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カレンツ・ナクターの事情  作者: 籐仙日々人
18/18

魔術環処の医師

ご無沙汰しております。

いろいろあり、復帰する気力になりました。

 18.魔術環処の医師


 ほどなくして、シアーナともう一人、妙齢の女性が入ってきた。

「目覚めてくれた…良かった…」

「…、」

 二人は対照的な表情を浮かべていた。

 シアーナは窶れながらも、ほっとした顔で敬虔な笑みを浮かべていた。

 もう一人は、例えるなら保母、幼年家庭教師といった、優しい顔だった。

 二人の容姿の美点は、シアーナが青味がかった黒髪ならば、もう一人の彼女は翠色のかかった黒髪をしていた。

 ただ、その新たな黒翠の彼女が特徴的であるのは、眼を閉じているということだ。

【アリエス、アリエス、】

 キラキラとした“翼の幼公女”は黒翠の彼女の額に座った。

 どう考えても、それは座れる位置ではないのだが、明らかに座っている。チョンと…。奇跡の体現者には造作もないのだろうが、不思議で落ち着かない光景だった。

【お役目、ご苦労様です】

【褒めた?】

【はい、褒めましたよ】

【うー、うー、たー、たー、】

 幼女の姿の割には、長い手足をバタバタさせる。

【でー、でー、なに、なに、する、する、】

【じゃあ、自由時間を五分上げます】

【おー、おー、】

 小さな薄羽根の妖精は、窓辺の太陽を浴びにいった。

 キラキラの羽根が太陽の光を吸収しているようだ。

『魔法にあんな術理があった?』

 アーロネスは愕然としていた。

【あの、ひょっとして、聞こえてます】

 “は、っ、っっ”

 生涯において、そう吃驚するという事がなかった彼が、今日は特異点なのか連々としている。

「多分、聞こえている」

【「ああ、やっぱり」】

 黒翠の彼女アリエスは、ちょっとと不器用な口調で喋った。ちょっとハスキーで甘い声だ。そして、薄羽根の妖精と喋っていた声は、妖精よりは大きなベルの様だ。

 それは、彼には二重になって聞こえる。

【「視線が、私と“テテ”とキョロキョロしてましたから」】

 彼女は眼を閉じたまま、和やかにそう言った。

【「まずは、謝っておきます」】

 今度は、少し違ってアーロネスに届く。

 実際に耳に届いたのは「謝罪」という単語だった。

【「ほとんど初めての経験ですけど、多分“テテ”との言葉は、あまり難しくは出来ないので、変な感覚がついて回るかもしれません」】

「あ、ああ、大丈夫だ、気にならない。そういう職場にいた」

【「あとで“テテ”を褒めてあげて下さいね」】

「喋れないんだか、妖精語は」

【「大丈夫。“テテ”には嘘は通じません」】

 すると、ソワソワした様子の“テテ”がチラチラとこちらを見ている。自分の名前を呼ばれると落ち着かないらしい。

【来た、呼んだ、来る、】

 我慢が出来なかったのか、パァーと喜びの舞をしてアリエスを見ている。

【呼ぶ、来た、呼んだ、】

【「テテ、私の前にいる方の診察をします」】

【そうなの、うむ、うむ、】

「部長、始めても宜しい?」

 シアーナ部長は、軽く肩を竦める。自分の性に似合わないシーンだと考えているらしい。“出来る女”仕様の出で立ちでは“翼の幼公女”と戯れているのは、確かに合わないかもしれない。

「いいわ、…最初からコレが可能だったら良かったんだけど。さあ、やって」

「はい」

「まて、目覚めて、いきなり何をするつもりだ」

「何って、診察です。機関長に報告は、そのあとです」

 シアーナはアーロネスが最後に見たときからは、随分と(やつ)れている。が、彼には時系列が判らないままなので、感覚的に納得がいかないのだ。

 勿論、死にかけていた自覚もない。

「さあ、何もかも納得するのは、診察のあとです」彼女は、先程までの敬虔さが喪われている。ギリギリと何か堪えているようだが、無理もない話である。

 なにしろ一歩間違えていれば、大貴族の子息が失われる寸前だったのだ。

 目覚めるまでの心労は、察するに余りある。

「あ、あぁ…」

「彼女は、ここの患者、兼医者、兼技能者です。ご心配なく」

『?』

 ここは、歴戦の近衛官だったらしく抵抗しようとしたが、あまりの迫力に言葉が切れ々々になる。我に返ると、とんでもない単語が混ざっていた。

「始めます」

「やって」

『“患者”ってなんだ』そう反応した。

 医者に患者などと混ざって良いものではない。

 もちろん、医者とて人間である、病くらい得ることはあるだろう。

 しかし、医者より患者の紹介が先なのは、普通ではない。

 流石に抗議の声を上げた。

「まて」

 もちろん、それは間に合わない。

 そして、

 アリエスの両眼は開かれた。

 そこには、有り得ないモノが視開かれていた。

 ヘテロクロミア。

 《相違虹彩》

 その異形だった。

 一つは『魔法眼』

 これは、十人に一人くらいには、その症状は現れる。ただし“利得”が7で無ければ、だ。それは瞳にある虹彩形状が、高考度立意魔法陣になっているという奇跡。

 圧倒的な魔性の圧力。

 その“利得”とは。

 例えば、汎用魔術式の風の魔術を起動したとする。これには、2の魔力構成式力が要るのだが、“利得”が7もあれば、無意識下でも起動する。そして発動すらしてしまうだろう。

