近衛学術法
色々、不出来ですが、宜しくお願いします。
11.近衛学術法
近衛には、修めるべき知識と習練がある。
一つは、『体術』
一つは、『薬学』
そして、『魔法』と『魔術』
これらの統合技術を称して近衛学術法という。
帝国千年の歴史を持ってして生まれ得た特殊な学問である。
月皇陛下をお守りするために体系化された、学術法は高度な能力を遺憾なく発揮させるべく、構成されている。
だが、誰にでも修めることが出来るような、生易しいものではない。
その資質がなければ、それぞれ教授される指導の殆どは理解できない。また、資質と教育が揃っても体現が適わなければ、やはり近衛官にはなれない。
体術は、漢禄帝国の全盛期に亡命してきた靇・弘を祖にして、築かれている。現在では龍手と呼ばれる体術だが、これは、手の位置と振り抜きで相手を崩し、瞬時に暴漢を無力化するべく考案されたものだ。後の龍脚と併せて、近衛官には叩き込まれる。
近衛官は体術に於いても圧倒的技量を持っていなくてはならない。
月皇陛下を守護するは、ただ事ではないのだ。
薬学に於いては、月皇陛下の往かれる土地の植生を調べ、虫毒の有無、その強度の確認など、幅広い知識が必要とされる。もちろん、毒による薬殺も注意せねばならない。
これは、医術として身に付ける術ではない。
宮中に医師ならば居る。
近衛学術法と云うものは懸かる事態の謀略を阻止する防術なのだ。
宮中に伝わる魔術には幾つかの流派がある。
月皇の血脈に備わる“ゼルーティア”
婦女子の嗜み“ガーデン”
騎士道の必須“ディライツ”“ノアーク”
近衛の秘技“アセント”
帝国の魔術の秘密は多岐にわたるが、真に秘なるものは少ない。
魔法を志し魔術を得る。
それが、近衛の秘密の概略。
『魔』には、絶対の『法』がある。そして、その『法』を行使するのを『魔術』というが、それは確立された『機構式』を指す。
魔術の上には魔法がある。
『魔』のあるべき『法』を自在に行使し『世界』をその手で歪ませる者を『魔法使い』と呼ぶ。
今『魔法使い』と呼ぶべき者は帝国全土を見渡しても、五人しか居ない。
それ以外は『魔術士』と称される。
故に近衛官は研鑽する。
自在に『魔術』を扱い『魔法』を超える為に。
『魔法』とは理論の果てしない応用である。ただ『魔』を使うだけなら難しいことは何もない。構築済みの『魔術』を憶えればいいのだ。
しかし、それだけでは職務には、到底足りない。
『魔術』を『魔法』のように。
近衛官は、物事の表裏を把握することを求められる。
体術にしても人体の構造を把握していれば、その技の理解は進む。
たとえば、相手の手のひらが上を向いているか、下を向いているか、内か外かによって懸かる技が変化するし、懸かったあとの姿勢も決まってくる。
そう、事態は変わらなくとも状態と位置取りと仕掛けに間違いなければ、ある程度の結果を予想し得ることが出来るのだ。
それが、近衛学術法である。
アーロネスの今日の目的は、久しぶりに身体を動かしてみることだった。
帝都三部ファーフス地区。
イーサ七星候下、辺境学の考学編所大学院。
『龍聖院』
それは大学院内に併設された訓練所、道場といったもので、辺境学に必須である体術の修練場。
彼の母校だ。
「いらっしゃいませ、御用向きを伺います」
「龍手の師範、師範代はいるかな」
「ええと、つ、机向きのご御用でしょうか」
『机向き』龍手周りの独特の言葉である。
事務方の総称だ。
そのとき、後ろの机から声が掛かる。
「ファルネット、この方は近衛の方ですよ。お久しぶりです、アーロネス様」
「カルセード、久しぶりだな。元気だったか?」
彼女はアーロネスの同期である。
「ファルネット、師範代コートレックが道場に居るはず、暫しお留めしてきて」
「はい」
元気に、ポニーテールが揺れて出て行った。
「あの娘は、今年の新人配属なのよ、ちょっと『慌てん坊』なの」
「カルセード。…まさかとは思うが、定着したのか?」
「イールス・マルドネートの失敗譚は、伝説的ですもの」
アーロネスは額を中指で押さえて、
「マジか」
「マジです」
「くくく、」
「ハハ、、、」
なんと言うべきか暫し迷って「久しぶり、」と、アーロネスがもう一度言った。
「始めよ」
師範代コートレックの硬い一声が響く。
アーロネスの自然体に対して、学生である彼は戸惑いを隠せないでいた。
木剣を下に構えて震える。
彼は、近衛官志望だった。
『今回はツイている』心がはやった。怪我の退職とはいえ現役引退したばかりなのだ。
自分の実力を確認したかった。
だが・・・
無手の、それも立っているだけの相手が、これほど遣りにくいとは考えた事もなかった。それなりの研鑽を積んだ筈の自負。
その自負はあった。しかし、それが役に立たない。
鉢金式の眼帯が左眼を覆っているのを見て取って、右回りを選ぶ。
当然の事だ。
だが、アーロネスは動かなかった。
視覚は身体の九割以上を制動する、その本質は危機反応だ。光ある処に住む生命体には眼があるのは、その為にあると言って良い。身近に起こる事態に際して瞬間に反応しなければ死に直結する。
ただ、人間という生物は理性により合理を得た。
それは牙と角の代わりに備えた剣。
ただ、それには手間と暇が懸かる。
才を見出し、基礎を叩き、型に羽目て整え、刃を付け、拵えてやらねばならない。
彼は、アーロネスの死角に入ったと確信を得た瞬間に、木剣を切り上げた。
須臾の間の事だ。
なのに、その木剣はアーロネスの左足に踏みつけられていた。
「それまで」
残心を解く。
彼は、その場に崩れた。
百も呼吸しない間の出来事に疲弊してしまったのだ。
意識の領域外の知覚反応を初めて使わされた所為だろう。
「彼、優秀ですね。ちゃんと手が動きましたよ」
「期待の近衛予備生候補を、簡単にあしらい過ぎだ」
「左を失ったが、視覚野が何重にも拡がったみたいだ」
「なんだって、…勿体ない。職が未だなら、体術講師に推薦してやる」
「ありがとうございます、コートレック師範代。残念ながらというべきか、次の就職先は決まっています。まあ、頸になったら、宜しくお願いします」
「ほう、やはり、近衛官が前職となると仕事が決まるものなんだな」
「さあ、どうなんでしょうか。今日は身体を動かしに来たので、学生何人か貸して下さい。納得したら、稽古ぐらいなら協力しますよ」
「はあ、…わかった、左の手足は攻撃禁止な」
彼女が、出るまで頑張る。




