運命石
ちょっと雑な気もしますが、取り敢えず。
9.運命石
それは『魔の法と物の理』である『世界』に於いて、唯一、何者、何物の『支配にはない存在』
見た瞬間に、それは『運命石』だと誰もが解る。
小さなものであれば、幸運の石だとか云われて、生涯、誰もが一度は『持つ』ものだ。
だが、それが巨牛ほどの大きさであれば?
もう、そうなれば何が起こるのか解らない。
解らないのだ。
それが拳大の物でも、見つけた瞬間から運命石の理不尽さは巻き起こる。
古来、類挙する事例には欠かない。
そこには存在しない筈の珍しい香木を手にする。降らない筈の石が降り、降らない筈の魚が降る。宝籤が特等に当たることもあり、娘が玉の輿に乗ることもある。突然の病や死を授かることも普通だ。
拳大の『運命石』でもコレだ。
大きくなれば、『運命石』は世情を揺るがす。
何人の王や姫、英雄や将軍が、戦果に巻き込まれ沈み、果てたことか。もちろん、逆もある。無能な将軍が快進撃をし、嫁いだ姫が王国の女王になってしまう。
飢饉や豊作が続き過ぎる場合は、『運命石』が絡むもので始末に困る。
大きければ大きいほど『運命石』は強く永く、その見えざる手は深く広い。
ただ、それを知りつつ、制御を試みた一族がいた。
『舟』の一族である。
帝王の血脈にして、忠臣の鑑。
羅業の獣。
そう呼ばれた。
『帝王』という巨大な権力の絶対的な支配下にある『漢禄帝国』は、いにしえより運命石を自由にするべく、ありとあらゆる悪辣と外道が為されてきた。
そう、ありとあらゆるだ。
何故なら『帝王』の為になされる『全て』は『善』であり『徳』を積むものだからだ。漢禄の帝王の前では、あらゆる『人』は平等であり、永遠に仕えるべき者なのだ。
すべては『帝王の為に』
そして、漢禄帝国の末期に一つの答えをだした。
『運命鋼を手に為べし』
運命鋼を様々に道具とすれば、運命石を『ある程度』は加工できるようになる。
ただ、その『巨牛』は大きすぎた。
石でありながら、妖しい気配を持つそれは、ゆるりとした『歩み』を誰もが感じた。
その先行きを、なんとなく察する。
誰もが。
その『巨牛』が牽いているものを。
だから『舟』の一族は、帝国に亡命した。
「『ナクター家』の秘密か、かなりの値段がするよ」
「構いません。どうにも『勘』が働かないのです。何が起こるのか、想定すら侭為りません」
「情報の欲しいものが、随分と曖昧だな」
雷は清灰の瞳を揺らめかせた。
そして、随分と思案に暮れた。
「誰の情報が、まず要る?」
その時、ふとアーロネスに閃きが訪れた。
「先代のラーディル卿の武勇伝を、」
「勘が、」
「ええ、多分、間違い無いでしょう。必要となります」
「その程度の情報なら、代金は要らないよ。君に造った『借り』にも値しない」
「それでも、今の私が、その情報を手にするためには、ここほどは簡単にはいきません」
ウィイッス・ベルヘル・雷・舟は、手を挙げて軽くアーロネスを制する。
彼の問題点というのは『太人』すぎる余裕にある。あまりにも貴人にして過ぎる態度は厄介な事態を引き寄せる。
それが、彼自身の気性によるものなのか、血の為せる業なのかは解らないが、ただ、丁度よくアーロネスが仲裁に入ったことが何度かあるのだ。
妙に雷とアーロネスの親和性は高い。
気性や趣味、嗜好など全くベクトルが異なるのだが。
「今日は泊まっていくかね。普通の話もしたいし」
「いいですよ。先輩」
アーロネスは少し昔の休日を思い返す。
そう言うときの決まり文句は、
「よし、ネス。久しぶりに戦卓をしよう」
「久しぶりで、腕は落ちているのは、ご承知くださいね」
「いいとも。これの相手をしてくれるのは、我が廷内以外ではお前だけだ」
戦卓は漢禄帝国の古い遊びなのだが、とにかく時間が掛かる。平民達では、五時間も頭を捻るような遊びはしないし、出来ない。貴族の遊びなのだ。
だものだから、旧漢禄帝国領内ならともかく、この帝都では相手を探すのが難しい。
部屋を、戦卓のある専用の一室に移し、今回の経緯をアーロネスは喋った。守秘義務の違反に近い行為とも取れるが、情報を取らずに守護に失敗するのは、尚、許される事ではない。
正規の情報収集先の紋章課だけでは限界がある。
こういう情報の取り方が、代々系統的に近衛の手札に幾つか指南されている。
その大きな相手が『舟』家なのだ。
その『舟』の【運命の案内】を受けるのは、本来は皇室のみであるのだが、莫大な金を積めば【指南】を受けることは可能。
もちろん、月皇陛下を害さないモノに限るのだが。
近衛にも事情はある。
厳密に云えば、これは背任にあたる。
そして、近衛では代々、これを『邪法』と呼び習わしてきた。
法律がある場所で従う。これを『遵法』
法律がある場所で叛く。これを『違法』
法律のない場所に立つ。これを『外法』
このケースを『邪法』であるとするのは、法律の『読み替え』を行うからだ。だが、近衛は『これ』を躊躇わない。法律より月皇陛下の命が重いのは、自明だからだ。
その『舟』の一族は、長らく石火であった。
その血筋をすれば、月下の子爵に任じても良かったのだが、やはり、その『業』は深く暗い。
こういう事は、時間に依るしかない。
やがて、時が立ち、情報の壁側である『舟』家が、庭側の近衛官に、それも次期当主が成る。
それが、ウィイッス・ベルヘル・雷・舟。
前代未聞であったが、これには貴族的な政治の一面もある。それは、近衛官という、あからさまな月皇陛下の側仕えになることにより、石火貴族からの華薫貴族への移行をし易く整える意味でもあった。
二人は、軽口を叩き合いながら、思う以上にゲームに興じていた。
戦卓とは一種の戦略ゲームである。
『王』『守戦騎』『攻戦騎』『龍雷』『龍雨』『火猿』『水猫』などのカードがあり、王に『六』という『王権』数があり、他のカードには『五』や『三』という『王命』数が用意されている。
ルールは相手の『王権』数を、すべて奪った方が勝ちとなる。
古来『漢禄帝国』では宮廷教養の一つだった。
そして、占いでもある。
命運は賽子に。
手札の配置は人のように。
今回は、最初から同じ条件で始められている。
もちろん、ハンデも仕込む事がある。賽子に付ける場合は主に子供相手であり、札数を調整するのは上位者との差が『死命戦』で七以上の場合だ。
他にも、様々な途中図なるもが幾つか残されている。
優雅を競った宮中の貴族とて、誰もが暇を持て余していたわけではない。
故に幾つか有名な『途中図』を利用して始める遣り方も好まれていた。もっとも、その『幾つか』は百は下らないのだが、それが漢禄帝国の深い処といって良いだろう。
こうして、アーロネス・ツイス・ワウターは、久しぶりに楽しく寛いだ。
この暑さ、誰が得するのか!




