レセーテ機関
書きましたよ!
ここからも、アーロネス・ツイス・ワウター君の話。
14.レセーテ機関
味気ないコンクリート製の壁と、赤のドアと緑のドア。たぶん鉄製だろう。普通には見ない塗料。何かの区別をしているらしいがコワイものがある。なんでもある帝都であっても、ここは埒外な場所なのだ。
病院というものは、帝都にも数は少ない。
一つではないが、五つもはない。
『魔術環処』は帝都の魔術所轄官庁であり、研究内容に応じて“病院”を手配する。
だから、その存在は一般の庶民に公開されているモノでもない。
今回、研究される対象が、貴族の子息とあっては選定に手間取るかと思われたが、意外や即座に決まったようだった。
普通の場合、病気や怪我は、治癒院、治療庵といった精霊信仰の系統が、つまり官制管轄外の施設が担当するもの。もちろん難易度の高い施術は“神殿案件”と呼ばれて、技術の高い施術士よる魔法や魔術が行われる。
そう、それで殆どの事案は解決するのだ。
だから、この“病院”には例外が多く集まっている“筈”だ。
アーロネスは、幻体の案内で、機関長室に導かれているが、先程の警備兵ではない。
どうやら、内と外の接触を断っているらしい。
彼の前には、小さな女の子の姿があり、長い髪を右側にリボンで纏めたものを揺らして、軽やかに足取りは跳ねている。幻体は精神年齢が視覚化すると考えられているから、実体は別の姿をしているのだろう。
「機関長、お連れしましたよ」
少女の甘い口調は、この場所とはあまりにそぐわない。重要機関に勤めるには、その態度は望まれると思しいモノとは程遠い。
アーロネスは違和感を覚えつつも、それを我慢する。
長年、近衛の職に就いていたせいで、公的な職場の綱紀は気になってしまうのだ。
「入れ」
「はーい、ささ、どうぞどうぞ」
たぶん『普通より黒い』重厚なドアは、マホガニーかと推察される。どうも塗料が特殊なのだろう、魔法的な素材で、病院の機密を保持する目的物なのかもしれない。
『やはり、普通ではないな』と内心に愚痴る。
「では、失礼」
「はーい、また帰りにねー」
幻体は、スッと消えた。
余韻を遺して消せる幻体など、特別上級国家職相当だ。
幻体は夢に近いとされる魔法であり、その発動原理は“解らない”ことになっている。だから、魔術化には成功していない。
それが完成すれば、絶大な何らかの報償は確実視されている程だ。
密偵にせよ、偵察部隊にせよ、あるいは暗殺であっても、およそ不可能はなくなる。もちろん、対抗手段が執られるまでのことではあるが、術式が解らなければ、抜本的対抗策は立てられない。
“思ったより、ヤバい”
彼は内心の舌打ちを隠して、この建物に入ったのを悔やんだ。
まさか、ツイス・ワウター家を敵にするとは思えないものの、秘密の規模が違いすぎる。
「いらっしゃい、アーロネス君」
「まさか、」
「ああ、随分と男前に成ってしまったわねっ。サンドロークの兄上から魔導応喚が鳴ったときは、何事が起こったのかと思ったのだけど、眼帯、似合って居るわ」
「伯母上」
「こら、口の悪い。姉さんと呼びなさいっ」
「いや、その、伯母上」
アーロネスは、兄マクイエスとは五つ離れ、伯母オゥタレストは七つ離れている。父方の一番下の妹になる彼女は、細面で、紅い髪で、猫の眼で、それはそれは『帝都でよく云われる“悪い美人”』の典型的な人だ。その口許は何かを言いたげで、ちょっと厚めの柔らかそうな唇。男は騙されてしまうのだが、もちろん、犯罪を唆すのではない。もっと、タチの悪いものだ。
彼が現行のような、ある種の堅物になったのは、彼女の幼少期かからの“悪い教育”が積み重なってしまった所為でもあるかもしれない。
「~っあ、いいわ、昔とは、さすがに違うわね。近衛官、恐るべし」