 このあたりの関係性は理論値化されているのだが、学者間では、ほぼ空想扱いである。

 少なくとも公式には、四まで。いや、左右でも五までだ。それ以上は無い(・・)筈だった。それでも、それは破格の『魔法眼』なのである。学会にでも発表しようものなら狂人扱いされるのは、疑いない。

 そして、その対になるは『妖精眼』だ。

 正確を記すならば『精霊眼』が正しいだろう。が、これも百人に一人くらいは資質はあるものだ。精霊蔡が近付くと十人に一人になったりする、案外とあやふやなモノだ。

 それも、仕方の無いことではある。

 なにしろ妖精や精霊の恩寵なのだから、気紛れに付与され、悪戯に剥奪される。

 そういうものなのだ。

 彼女の精霊眼は、通常『猫目』と呼ばれるモノ。

 動物の精霊信仰には、よく起こりえる奇跡であって、その生物の特徴を授かるコトがあるのだ。他には犬歯が伸びたり、爪が頑丈になったり、耳が良くなったりする。これらの症状は物理的なモノもあれば、精霊的、端的にいうならば魔法的に在るだけのこともある。

 猫目は割と一般的であり、驚くほどではない。

 だが、彼女に発現している猫目はある種の先祖返り的な虎瞳(トラのメ)だった。それは普通にしているだけで、人を射竦めてしまう。

 これだけで、まず普通の生活は難しい。

 虎は、圧倒的強者だ。

 強者は、争わない。

 そうさせない存在なのだ。

 普通に生きる庶民は勿論、貴族であっても関係ない。なにしろ“只”の人間に過ぎないからだ。人間ごときに従うような魂の虎は居ない。

 そういうモノが二つ(・・)揃っている。

 特別な相違虹彩ヘテロクロミア

『魔法眼』

『精霊眼』

 ここまで、奇跡の乱発である。

 彼は愕然としていた。

 もちろん、全てを読み取った訳ではないが、小賢しい理屈を超える圧倒的、力の奔流だ。

 間違えようも、疑いようもない。

『魔術環処』は、普通ではない。

 それを彼、アーロネス・ツイス・ワウターは思い知る。前職、近衛官として『レセーテ機関』には聞き覚えはあった。

 王室相関図の隅に小さく描かれていた。

 近衛官の職務に、そうは関わる筈もない部署。

 それでも『レセーテ機関』それは皇妃殿下の名前を冠した医療魔術機関だ、との知識はあった。近衛官として憶えておくべき、基本の基本。

 だが、こんな秘密があるのだとは思いもよらなかった。

 これは奇跡。

 そう、そうとしか呼べない。

 誰が帝都の片隅に、こんな奇跡が在るなんて想像もし得ないだろう。

 そういう、代物である。

【「何か、『魔術』を展開してくださいな」】

「何?」

 両眼の開かれた影響か、彼の本能と修練が防御態勢を取ろうとする。

 彼女の台詞を一度で飲み込めない。

【「『魔法』でも構いませんよ」】

 内心の混乱と溜め息を堪えて、アーロネスは「庸備(ようび)ではダメか」と問うた。

 魔法や魔術は、実際に発動までしてしまうのは、やっかいで、習練にもならないコトが多い。

 だから、『庸備』という漢禄帝国で開発された習練があるのだ。庸備は発動を仮定式で行うモノなのだが、これは安全装置式で、書き換えた一部を正式にすれば発動する。

 だからこそ、軍では『庸備』を重要視する。

 剣や盾の型の訓練と思って良い。

 魔術も魔法も、結局は早さと力がモノを云う世界なのだ。

【「展開の方が確かですので」】

「では『水』を展開する」

 アーロネスは何の気なしに選択したが、これを基礎に育ったので、無意識の選択だった。

 こういう瞬間に、貴族の本質というか、資質が滲み出る。

 何が良くて、悪いという話ではなく、そういうものなのだが、今の語りではない。

 魔法に於いて『水』は歴史的にも、技術的にも、また物理的でも、特別である。それは『生命』と『物の理』による『魔法』的手段が無限と言って良いほど溢れているからだ。

 だが、彼が『水』を意識した途端、

「なんだ、、、」

【「そっと、何気なく、ありのままで、」】

【ん、ん、】

 薄羽根の妖精は、人らしさを喪い、妖精として『世界』に融けている。でも繋がりはあるようだ。

「何が、起こった?」

【「ここは、特殊な病室になっています。患者が暴れたり、苦しんだり、悶えるような事が無いように“禁地魔術式”が仕組まれています」】

「戦地で使われる“鎮静魔術”か」

【「そのようなものです」】

 そうと解れば、アーロネスに無理な事ではない。

 両手で掬う様に、掌の上の『世界』を魔法下に置く。

 そこにある『世界』に『水』を『精製』する。


 それは『完全水』


 水素と酸素の純粋な化合物。混じり気は無い。

 コレが『物の理』による『魔法』

 人の思惟、或いは私意は、『魔』(ether)にて元素をも生み出し化合させる。

【「あの、そこまで高度なことをされても、困ります」】

カレンツ、十三歳の子爵令嬢。

薄い胸を気にしているが、この歳で判断するのは難しいだろう。

従姉妹たちは、基本大きい。

しかし、三姉妹だったりすると一人は、見事に薄いのだ。

それが、目下、狂おしい一つである。

「でもでも、でもでも、う、薄いほうが、良いって、なったら」

ベッドで悶え苦しむ日々である。

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