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魔法使いといつかの約束  作者: 深森 結弦
第1章 果たせた約束
1/38

3月29日 出会い



やぁ、君は…はじめましてだね


また客人が来てしまったのか


時々、君のような者が迷い込んで来てしまうんだよ


ん?いやいや構わないよ


私の楽しみの一つでもあるからね


何せほら、ここには私しかいないから


おっと、私の話はまた今度…


さぁ、聞かせてくれるかい?


君はどうして、死んでしまったのかな?



――――――――

―――――― 

――――

――





                       3月29日


昇ったばかりの朝日が石畳の道を東雲色に染め、例年より早く咲いた桜はそろそろ散り始めているのか、川面にいくつかの花弁を浮かべている。

新学期が始める頃には散ってしまうだろうか。


もうすっかり春だというのに早朝の風はまだ冷たく、学ランにパーカーという出で立ちの俺はもう少し厚着をしてくるべきだったかと少し後悔しながら歩みを進めていた。

少しでも暖をとるべくポケットに手を入れ、もうすっかり通い慣れた通学路を歩く。


春休み中であるからか、普段なら学生の行きかうこの道に人影はなく、川の流れる音と鳥のさえずりがいつもよりも大きく聞こえてくる。

冬のものとは違うさわやかな風とやわらかく暖かな日差しを全身に浴び、ほっと息をもらした。

煌めく水面に目を細め、この穏やかな時間を堪能する。


春休みが明ければさしたる問題もなく高校2年になる俺が、こうして学校に向かっているのにはちょっとしたわけがある。


私立伊吹原(しりついぶきはら)高校”

駅からチャリで約15分。

偏差値そこそこのいわゆる進学校で、ほどほど生徒がほどほどに活躍してほどほどに功績を残す―――知ってる人は知っている、という程度の知名度を持つ普通の学校だ。

特別部活動に力を入れているわけでもないが、かといって弱小と呼べるほど弱くもない。

某有名大学への進学率が特別高いわけでもないが、しかし少なからず輩出している。

そんなどこにでもありそうな、たいした特色もないごくごく普通の学校。

それが俺の通う私立伊吹原高校、だ。


だけどそうだな、あえて他校との違いを上げるなら…

わけあり(・・・・)の生徒が少なからず在籍している、って位なもんか。

業界から追い出された元有名人の子供、政財界で活躍する官僚の隠し子、名家に生まれた落ちこぼれ…。

複雑な家庭事情を持った一癖も二癖もある人間が多くみられるのがこの学校だ。

親からすれば程よく体裁の守れる都合のいい学校、なのだろう。

賞賛されるほどでなくてもせめて、見下されることのないようにと考えた末に選ばれることが多いようだ。

噂ではこの学校の現校長も没落した名家出身だとか何とか…

いわゆる類は友を呼ぶということなのかもしれないな。


そんな親の思惑を知らないのかどうでもいいのか

当の本人、つまり生徒たちの方は特に出自や立場を隠すわけでもなく、むしろ自分たちから積極的にネタにして笑っているような奴らが多い。

ギスギスした雰囲気もなく気楽に学校生活を送っているようだ。


学校側も特に生徒を諌めるということはせず、なんというか…自由にやらせている。

放任しているともいえるが、それは言わぬが花という奴だろう。

一生徒としては、ガミガミ言われるよりほっとかれる方が気が楽だって話だしな。


さて、そんな放任もとい自由度の高い学校も春休みは春休みだ。

部活動に所属している一部の生徒以外は、家でゆっくりしたり遊びに行ったり()での自由を満喫していることだろう。

かくいう俺もその一人。

本来なら学校になんて用はないはずなんだが…


――― 明日朝7時 部室にて待つ ―――


………果たし状か?

思わずそう漏らしてしまっても何ら咎められないようなメールが届いたのが昨夜0時過ぎの事だ。

微妙な時間に送ってきたせいでそれが今日の事なのか明日の事なのか、ややこしく考えてしまったが次いで送られてきた慌てたようなメールに3月29日――今日の日付が指定されていたので間違いはないだろう。


しかし、なぜ学校を指定してきたのか。

図書館やファミレスだったらわざわざ制服に着替えるような地味に面倒なことをせずに済んだんだがな。

だいたいコイツも、運動部のような練習を必要とする部活に所属しているわけでもないのになぜ春休みに学校に行ってるんだ…、暇なのか?

