから」
「…ありがとうございます」
語尾は、ほとんど聞こえなかった。
桜は、近くに置いてあったいすに座って、ため息をついた。
それを見ていた、同級生の澤井陽菜が、桜に近づいて言った。
「ねえ、桜」
「どうしたの…」
「なんだか、今日すごく変だよ。大丈夫?」
すぐ隣に、澤井が座った。
桜は、大きな天体望遠鏡を見ながらいった。
「じつは、なんだか恋をしちゃってるらしいの」
その瞬間、遠くの方で誰かが吹く音がした。
「へ?」
「2度も言わせないでよ…」
「ごめんごめん、なんだか信じられなくて…そっか。桜にも恋人が出来たんだねー」
澤井は笑いながらいった。
桜は少し膨れていた。
遠くの方で、部長が腹を抱えて笑い転げていた。
「ぶちょー、少しばかり失礼では?」
「ああ、ごめん。でも、なんだか面白くて。自分の部活の中で誰が一番最初に恋人ができるかって考えていて…」
「不謹慎だと思います…」
澤井は、つぶやいた。
桜は、いろいろと考えていた。
「で、その相手って誰なの?もう、告白とか済ました?」
澤井は矢継ぎ早にいろいろと聞いた。
「まだ…だけど……」
「さっさと告白しないと、誰かに取られるかもしれないよ」
「うーん…」
桜は、すっかり混乱してしまった。
いったん家に帰った桜は、結局何が何だかわからなくなっていた。
「…告白、するべきなのかな……」
桜が夕食の場で、ぼやいた。
幌は、箸をおいて、言った。
「悩んでないで、たまには突撃をかけることも必要だよ。それとも、俺が聞いておこうか?」
「ぜひとも、よろしくお願いします…」
幌はため息をして、言った。
「じゃあ、まずは夕食を食べることだな。話はそこからだ」
幌はそう制してから、ご飯を食べるように言った。
ご飯を食べ終わると、桜は自分の部屋に戻り、幌は雅にメールを送っていた。
「誰か好きな人はいないか」という内容の、匿名のメールを送り届けていた。
すぐに、そんなメールにもかかわらず、返信をしてきた。
「…こいつ、結構危ないな…」
幌はそんな感想を漏らしてから、その中身を読んだ。
「好きな人なら確かにいます。同級生の桜って子なんですが、その子に気があるかどうかわかりません。調べてくださるならば、とてもありがたいです」
「……なんだ。心配して損した。でも、どうなんだろう。こんな単純なメールで引っ掛かる奴っていうのは、結構後々危ないような気がするんだが…」
とりあえず、桜にそのことを伝えた。
「それって、本当?」
「ああ、本当だ。とりあえずメールを送って調べた」
「じゃあ、雅は私のことが…」
幌はうなづいた。
桜は、そのまま部屋に戻った。
そして、扉を閉めた。