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カレンツ・ナクターの事情  作者: 籐仙日々人
17/18

帰ってきた男

書いてます。遅くても書くつもりです。

 17.帰ってきた男


 彼は、三日間、目覚めなかった。

 それは、彼が、アーロネス・ツイス・ワウターが左の眼を失ったときより、長く目覚めなかったということでもあった。

 診断は幾つか下っていたが、眠っている理由は不明であった。

 人が眠るのは休息の為だが、この眠りの謎は、そういう専門家も居ない為に手をこまねいて見ているだけでしか居られなかった。

 医聖、ルマルティも情報を遮断していたにも拘わらず、黙って訪れ、黙って去って行った。

 オゥタレストは、それを知った瞬間、喜びと怒りと落胆が、ほぼ同時に訪れて疲れ果ててしまった。悪い女ぶりも台無しである。訪れたのは昨日のコトだ。

 これは、別の問題も引き起こした。

 魔術環処、レセーテ機関の保安上の機能が、医聖には通用しないことが判明したからだ。

 かといって、宮廷内にルマルティを取り調べには、誰も行きたがらない。行けるかどうかの確認をとるのすら憚られる。

 この件は『秘密機関の防備に関して』として、七星候の部会にて議題に上がることになった。

 当日夜には、アーロネスの両親である、サンドロークとメルネイーイットも特殊監視病棟へと見舞いに来たが、出来ることがないのが判れば、直ぐに退散した。

 彼等ほどの貴族になれば、情と理を知っている。不要に慌てたり感情を乱すことはない。

 それでも、一目、生きている姿を見に来るだけでも、情に深いことが覗える。

 基本、貴族は成人した子息、息女には、関与しない。

『帝国貴族の自立が徹底している』とは、そういうものなのだ。

 だが、夫妻はオゥタレストに、ツイス・ワウター家宝の一つである“運命石”を預けて帰っている。これは、非常に微妙なもので『魔術遺産』に引っ掛かるかどうかの代物だった。

 本来、魔術環処に持ち込むようなものではない。

 帝国が定める法は軽くはない。

 貴族の資産、家宝だからといって、執行機関は躊躇しないのだ。

 それでも、抜け道はある。

 “運命石”

 運命石は普通に出土する。

 だから、これに規制は掛けられない。

 漢禄帝国の一地方の土産物が有名ではあるが、この大陸のどこからも出土はするのだ。

 その効能というべきか、妖しい力を存分に発揮する大きさは、人の頭ほどの大きさがなければ、狂おしい運命を招いたりはしない。そう、だから『世界』は平穏だとも云える。そんな大きさのものは五十年に一度、出土するかどうかの物で、人前に出ることもない。

 それに、その運命石は、一目では、そうとは判らない。

 それは一輪のヤマユリを模していた。


 いったい、どれほどの技量を重ねたのか?


 気の遠くなるような執念の傑作と言って良いだろう。しかし、疑問が残る。“運命石”を加工したのは、“運命鋼”を手にした『舟』の一族のみの筈。

 そう、大陸は広く、その時間は深い。

 どこの、誰だとも、識られていない、技巧家の美術品が、世にはあるのだ。

『帝国』千年の重みというべきだろう。

 一つの国が、千年続かなければ、こうした奇跡のような物はあつまらない。

 そして、そのような意思ある一族が、この国にはいるのだ。

 きっと、すべての月下の貴族の、どこかには必ず、幾つかの秘宝と呼べる物が眠っている。それが『帝国』の歴史というものなのだ。


 ヤマユリは、ツイス・ワウター家が、大本であるワウター家から離脱したときに定めた“家花”(カーナ)であったから、購入したのだろう。しかし、これを一目で運命石と見抜いたのだろうか。