メールではなく直接話をしたいと言うからには、何か明確な目的があるんだろうがこれで暇つぶしや部活への勧誘だったら鉄拳をお見舞いしてやろう。


そんな思惑を巡らせながらひたすらに学校へ続く道を進んでいく。

が、何気なくやった視線の先にそんな考えを全部消してしまうような眩暈にも似た衝撃をもたらすそれがあった。

川を挟んだ向こう側、正確に言えばそこに設置されているベンチの上に。



この川沿いは地元では有名な桜の名所で、散歩コースとして利用されることが多い。

それゆえかベンチも数多く設置されていて、そこに座って桜と川のせせらぎを楽しむ人も少なくない。

最近は治安の悪さが相まって訪れる人も減っているようではあるが…。


そのベンチの中の1つ

満開の花を咲かせている桜の木の下に

金色に輝く髪をした少女が、一人横たわっていた。



一瞬息が止まり、嫌な汗が頬を伝う。

おいおいマジかよ。

確かに最近この辺りは窃盗やちょっとした暴力事件が頻発しているし、決して治安がいいとは言えないけどよ。

とうとう殺人事件まで起きちまったってのか?

こんな早い時間に、子供が1人。

座るでもなくただ横たわっているなんてさすがに異常…

あー!くそ!!こんなの放って行くなんて出来るか阿呆!!


いや待てよ。

実は桜を眺めているだけで何の事件性も無く、且つ近くにちゃんと親が居るんじゃないか?

一縷の望みをかけて周りを見渡してみたが、やっぱりと言うか予想通りと言うか、残念ながら連れらしき人影は見当たらなかった。

というか周囲に居るのは俺だけのようだった。

絶望かよ。

普段から一人で居る方が好きではあるんだが、こういう時は赤の他人でも誰かに居てほしいもんなんだな…

そっと誰でもない誰かの存在に感謝する…、って場合でもないか。


バクバクと煩くなる心臓をなんとか落ち着かせながら、とりあえず様子を見に行くべきだろうと重たい足を動かす。

指先が、冷たい…


もし

もしもだ。

あの子供が死体で、見るからに他殺であるような惨いことになっていたら?

不謹慎なのかもしれないが、最悪の状況でも取り乱さないようにしっかりとシュミレートしておいた方がいいだろう。

死体を見て平然としていられるほど俺のメンタルは強くないからな。

何だ思ってたより大丈夫そうじゃないかと安心できるように、より惨い事態を想定しておこう。

……

………

……………

ダメだ、無理だ。

申し訳ないがそんな事態でなくても死んでいるんなら俺は吐くぞ。

今。

この一瞬。

想像しただけでこんなにも血の気が引いて息が苦しい。

くっそ、心臓いてぇな…

人のトラウマ引き出そうとしてんじゃねぇ!


あまりの事態に脳が自己防衛を図ろうとしてるのか普段はしないようなテンションになってしまった。

これが所謂ノリツッコミか…

脳のせいなら仕方ない。


そうして多少落ち着きを取り戻したところで件のベンチが目と鼻の先まで迫る。

いや、迫っているのはあくまで俺の方ではあるんだが。


目だけを動かして周囲を確認するが、どうやら血や内臓が散乱するような悲惨な状況ではないようだ。

とりあえず直葬だけは免れてなによりだ、俺が。


とりあえず一つ深呼吸をして、眼前の少女を確認する。


金髪に見えた髪は朝日に照らされてそう見えただけだったのか、実際は青みがかった銀髪であるようだ。

随分白い肌をしているが、生気はあるように見える。

変わった髪色だと思いつつ手を口元へ近づけて呼吸を確認する。

どうやらしっかり生きているようだ。

呼吸は深く、眠っている人のそれであるようだった。


しかしそうなると、なぜこの少女はこんなところで眠っているんだ?

見たところ7,8歳くらいだろうか?

青みがかった銀髪に白い肌、明らかに外国人といった風貌をしている。

首から古くて小さな鍵を下げていて、フードのついた黒いコートを着ている。

生地や装飾からして高価なもののように見えるが。

誘拐…か?

もう一度周囲を確認するが、犯人はおろかひとっこ一人いない。

というか、これ…

俺が誘拐犯に間違えられる流れじゃないか?

まずい、よな。

あぁまずい。

いくら身元のはっきりとした高校生でも、この状況は非常に怪しい。

俺が警察だったら間違いなく職質する。

たとえ誘拐したのが俺じゃないと分かったとしても、寝ている少女にイタズラしたのではないかなんて疑われたら弁解しようがない!

少女は眠っていて、周囲に人影はなし。

そんな状況に置かれた健全な男子が何もしていないなんて言ったって信じてもらえるだろうか!?

