舟の家
宜しくお願いします。
いま、見たらポイントが…
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8.舟の家
帝都の南に雨雲は迫ってきていた。
只、その足取りは遅いと予報されている。
帝都機構新聞を読みながら、アーロネスはディナ・セントラルから出るゴーレム馬車に揺られていた。
そのゴーレムは馬の精巧な木製レプリカルスで、いにしえの魔法式の刻まれた魔導品。乗り心地は古くがたつくものだが、帝都の定番として観光客を集めているものだ。
何故、帝都生まれ帝都育ちの彼が、そんなものに乗っているかといえば、懇意の貴族『侯爵』に会うために借りているのだ。
貴族には、しきたりがある。
それは面倒なものではあるが、また、無いと困るという代物でもある。
さて、侯爵という位に会うためには、何が必要か?
ツイス・ワウター家は伯爵家であるから位爵は下なのだが、華薫貴族である。それも最上位の。だが、アーロネスは次男であり跡取りではない。
帝国貴族法の定めに於いて貴族が爵位の影響下にあるのは、現当主と子息子女、その系譜となっている。付帯規約、代行条項の優先書式に書かれた妻は第一位代行権を持つが、厳密には夫の系族貴族ではない。
子息子女の貴族権は成人まで。もしくは当代の隠棲までである。
施政執行は喩え成人したからとて、簡単に習得出来るものではないから、当代の隠棲が決まるまでは子孫血族の貴族指定は滅多に解かれることはない。
問題となるのは、絹縒り貴族、石火貴族、華薫貴族、月下貴族という帝国千年による四制の歴史だ。
帝国は『七死竜』と他国からは賤称される。
七度滅んで、国を大きくしてきたからだ。
他国を併呑する度に、その敗戦国の貴族を帝国貴族として取り込んできた。しかし、それでは古い貴族から反感も買う事になる。そこで他国から取り込んだ貴族や、新たに手柄を立てた戦意爵、その前から貴族であったものを貴族社会的に仕分けたのが始まりだった。
手柄を称して石火。
忠臣を称して月下。
そのように別けたものの、千年もの時間に制度は足りなくなり今の四制となった。
それは帝国に複雑な貴族制度を構築させたが、広大な帝国を管理するには、まだ足りないと云われている。
四制は、帝国貴族『法』には明記されていない。
伝統的な倶楽部の扱いなのだ。
しかし、あまりに伝統的であるがゆえに『法』より『力』がある。
そうすると不思議なことに、石火貴族の侯爵より華薫貴族の子爵の方が立場が上だったりするのだが、爵位年数や血脈によっても考慮があるので一概には云えない。
今からアーロネスが向かうのは、石火貴族の侯爵別邸。
家宰のウェーデックに訪問作法の確認をし、一番簡易な方法を選んだのだが、最上位ゴーレム馬車を馭者付きで選択すると、近くて便利だったものがディナ・セントラル発着のサービスであったのだ。
貴族の面子は、いまだ健在だ。
その種の要望は、帝都では多発しやすい。帝都に於いてゴーレムではない馬車を使えるところは、皇家と七星候家ぐらいのもので、純粋にコストに見栄が引き合わないものなのだ。
ツイス・ワウター家の家格を下げず、先様を蔑ろにしない絶妙な距離感。その『侯爵家』に仕える者にもプライドがあるので、安易な訪問方法は軽く悪い噂になりやすい。
訪ねる相手は、アーロネスの三期先輩にあたる『元近衛官』
退官時に爵位を正式に継ぎ、石火侯爵となったウィイッス・ベルヘル・雷・舟。
二百年ほど前に漢禄帝国崩壊に際して亡命してきた一族の系譜である。そのとき『帝国』によって、漢禄帝王に近い血縁『舟』に用意されたのが『石火侯爵』
大きな国の崩壊に際して貴族の扱いは難しい。本来『双帝』と称された程の血脈本流など揉め事でしかないのだが、『ある物』持参にて『舟』の亡命は為った。
「良く来た、ネス」
「お久しぶりです。雷閣下」
「やめろよ。未だに、そう呼ばれるのはトラウマなんだ。昼だし、お茶で良いか?」
「はい。折角。本場に来たのですからキームレスがいいですね」
簡単なゲストルームから、ウィイッスの私室に移ったのだが、そこは『漢禄』的仕上がりの見事な一室だった。今となっては、ここにしか無い藝術で価値は計り知れない。
だからこそ、アーロネスはこの場所を『本場』と呼ぶのである。
嘗ての『漢禄帝国』は『帝国』の支配下によって、その文化は随分と変節してしまっている。真に『漢禄』的なものは『舟』家の配下にしかないかもしれない。
同じ大陸で近い距離にあっても、二つの帝国はまるで似ていなかったのだ。
「それで、用向きは?」
馥郁たる香茶を少し楽しんでから、ズバリと斬り込んできた。
「率直に尋ねることにします。ナクター子爵家の秘密を教えて下さい」
「お、おぉ、また、随分と直球だな」
近衛の経験者と話しをするときの構成は、二つしかない。
秘密の周りを符牒を交えながらであるか、秘密そのものを象るかである。
なぜ、ここに、アーロネス・ツイス・ワウターが来たのか?それは、『舟』家が秘密の交差点というか境界に立つように造られた『家』だからだ。
既に、漢禄の血は薄いとはいえ、美事な黒髪を掻き上げて清灰の瞳を凝らす様は、確かに嘗ての『帝王』の血を感じる。
本来、この様な質問は、月皇陛下にしか許されない。
それは、ここにある『ある物』が係わってくる。
その名を『運命石』
カレンツ嬢、すいません。
タイトルなのに。