 その議論は置き、いずれにしろ誰かが気づいた。

 “これは運命石だ”と

 だから、ツイス・ワウターの重要な局面には必ずあった。

『ほぼ』『全ての』“問題の解決をしたのだ”と言い伝えられ、考えられ、運用されてきた。

 勿論、歴代の中には“運命石”を軽んじた当主もいた。

 まず、大きさだ。

 決して大きくはない。

 ヤマユリは花であるから、質量的に問えば、問題外。

 手のひらで、そっと包める大きさは、人の頭ほどはない。

 誰もが知る常識に、それが当てはまるはずもないのだ。だが、何事にも例外はある。それが、病室で月光を浴びている。


 その朝は、何時になく美しかった。

 多分、その朝を起きた者は、言い知れぬ感動を密かに憶えた。憶えた筈である。

 帝都の石畳は、水を凡ては弾かない。

 だから、条件が重なれば、こういうコトは起こる。

 明け方、急に、山から冷気が降り、朝靄が立ちこめ、昇る朝日によって『世界』を白く“目映く”するということが…

 識る者は、云うだろう。

『これは、天啓に違いない』

 自然の摂理に不合理は『魔法』だけだと識っているから。

『魔法』は『世界』の一部である。

 しかし『魔法』は『世界』に不合理を為す。『世界』は不合理を受け付け『魔法』を解きほぐす。書き換えられた『世界』は『刻』だけが癒やす。

 だが、例外的に『世界』が『魔法』を為すことがある。

 それが、魔獣や神獣、妖精、鬼といったモノだ。これらは例外を集め、纏めたものの分類であって、似てはいても同じモノは一つとしてない。

 そして、もう少し低次の奇跡がある。それが『美』だ。

 この朝に、帝都の夏と秋の間に、何十年かに一度程度のささやかな奇跡。

 目映く、白き朝。

 彼は、その終わりと共に目覚めた。


 夏の終わりの名残。

 朝であっても、まだ強い日差し。

 アーロネス・ツイス・ワウターは目醒めた。

「…、」

 軽くパニックになる。

 “朝だ”

 “何故だ”

 “何処だ”

 グルグルと質問だけが頭を廻る。

 人は、時計を見なくても朝が判るようだ。

 そして、彼は少しの落ち着きを取り戻すと、彼を覗き込む小さな顔に気がついた。

【あっあっ、起きた、】

 小さなベルのような声だ。でも甲高くはない。

 そこに居たのは、彼の額の上にのる、薄羽根の幼女。

 “翼の幼公女”

 そう類する、妖精体だ。

 “ありえない”

 それは、濃い『魔』(ether)と『不幸の水瓶』による犠牲(いけにえ)の産物によってしか、成り立ち得ない。その筈のモノ。

【アリエス!、!、お目々が開いたよ、】

 薄羽根を閃かせて、ひらひらと飛んでいる。丁度、降り落ちる花片が、ありえなくも昇っていく(さま)にも似て、見とれてしまう。

「…、なん……」

 自分の発した声が、その光景を壊すかのようで、黙ってしまう。

 そして、はっきりとはしないものの“翼の幼公女”の声が聞こえ、理解できるようなのだ。それも、有り得ない事なのだが、複雑に何重にも有り得ない、そういう場面になっている。

【んー、んー、判った、】

 そう言うと、彼女はグルグルとベッドの上を廻り始めた。

【やーーー、やーーー、ぎゅぎゅー、ぎゅぎゅー、】

 アーロネスは意味が解らない。

 そのとき、はじめて、彼は片眼だけで視覚を得ているのに気がついた。

 “では、この翼の幼公女は、普通に見える?”

 突如として発生していた魔法的な視覚は、除去されたのかと考えた。このあたり、アーロネス・ツイス・ワウターの生来の資質と、その血統の潔さが見える。

 無い物はナイ。

 在る物はアル。

 彼は、その取り回しに長けている。

 不意に、寒気のようなものを感じた。知覚野が働き出す感覚が、現役の頃のように研ぎ澄まされていく。

 だが、これは不発に終わってしまう。

 ここが病院で、尚、特殊な仕掛けが揃っている部屋だったからだ。

 それを知らないアーロネスは、愕然とした。

カレンツ嬢、冒険が好きです。曾祖父の影響力でしょうか?

しかし、農業に寄って立つ、ここ子爵領とはいえ、超の付く大都市である帝都のお膝元。そうそう危険な場所などある筈ありません。

ですから、本が冒険の場。

辺境学の本まであります。

でも、お嬢様、実の所は本が得意ではありません。いっしょうけんめいに読みます。

そのときは、実に歳相応。

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