彼女は、暫く視線をあからさまにウロウロとさせて、「まずは、やることやってから、話はそれからにしましょうか」と言った。
デスクの呼び鈴を振った。
それは普通の鈴のようだが、音は鳴らなかった。いや、構造が魔導式なのかもしれないが、特殊なもののようだ。
隣へと繋がる扉が開く。
「機関長、お呼びですか」
「シアーナ部長、昨日の予約、来たから」
入ってきたのは、凛々しい学者風の女性だった。
「どの程度まで、視ますか?」
「彼の望むままに、」
伯母オゥタレストは、ちょっと茶化した言い方で、話をアーロネスに振った。
何が解らないのかも、判らない彼は戸惑う。
「では、となりの部屋へ」
「診察室なのか?」
「いえ、私の“仕事室”になります。書類の類いの話ではありません。そちらは“執務室”が用意されていますので、」
「貴族には、気難しいのが偶にいるんだよ。診察用の機材を見るのが厭な輩がね」
「なるほど」
「近衛官を相手に絡んでくる奴なんかは、まあいないだろうから知らないと思うけど、芝居にも出てこないような臭いヤツがいるのさ」
愛嬌のあふれる顔を顰めて、苦い顔をする。
この“悪い美人”に、ここまでの表情をさせるのは『普通ではない』とアーロネスはゾッとした。
「まあ、近衛に絡んでくる者も少なくはないですよ」
「へえ、そんな身の程知らずがぁ?」
近衛官は宮中では、絶大な権限を保持している。だが、制裁する法の剣は持たない。それをいいことに、無理難題や悪罵、嫌がらせに圧力を好き放題する者もいる。
「彼らが、どうなったかは知りませんが、基本、相手にはしないので」
「はは、きっと、その姿勢が、相手の憎悪を煽るんだわ」
「そうかもしれませんが、近衛は忙しいのが常なので」
「お話しは、宜しいですか?」
「あぁ、御免ねぇ」
「では、宜しくお願いします」
“仕事室”は、落ち着いた杢目にニスの香りがするような家具で統一されている。アーロネスは、中程に置かれた質の良い硬めのソファーに横になっていた。
牛革の柔らかい肌触りを感じ、眼を閉じ、仰向けで待っている。
頭を置いたときの沈み込み具合も絶妙で、グッスリと眠れそうな程である。
「では、問診を少し。ツイス・ワウター家からの詳細には助かりました。良い医事者がいるものだと感心しました」
「なんでも、聞いてくれればいい」
「はい、治療はお望みではないと伺いましたが」
「治癒、は不可。治療も外傷を整えるのみだと、侍従医頭に云われたのでね」
「ああ、ルマルティ医聖の御診察でしたか」
「ここでは、可能なのか」
「それは、今からの診察次第です」
シアーナ部長は、デスクの方に眼をやると魔導謹製の巨大な水晶らしき直方体が発光を始めていた。
「問診を始めます。視えている状態は、怪我の前後で変わりましたか?」
「うむ、んー難しい質問だな」
「質問を変えましょうか」
「いや、いい。見えているコトを客観視したことが無かった。その程度の理解で良ければ応えよう」
「流石というべきでしょうか。近衛の方を診るのは初めてですので、比較のしようもございませんが、的確な御返事が頂けると確信しました」
「貴女の心証が良くなったのであれば、良いことだ」
「出来るだけ『学究の徒である』を実践しております」
「なるほど、ルマルティ派の方でしたか」
「医聖にはお目に掛かったことはございませんが」
「では、思い出してみるとしよう」
カレンツ嬢は、かなりのお嬢様。
習い事は一つではない。
「貴族の基礎は築くこと」
お祖父様は、泣きながら頑張ったそうです。凄い若い時の子だったので容赦ない怖さだったと、カレンツ嬢に語りました。
でも、カレンツ嬢、曾祖父の怖さが判りません。
ひょっとして




