命の向こう側
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16.命の向こう側
アーロネス・ツイス・ワウターは死を迎えていた。
其れは、意図されたものではなく、ある意味必然とも云える事象ではあった。
生きている者が、神に会うことは能わない。
それが摂理であり、曲げることは適わない。
運命に書かれた『死』を越える。
それは出来ない。
しかし、“神”との出会いは運命ではなかった。神は運命線を越える存在。故に、アーロネスには抗う余地があった。
しかし、意識はない。
もちろん、無意識さえも。
自我は、アーロネス・ツイス・ワウターという肉躰の“容”のみが、この刻、この場所にのみ『在る』だけであった。
人の死は『三死』あるというが、その全てが喪われようとしていた。
人意。
人躰。
人羅。
それは、この帝国の智慧ではない。
『漢禄帝国』
その貴人たる『帝王』、あるいは『聖帝』の命を守る為に培われた『技術』の上に識ることの出来た『生命』の『智慧の実』
前にも述べた様に、帝王の前に人は皆“平等”である。
厳密に『死』は取り調べられている。
普通の死とは、肉躰の限界によって生が適わなく成る者を指す。
滅多にない死に、肉躰の『意』が亡くなる場合がある。
更に有り得ない死とは、『魔』との繋がりが断たれてしまうものだ。
アーロネス・ツイス・ワウターは、その類い稀な資質によって、人羅を喪ってはいなかった。『世界』と『彼』は密接に繋がっていた。
『魔法』は『世界』を改変する。
それは、基本的には『人』のみ、為せる技だ。
人が、改変する触媒となって意識『人意』を凝らす。変革された『世界』は『人意』によって固定される。つまりは、人が“そう”と『認識』をしなければならない。
人は『世界』と繋がっている。
『魔』『法』は、一つの例外を抱えている。
それは、何者であれ、何物であれ、抗えない。
悠久から続く『刻』
これは絶対である。
些細な抜け道はあれど、ここからは抜け出た者は誰も居ない。
今、アーロネス・ツイス・ワウターを『世界』に繋いでいるのは、僅かばかりの『時間』でしかない。
血脈の資質に拠って『世界』と『人羅』が濃く繋がっていた。
それが、最後の命の証明。
だが、
彼には、生かされる運命があったのだろう。
そこが、魔術環処であったこと。
機関長が伯母であるオゥタレストであったこと。
『物の理』による治療院『病院』であったこと。
シアーナ部長に野戦治療の経験があったこと。
全ての手が幸いへと導いた。
魔術環処には、魔法因果律による建築によって通常よりも濃い『魔』が渦巻いている。(通常であれば違法建築)そして、今回は使用に至らなかったが、ここには『加速魔機那』《ether・accelerator》もあり、『魔法』的な手段には事欠かなかった。
オゥタレストは、濃い血縁としての『人意』の代理体として意識の保全を担った。これは長時間、おこなわれてしまえば、二重意識病や、二重人格者になる場合もある。非常手段としても、あまり推奨はされてはいないが、資質と相性の面でも稀な例と言って良いだろう。
ここは『物の理』の府であり、それによる延命の最新設備が揃っていた。死者蘇生に必要なのは、空気の強制呼吸器と疑似心拍律動器だ。
野戦の治療法は、乱暴で、正確性に欠けると考えられがちだが、命の仮を為す事に於いては重要度が高い。流血には止血。衝撃による心肺の停止には『魔法』による生体代替法。
突然の『死』を曲げるだけのモノには殊欠かなかった。
彼は、その命を長らえた。
「それは、きっと『神降ろし』でしょうな。確たる証拠などはありませんが、状況からして、そう判断するのが、適当かと」
それは、アーロネス・ツイス・ワウターを診察した、ここの実務医官の意見だ。
彼は顔色一つ変えることなく、診断を下した。
「それは、…本当か」
「どうでしょう。嘘ではないと申し上げるのが、今の私では精々ですな」
「んー、むぅ」
オゥタレストは、悪い美貌も陰を潜めて唸っていた。
「だいたい、私は、あんな装置の存在自体を知りませんから、複合的な判断などは出来ません。アレについての知識があれば、また違った判断を下せる余地もあるかもしれませんがね」
「そうか、あれは『魔術遺産』の一つでな」
その妖しい唇の動きも悪い。
『魔術遺産』
関係者のみが使う、特殊な隠語だ。
普通の人が聞いても、然して違和感を憶えないよう配慮されたソレは、凡てが帝都の秘密機関所有とされる。特殊管轄約款のどこかにソレは、『発見、発掘、相続にかかわらず、公務認識発生次第、機関管轄下のモノとする』と書かれている。
そこには、効果の大小等は考慮されていない。
見つけ次第、あらゆる人から隔離する。それを目的に書かれた一文だ。
「それは、なんと言うべきでしょうか、『ご愁傷さま』ですかな」
「すまんな、アレは責任は私にあるのだが、調査は三年待ちだったのだ」
「そんなものを使ったので?」
「使用実績は充分でな、三十年ぐらいの簡単な診療記録もあった。村の医者代わりだったらしい」
「なるほど」
「ただの、催眠自己診断機だと思っていたが、認識不足か」
「『神降機』とでも名付けますかな」
「そうだな、そう具申しておく」
「では、」
彼は、用は済んだと、踵を返した。
機関長は溜め息を吐きながら、兄サンドロークへの連絡を気が重いながら魔導応喚でコールを取り始めた。
彼、アーロネス・ツイス・ワウターは突如として夢を見ているのに気づいた。
そこには、近衛官に成る前の未熟な存在である自身がいた。
いつも、何事にも、適当な気持ちで居た頃の、ちょっと苦い記憶だ。
アーロネスは、然して気力を上げずとも、他の人の苦難ともいえる事態を乗り切る事が出来た。才能と資質はずば抜けていた。
それに対して、悪ノリすることもなく、特に何の感慨も湧かない。そんな子供だった。二十二も過ぎた大人には、無理ある言葉だが、彼は、正しく子供だったのだ。
周りに集まる人も、出来た人間ばかりで、無茶や無理を通したこともなかった。
それでも、人は、出来ることと出来ないことを苦い記憶と共に学んでいく。それが、普通だ。でも、彼は普通ではなかったのだ。残念なことに。
彼が、近衛官の仕事を選んだのは偶然だ。
ほんとうに、彼は、卒業後の仕事を決めかねていた。
いや、人生というべきなのか。
あのとき、あの偶然が無ければ、このような事態には為らなかった。のかもしれない。なければ、なくてはいけなかったのかもしれない。
夢で、考え事をすると『世界』が廻ってしまう。
あのとき、お忍びで出歩いている、
月皇陛下を『認識』しなければ、、
ああ、あの人が、あんな風に笑わなければ、、、
彼は、一種の後悔をしていた。
選ぶことのなかった、曖昧で、あやふやな、何もない人生を、望んでしまう自分自身を、
そう、いくら、人が、その意思で、『世界』を変えてしまおうとも、
そう、決して、結して、覆らない、
時間だけは、
『魔法』の効かない歯車の行方。
そうして、彼は夢のない眠りに落ちていった。
彼女は、傑出した美貌ではない。
だが、実物を見た人々は言うのだ。
『素晴らしい』
『あれは、普通では、とてもない』
カレンツ・ナクターは傑出した存在である。
いい詩人がいたら、連れて来て欲しい。