疑われた時点で黒って考える奴なんかごまんといる。

ここは俺の今後の人生の為にも可及的速やか且つ迅速に、何が何でもこの少女に起きてもらわなくてはいけない。

イタズラ心など一欠片しかないんだと証明するためにも…!


「……。“おい、起きろガキ”」



「んん、………あす、と……。」



反応はあったが起きる気配はない。

しかしよくもまぁ、寝言を言うほど爆睡できるもんだ。

吹きさらしのベンチだぞ、ここ。

あまりに能天気な少女の様子を見るに、俺の考えはすべて杞憂だったのだと分かった。

疲れた…



「はぁ…。おい!起きろ!」



先ほどより大きめに声をかけると、ようやく瞼が上がり青い瞳がゆっくりとこちらを捉える。



「よぉ。お前一人か?ここで何してる?………。おい、お前もしかして寝ぼけてるのか?」



少女は俺の言葉には反応せず、ただ寝起きとは思えないほど見開かれた瞳でこちらを凝視していた。



「…あぁ、もしかして俺の言ってる言葉がわからないか?見た感じ外国人っぽいもんな、お前。」



頭をガシガシをかきながら、いったん視線を上へあげる。



「あ、すみません!少し…驚いてしまって。大丈夫です。言葉、わかります。」



どうしたもんかと考えあぐねていると下から少し焦ったような声が聞こえる。

ゆっくりと上半身を起こし、少女は流暢にそう返してきた。

これで言葉まで通じなかったらいよいよ警察に丸投げかと思っていたのでとりあえず一息つく。

警察なんて呼んだらそれこそさっきの悪夢が再現されかねないしな…

多少安堵している俺とは裏腹に、少女はどこか落胆しているようだった。

起こしたのが見知らぬ男であったのだからそこは致し方ないんだろう。

何にせよ言葉が通じるなら話は早い。



「そうかい、そりゃよかったよ。で、安眠してたとこ起こして悪いが、こんなところで寝てると風邪引くぞ、お前。」



「え、あぁ、そうですよね。ご親切にどうも、ありがとうございます。」



「……。その様子だと誘拐されたってわけじゃなさそうだな。家出か?」



「いいえ、そういうわけではないのですが…。」



何とも歯切れの悪い言い方をする。

誘拐でも家出でもないとすると…、まさかこの歳でホームレスって言うんじゃないだろうな。



「あのな。……お前みたいなガキがベンチで爆睡してるっていうのは結構な珍事件なんだよ。家出じゃないならどうしてこんな所で寝てたんだ?」



このまま立ち去る訳にもいかないのでもう少し話をしてみる。

場合によっては警察を呼ぶなり、交番に連れてくなりした方がよさそうだしな。



「ええっと、ですね。昨日こちらのホテルに着いて、とりあえずこの辺りをちょう…コホン、散歩しよと思って歩いていたのですが、あちこち見て回っているうちにどこに居るのか分からなくなってしまって…。ケータイもどうやらホテルに忘れてきてしまったようで、そうこうしている内に当たりはすっかり暗くなって…。最近あまり眠れていなかったせいかひどく疲れていたのも相まって、少しベンチで横になって休もうと思っていたらうっかり…その…」



すっかり目が覚めた様子の少女は、ベンチに座り直すと恥ずかしそうに頬を染めた。

ベンチで寝ていたせいか寝癖がちょっとしたオブジェのようについているが、そんなことよりもだ。

衣服や仕草はお嬢様のそれっぽいのに、こいつは…



「よくうっかりで朝まで爆睡できたな。寝言言ってたぞ、お前。お嬢様かと思ったらとんだサバイバーだ。」



「えっ!?ね、寝言まで…。確かに花の香りがして気持ちいいなーとは思ってましたが…。お恥ずかしい限りです。」



自分の髪を撫でながら少し申し訳なさそうに俯く。

そこで寝癖に気が付いたのか、せかせかと手櫛で髪を整え始めた。

やはり所作一つ一つに育ちの良さを感じられる。

良い所のお嬢様って言うのはうっかりベンチで寝ちまったりするもんなのか?



「まったく危なっかしい奴だな。で、お前の連れは?さすがに探してるだろ。それともホテルから離れすぎて探しきれてないのか…」



聞いておきながら自分でも思案する。

考えるときの癖で手を顎に当て顔を横にそらす。

ナルシストの様でやめろと言われたこともあったが、長年染みついたクセってものはなかなか抜けないものだ。

っと、閑話休題。

どうやら日が落ちる前から一人であったようだし、捜索願いが出されていたとしてもおかしくないが。



「あ、いえいえ。私は一人で来たので連れはいないですよ?日本に来たのはこれが初めてで、すっかり浮かれてしまいました。」



そう言って少女はこてんと首を傾けると可愛らしくはにかんだ。



あぁ!?一人旅な上に日本在住じゃないのかよ!

