第19巻
第26章 夏休み 〜別荘編 最終日〜
首相は、たった一日泊っただけで帰って行った。
そして、気付けば、別荘に泊る予定も最終日になっていた。
中川家の人たちも、今日帰ることになっていた。
「もう、夏休みも終わりに近づいてるんだな…」
幌が、ベッドの上でつぶやいた。
「そっか、もうそんなに経つんだな」
永嶋がつぶやき返した。
ほかの人たちは、まだ眠っているようだった。
「そういえば、あの返事は考えたのか?」
「あの返事?」
永嶋は、一瞬何かわからない顔をした。
「鈴と付き合うかどうかっていう話だよ」
「ああ、あれについてはもう考えてある」
「へー、どうするんだ?」
幌は興味津々に聞いたが、永嶋ははぐらかすばかりだった。
朝食、昼食と何事もなく食べ終わると、永嶋は鈴の近くに寄って行った。
「なあ」
鈴は突然永嶋に声をかけられたので、びっくりしているようだった。
「な、なに?」
「今日の夜、お前の部屋に行ってもいいか?」
「ふぇ?あ、うん。大丈夫だよ」
鈴はしどろもどろに言った。
永嶋はそれだけ伝えるとうなづいて幌たちのところに戻った。
その日の夕食を食べ終わったころ、外も日が沈みすっかり暗くなったころだった。
執事が広間に来て、外に来るように伝えた。
外に出ると、結構な人数がいた。
周りの別の別荘から来たようだった。
いつのまにか、千夏と鈴が一番目立つところに拡声器を持って立っていた。
そして、最初に鈴がその場にいた全員に向かって言った。
「みなさん、本日はようこそ。山口家花火大会へ。本日は30分ほどを予定しております。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
それだけ言うと、どこかに合図を出した。
そして、数秒の間が空いた後、大輪の花が夜空に咲いた。
それを見届けてから、鈴は永嶋のところに歩いた。
「ちょっと、今いいですか?」
鈴は顔を赤らめながら聞いた。
「別にかまわないけど…」
永嶋は普通に答えた。
周りは、花火に集中しているようだった。
永嶋と鈴は、家の中に入って行った。
二人が入るのを確認した幌は、ほかの子供たちにそのことを連絡した。
「そっかー、じゃあいよいよ返事だね」
桜はそうほのぼのと言った。
幌たちは、花火会場に広い窓がある鈴の部屋を見上げた。
永嶋は、ズボンのポケットに両手を入れていた。
鈴は、部屋の中のちょうど真ん中で、永嶋と対面していた。
「あの……」
鈴は、重い口を開いた。
そこで、永嶋が唐突に答えた。
「あの事なんだが…」
「え?」
「お前が付き合いたいって言っていたことだよ。自分はずっと考えていたんだ。初日に告白されてから、付き合うべきかどうか」
永嶋は鈴のそばへと歩みよった。
そして、すぐそばまで来たとき、立ち止った。
二人はそれぞれの鼓動が聞こえるほど近くにいた。
「で、どうなの?」
鈴は急いた。
永嶋は、軽くうなづいた。
「別に付き合ってもかまわないかなって、そう考えたんだ」
永嶋は鈴を突然抱きしめた。
そして、耳打ちした。
「付き合おうよ。自分の愛しい人」
鈴は、突然顔が熱くなるのが分かった。
永嶋と鈴は、そのまま数秒間抱きあっていた。
話したとき、互いの顔を照らすように大輪の花が夜空に咲いた。
「きれいだね…」
永嶋は花火を見ながらつぶやいた。
「そうね」
鈴も言った。
花火大会も終わりに近づいたころ、二人は外に出てきた。
早速幌たちは二人のところへ向かった。
「お熱いこったで」
「うるさい」
幌が早速、永嶋を冷やかした。
永嶋は笑いながら答えた。
鈴は、照れながら言った。
「私たち、結局付き合うことにしました」
周りから驚きの声が上がった。
大人たちは、遠くでパーティーをしていたので、気付くことはなかった。
「結局付き合い始めたのかー」
氷ノ山が冷やかした。
男たちは、だいたい永嶋を冷やかしたが、女たちは、鈴を励ました。
「頑張ってよ。わたしたちで一番最初に付き合い始めた二人組なんだから」
