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カレンツ・ナクターの事情  作者: 籐仙日々人
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ラーディル卿の左

書いたのは、いいのですが、旨く編纂出来ませんでした。

 10.ラーディル卿の左


 ラーディル卿が帝国現近代史に登場するのは、七十四年前の『ゴルディア山の攻防』である。

 山岳民族国家の小国。

 帝都から最も近い、雄峰ゴルディアの麓にある湖と森林だけという、小さな国。

 そこに、避暑あるいは遊学という名目で、ナクター家より放り出されたのが、当時十一歳のラーディル・ナクターであった。

 ラーディルは、利かん気の強い向こう見ずな子供で、その当時のナクター子爵も困り果てていた。なにしろ、彼の身体能力も触媒能力も、並の大人では歯が立たなかったからだ。

 その『天才』は稀に見る『天才』であった。

 その身体能力としては、早く草原を走り、長く山を歩き、服のまま泳ぐ事が可能であった。そのような能力は八歳の頃から目覚ましく、同じ歳のものとは比べるべくもなかった。

 そうである者は傲慢になる。

 何故ならば、無邪気であることが許されないからだ。

 物心ついて以来、自分より優れた者を知らない子供は、期待と落胆に苦しむ。

 人の築いてきた“普通”というもの(・・)は社会を構成する基盤の絶対だ。『帝国』ならば一億人の“普通”が渦巻いている。才余るぐらいならば良い、人の上に易々と立つだろう。が、有り余る場合は“普通”である人々により『運命』は狂う。

 そして彼の場合は、更に積み上がる『才』がある。

 その生まれ持った触媒能力は、強く反応し、長く反応出来、またその逆も可能であった。そのような者はナクター子爵家の二十八代の歴史でも、三代様と呼ばれる[最初に昇爵を蹴った]存在ぐらいである。

 卓越した者は、誰かと分かり合える事は少ない。

 しかし、長い歴史に埋もれがちではあるが、才有る者を育てる方策は少ないわけではない。

 だが、ナクター子爵家が採った方策は、もっとも過激なものであった。


 当時の貴族情勢は、平和ではあったが平和の維持に誰もが倦んでいた。戦争らしい戦争はなくなっていて、一旗を上げるような事態は『帝国』には起きそうもなかった。

 では、どうすれば『この退廃し腐る』世界に風が吹くのか?

 最初は他愛ない話。

 特に使い道のない溢れる財。

 それらが図ったかのように、あらゆる策謀で大陸を埋め、蠢き、重なり、そして崩れた。

 それが『七死』の始まり。

 悪名高き『七死竜』の受肉と生誕。

 帝国が滅亡寸前に追い込まれた(・・・・・・)。いや、そうではない。それは望んで滅び(・・)という甘い毒に酔った貴族達の舞踏会(乱交)だった。

 月下貴族とて例外ではない。結果、三つの地位も歴史もある『家』が跡形もなくなった。

『平和』が貴族を蝕んでいた。

 それは『帝国が腐って死』を迎えるという『七死』

『予言書』にない『滅び』

 これほどの災いはない。

 大小の『国』と呼ぶべきはあれど、その時代には『漢禄帝国』は無い(・・)。既に大陸で『帝国』に互せるものはなく、覇権を唱えるのは『終わった』事なのだ。

 つまり、戦争による『七死』は有り得なかった。

 それほど、平和という病は貴族を蝕んでいたのだ。

 このときに百以上あった小国は六十以下となる。結果だけを見れば『帝国』は大陸のすべてを支配下においた覇権の完成をなした。

 だが、それまで“悪鬼羅刹”と罵られた『帝国』は“裁断の悪魔”と侮蔑される事となった。

 つまり、帝国は大国としての権威が失墜したのだ。


 そんな中で帝国民衆が心の支えとするラーディルの英雄的行動があった。

 それが、ラーディル卿の『左』

『左』とは何か?

 それは彼の喪われた眼を指す。

 それを代償に、彼は古い歴史ある小国の危機を救ったのだ。

 辺境には、ある厄災が潜んでいる。

 小国ならば壊滅し、都市ならば崩壊する。

 普通より遙かに多い『魔』(エーテル)

 永い時間。

 哀れに巻き込まれる『獣』

『不幸の水瓶』という大自然の摂理が働くと、其れは生まれる。

『魔獣』

 場所により名前は違えど、辺境で『魔』の濃い土地に生まれる、特異体。

 獣の魔獣であれば、体高は人の背丈以上はあり、遠吠えや咆哮で心臓は止まり、視線が合えば金縛りや嘔吐に寒気に支配される。

 それは、世界に存在するのではなく、世界そのものとして存在する。

 エーテルとの一体化と証される『魔法体』

 風は斬れるか?

 水は斬れるか?

 山は斬れるか?

 斬れば風ではなくなるか? 斬れば水でなくなるか? 斬れば山でなくなるのか?

『魔獣』は斃せない。

 生命ある物ではないからだ。

 命のように在るのは、過去の名残に過ぎない。

 それを承知している者が、この大陸にどれほどいるものか。そんな生活にも軍務にも係わらない知識など誰が必要とするのか。

 十一歳のラーディル卿、後の子爵となる少年は知っていた。

 この小国に遊学へと出されたときに、そういう可能性があるものに対して、知識を求めないということはありえなかった。

 この小国の歴史七百余年で六回の出現が伝えられており、出来るなら捕まえてみせるとさえ考えていたのだ。

 そう考えられたのも、前回の出現から百五十年以上の時が流れて、有り得る刻が迫っていた。

 そして、彼は『天運』が自分にあると知っていたのだ。

 だが、現実は甘くはなかった。

 誰もが簡単に使えぬ『魔法』、禁術指定の軍用魔術を駆使しても『魔獣』には通用しなかった。

『魔法』を使うという『魔』(エーテル)原理では、世界を構成する『法』は犯せない。

 それは、なんであろうと、書き換える事の出来ない『法』(rule)

 魔獣とは『法』そのものなのだ。

 絶望的な状況。

 後ろに庇う少女。

 減っていく体力。

 喪われた血。

 繰り返される曖昧な思考。

 そんな、使いようのない魔術式のなかに溺れながら、彼は、諦めるということを識らなかった。

 そうして閃く。

『法』を砕く方法を。

ラーディル卿は、まさに物語りの主人公なのですが、カレンツ嬢の曾祖父様です。

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