あまりに流暢な日本語話すからてっきり日本育ちなのかと思ってたぞ。

だいたいこの歳で海外に一人旅ってどこの冒険者だよ。

仲間を集めて魔王でも退治に行くってのか?!

つーかこの規模の方向音痴を一人旅させてんじゃねーよ!

そこは全力で止めろよ周りのやつら…

まさか同じようなシチュエーションで二度もガキを拾うとは思わなかったぞ、音痴違いだったけどな。

……、閑話休題。



「まぁとりあえず、ホテルの周りに目印になるような建物とかなかったか?駅とかデパートとか。」



家出でもないただの迷子だというなら、わざわざ警察の世話になることもないだろう。

国家権力はそれを本当に必要としている人に使われるべきなのだ。

とりあえずホテルを特定できる何かを覚えておいてくれてるといいんだがな。



「えぇっと、ですね。駅のすぐそばでした。駅前には噴水があって、割と大きな時計塔も建ってました、ね。」



噴水と時計塔がある駅って言ったらここから20分くらいの最寄駅じゃねぇか。

この距離で迷子になる上にたどり着けないのか、相当だな…。

学校とはほぼ逆方向になるんだが…



「そうかい。それじゃ駅まで行けば帰れるんだな?…こっちだ。」



顎で来た方を示して歩き始める。

道順を教えて帰れるんなら端から迷子になんてなってないだろうし、乗りかかった船だ。

きっちり送って行こう。



「え、案内してくださらなくても道を教えて頂ければ…!」



「帰れるのか?とてもそうは思えないけどな。それに、俺も駅に用事があるんだよ。…どうしても嫌だって言うんなら地図を描いてもいいが。」



「…あ、ありがとうございます。よろしくお願いします。」



少女は一瞬呆けていたが、すぐに花が咲いたような笑顔をみせた。

自分で言うのもなんだが、もう少し疑った方が良いように思う。

こんなの一人でこの先大丈夫なのか…?


こっちの心配を知ってか知らずか、少女はベンチを一撫でしてから立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。

行きましょう、と笑ってみせる少女に少し戸惑いながらも短く返事をして歩き始める。

先約の方には少し遅れることになるが、賄賂(甘いもの)でも買っていけば問題ないだろう。

そんなことを考えながら歩いていると、沈黙を破るように少女が口を開いた。



「あの、お兄さんは学生さんなんですか?」



「ん?あぁそうだ。見たまんまだな。…しかしお前、ずいぶん日本語うまいな。ガキの割にはしっかりしてるようだし…。」



方向音痴以外はな。

話し方や態度はずいぶん大人びてるし、この状況でも取り乱す様子はない。

どういう生き方したらこの歳でこんなに落ち着けるんだか。

思わずまじまじと観察してしまう。



「日本語は日本人のメイドに教えてもらいました。いつも何を考えているかわからない、表情のあまり変わらない人なんですが日本の事を教えてほしいと言った時は喜々として話してくれましたよ。」



メイド…

やっぱりお嬢様だったか。

しかしならば尚更一人ってのはおかしくないか?

それこそ、その日本人メイドを連れてくればこんな事にはならなかっただろうに。

…聞かない方が良いことなのかもしれないが。



「お前、日本には何しに来たんだ?」



「えぇっと、観光…とそれに勉強も兼ねて。」



「一人でか?ずいぶん信用されてるんだな、異国に一人で行かせるなんて。」



「私のすることには賛同してくれていますし、困った時は連絡するように言われています。それに日本は治安の良い国ですから!」



両手を軽く握り目を輝かせている。

そういった姿は年相応に見えるな。

しかし無法地帯ではないってだけで、犯罪自体は全然起きてるんだが…



「日本の習慣やマナー、後は法律なんかもメイドから詳しく教えてもらいましたので、事前学習は抜かりなしかと!」



いやいや、ザルすぎるだろ

一般常識から学んで来い。

なんで日本にそんな全幅の信頼を寄せてんだよ。

日本人は全員、聖人君主だとでも教わってきたのか?



「…お前、ホテルに戻ったら今までの事全部親かメイドに連絡しておけ。信頼と放任は別物だからな。」



「?はい、わかりました…?」



なんで疑問形なんだよ、全然わかってねぇなこいつ。

箱入り娘ってやつか。

それにしてもやっぱり自由と放任は紙一重なのかね。



「まぁ、なんでそんなに日本に興味持ったのかは知らねぇけど、実際見に来るにはいい時期だったかもな。」



風が通り、揺蕩う桜を見上げる。

微かに感じる香りと薄紅色の花弁に、なぜだか時々もの悲しさを覚える。

桜の花は好きだが、胸の中に生まれるこの焦燥感は少し苦手だ。

だからだろうか?