桜が言った。
鈴はかなり恥ずかしそうだった。
そのとき、一番大きな花火が打ちあがった。
空一面に、カーネーション色の花が咲いた。
招待客は、パーティーのほうに視線を移していた。
千夏がホスト役を務めていた。
あちこちから来る人たちを華麗にさばいていた。
「さすが」
幌がその姿を見て言った。
ほかの人たちは、とにかくパーティーに向かっていた。
それが終わると、それぞれが家に帰った。
幌は千夏に聞いた。
「なあ、少し前に中が産の別荘で光が見えたのは…」
「花火の練習だと思うよ。ただ、あの家はいつも派手にするから、別荘をふっ飛ばす勢いでしちゃったんだと思うよ」
「じゃあ、千夏は知ってて?」
「あの巨大な穴の原因なら、そうよ。私はもう知ってた。ただ、そういうと心配になるでしょ」
幌はため息をついた。
「なるほどな……」
そして、一行は再び別荘の中に入った。
こうして、7月は明日で終わりを迎えるという日は、終わりを告げた。
翌日起きると、すでに玄関にバスが待っている状態だった。
幌たちは朝食を食べ終わったら、荷物をまとめて別荘を後にした。
桜がバスが発車して数分後に言った。
「なんか、楽しかったね」
「確かにな」
雅がぼんやりとした口調で答えた。
桜のすぐ横に雅が座っているのだった。
「そういえば、なんで雅がこんなところに座ってるのよ」
「別にかまわないだろ、どこに座っても」
雅は、それだけ言うと窓の外を見た。
高速道路を通っているので、景色がすぐに変わっていった。
幌たちの家の前までくると、一行は解散となった。
「また呼んでね」
「わかりました。また、お呼びしましょう。それではみなさん、夏休み明けまでごきげんよう」
鈴はバスの扉のところでそれだけ言うと、そのままバスとともにどこかへ消えた。
「それじゃ、俺たちも帰りますか」
幌が全員に聞いた。
「そうだな」
永嶋が答えた。
「そういや、永嶋は鈴と一緒に行かなくてもいいのかよ」
雅は永嶋に聞いた。
「いいんだよ、親にも話してないし、それに、あいつも今は一緒にいてほしくないみたいだったからな」
「なんだ、想像していたのと違うな」
幌がぼやいた。
「どういうことだ?」
「恋をしている人たちは盲目になるっていうから、ほかのことよりも二人一緒にいると思ってたからな」
幌が永嶋に対して言った。
永嶋は笑いながら言った。
「そんなことかよ。あっちは大金持ちで旧財閥系の大企業の社長一家だぞ?凡人には理解しがたいものも山のように抱えてるって」
それだけ言うと、永嶋はこちらに手を振りながら帰った。
「じゃあな。また何かあったら連絡をくれ」
「へいへい」
そして、それぞれもばらばらと帰り始めた。
幌と桜は、家の中に入った。
「久しぶりの我が家ー」
桜は即効ソファーで横になった。
「姉ちゃん、そんなことしてると背骨が曲がるよ」
「別にかまわないもーンだ」
「…彼氏の一人もできなくなるよ」
「…別にいいもん。こんな私でも好きになる人もいるもん」
桜は幌の言葉に少しムッとしたようだったが、それでもそう反論した。
「そうかい」
そして、幌は自室へと戻った。
桜はそのまま眠りについた。
桜が起きることには、すでに夕食の準備は整っていた。
「鈴の家のシェフに教えてもらったやり方なんだけど、うまく作れてるかな…」
幌は少し心配気味に言った。
桜は早速食べてみた。
「大丈夫、いつもの幌の味だから」
それだけ言うと、とてもうれしそうに食べ始めた。
ものの10分で完食した。
「ごちそーさまでした」
桜は元気に言った。
幌はあきれて言った。
「ほんっと、姉ちゃんって何考えてるかわからん…」
「ん〜、何か言った〜?」
「何も言ってません!」
幌は言い切った。
その日の夜、桜はパソコンに向かって何かをしていた。
「けっこー、まわるのよねー。ま、それほど私の名声も上がったっていうことかしら」
明らかに勉強以外のことだったが、それでも、楽しそうにしていた。
こうして、夜は更けていった。