桜が散ってしまうと、寂しさと同時に少し安堵している自分が居る。

そんな儚さを知っているからか、桜を見ると目が離せなくなってしまう。


「……綺麗ですよね、この桜の花。アーモンドの花に似ていると聞いていましたが…。私は桜の方が好きです。」



「ちょうど満開だしな。あと一週間くらいは見れるだろうが、そこは天気次第だな。気に入ったんなら来年もまた見に来ればいい。毎年咲くもんだから。」



何気なく言った言葉だったが、少女は歩みを止め俯いてしまう。

なんだ?何か気に障ったのか?



「………。お兄さん、もしかして下にご兄弟がいらっしゃいますか?なんだか子供の扱いに、慣れているような気がします。」



顔を上げた少女の顔には、薄っぺらい笑顔が張り付いていた。

気を使ったのか、何かをごまかす為なのかはわからなかったが、ここは指摘しない方がいいんだろうな。



「まぁ、居るな。っつっても子供の扱いなんて慣れちゃいねぇよ、むしろ苦手だ。兄弟っつっても双子の妹だしな。」



「双子の…妹…。なるほど、お兄さんに親しみが持てる理由が分かった気がします。」



少女は先ほどよりも自然に笑ってみせると、また歩き始めた。



「なんだ、お前も兄弟がいるのか?」



「…いいえ、私は一人っ子ですよ。あ!あれは時計塔ですね!なんだ、意外と近くにいたんですね。」



話しながら歩いていたせいか、気が付けば駅のすぐそばまで来ていた。

駅前にはいくつかホテルがあるが大抵はビジネスホテルだ。だが今までの会話で、このガキがビジネスホテルに泊まっているとは到底思えなかった。

となるとこいつが泊まりそうなホテルは…



「あ、ありましたよ!私が泊まっているホテルです。」



そういって指差した先にはこの街で一番大きい、いわゆる高級ホテルがあった。

金持ちめ…



「?なにかおっしゃいましたか?」



おっと。うっかり口に出してたか、あぶねぇ。



「いや、なんでもねぇよ。ここまでくればさすがに迷わねぇよな?」



「はい!ご親切にどうもありがとうございました。そうだ!何かお礼を…。」



「必要ねぇよ。俺も駅に用事があるって言っただろ。ついでだ、気にすんな。」



「……、なるほど。日本人らしい素敵な法律ですよね!」



満面の笑みで訳のわからないことを言ってくる。

法律?



「ん?なんの話だ?…まぁいいか。おい、ちびガキ。ここら辺はあんまり治安がよくねぇ、特にここ最近はな。一人旅は大いに結構だけどな、あんま人通りのない場所には近づくなよ。あと野宿はもうすんな、見つけた奴の心臓に悪ぃから。」


あと社会的に死んでしまう可能性があるから…。



「了解です!以後気を付けます。今日は本当にありがとうございました。見つけてくれたのがお兄さんの様な方で、よかった…。」



「そうかい。…んじゃな。」



軽く手をあげてから駅の方へと歩き出す。

さて、この時間にやっている店はあっただろうか。



「あの、お兄さん!私、ミクといいます!お兄さんのお名前は?」



存外大きな声に驚いて振り向くと、先ほど別れた少女が背伸びをしながら大きく手を振っている。

そこまで離れているわけでもないのに随分と大きな声を出すもんだ。

子供って言うのは総じて声がでかいもんだが、これは俺も合わせた方がいいのか?

いや、無理だろ。

あれは年齢一桁の子供だけに許された特権だ。

もしかしたらギリギリ許されるのかもしれないが、そもそも俺はそんなキャラじゃない。

早朝の駅前で大声出せるほどの青春も残念ながら未経験だ。

ましてや尋ねられているのが名前であるのならなおの事…

………名前、か



「俺は…………、唐草だ。」



少し考えてしまったが、名乗るのは未だに慣れない。

これもクセのようなものだし、第一呼ぶ分には問題ないだろう。

あいつも名前しか名乗ってないしな。



「唐草さん、ですね。私、しばらくこの街に居ますので!またお会いできるのを楽しみにしています!」



「…あぁ。次は迷子じゃない時で頼むわ。」



笑顔で手を振る少女に背を向け、駅に向かい歩を進める。

とりあえず駅前のパン屋でなんか買って行くか。





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