三毛猫、騎士と会う
あちらこちらに引っ張りだこだった一日は最早昼の事であり、今は夜中だ。みんな寝静まっていて、不気味な雰囲気が漂う反面、三日月が美しく輝いていて、とても良い夜を、俺、三毛猫事サクラは闊歩していた。。
「(まぁ、猫は夜に大暴走って言うしな~)」
誰が言ったそんな事。
一人でツッコミを入れながら歩く。
「(んー……屋根に登ってみるか)」
家の横に積まれていた木場を足場に、屋根に登る。猫の身体になって改めて分かったが、思ってる以上に身体のバネが効く。そして柔らかい。たまにアクロバティックな動きを、猫はすると思うが、そりゃしたくなるわ。
「(……うん。人一人いない)」
昼間は賑やかだった村も、今は静寂に包まれている。明かりがついているとすれば、村の端にある酒場くらいのものだった。
「(こんなに目が利くのも猫だからだろうな~)」
昼間と大差ない程に、村が見て取れる。なんだか新鮮だ。
しばらくあたりを見渡していると、遠くに誰か居るのが見えた。
あれは……昼間居た騎士か! 同じ鉄製の鎧着てるし、間違いないな。
「(暇だし……行ってみるか)」
俺は、騎士の所に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「(……9998、9999、10000……)」
日課である1万回素振りを終えた騎士は、疲れからその場に座り込んだ。
この騎士は、警備する者が自身一人の状況で、この村を幾度も魔物から守りきっている。強い、優しい、知識も十分で村の皆からの支持も高い。
しかし、一つだけ。騎士がめっぽう弱い物があった。
「……ッ!?」
休憩で、座り込んでた体を急いで起こす騎士。
「……匂いする」
何かをつぶやく。そして、身を屈めたかと思えば。
「三毛猫ぉぉぉぉぉ!!」
様子をみにきた俺をとっつかまえた。そう。猫。騎士の弱点はにゃーんちゃんなのである。
「フギャッ!?」
変な悲鳴をあげる俺。
そんな俺を抱いたまま、騎士は被っていた兜を脱ぎ捨て、俺に擦りつく。
「(こ、こいつ女だったのか)」
兜被っていたから分かんなかった。
「(ていうか、こいつ……めっちゃ美人じゃん!)」
ブロンドの髪を頭の後ろで束ねており、顔のパーツ一つ一つが整っており、如何にも気高い華麗な女騎士……なんだが、
「はぁ……はぁ……」
頬を赤らめ、恍惚の笑みを浮かべているため、全てが台無しだ。
「(……とりあえず、逃げるか)」
そろそろウザくなってきたしな。
俺は、女騎士の腕からヒョイと逃げ出す。
「ああっ! もふらせろ!」
手を伸ばし、俺を求めてくる。……俺を求めてくるっていったらなんか卑猥だが、今はそんなんじゃないからな?
「(にゃはは! さらだばぁぁ!)」
俺はダッシュで逃げ出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日。屋根の上で昼寝していたらまた捕まった。
何とか逃げ出すも、女騎士はポニテの髪を揺らしながら、「魔法」っぽい紫色のなにか出追いかけて来る。が、
「くそ、この猫なかなかやる……!」
ふはははは! だろうそうだろう! なぜだか分からないが、攻撃が来る方向がわかるのだから! その方向に行かなければいい話よ!
そういった感じで、全て避け続けているのだ。最初こそ、騎士がその身体能力で俺を捕まえようと迫ってきたが、小馬鹿にするように避ける俺に我慢が切れたのだろうか。その内に紫色の輪っかを放つ魔法を放ってきた。
騎士が放つ魔法を右往左往して避け続ける。
「こうなったら……」
騎士の動きが止まる。そして何かをブツブツと唱え始めた。
普通に考えれば、何かしらしてくると予想がつくのだが、この時の俺はハイってやつになっていた。図に乗ってその場で飛び跳ねまくっていたのだ。
「……~~~!」
騎士が手を振り下ろした。その瞬間。
俺の周囲に、炎の輪っかが出現した。
「にゃあ!?(はぁ!?)」
炎は瞬く間に燃え上がった。そして、俺だと飛び越えることが出来ないほどの壁になる。
逃げなければ……そう思ったがこの炎、見た目どおり暑い。無理やり通り抜ければ、大怪我は間違いないだろう。
そんな炎の中を、騎士はつき進んできた。なんだあいつ! 人間じゃないのか!?
そして、真ん中でビクビクしている俺を抱き上げ……顔を擦り付けた。
「スーハースーハー……」
……なんかこいつめっちゃ深呼吸してくる!?やべぇ!
しかも深呼吸だけじゃなくて、表情がやばい。頬を赤らめ、恍惚の表情ってやつだこれ。変態だ。
逃げ出そうと身体をうねらせるも、騎士の馬鹿力でガッチリとホールドされ、動けない。
「にゃーっ!! にゃーっ!!」
せめてもの抵抗で、俺はめっちゃ鳴くことにした。誰か!誰か居ないのか!
「……騎士さん……なにしてるんですか?」
ビクッと身体を強ばらせる騎士。恐る恐る振り向くと、目を丸くしたエルのお姉ちゃんが居た。へ、ヘルプミー! 助けて!
「騎士さん……家の猫に何してるんですか?」
「え、いやっ、それは……」
みるみるうちに青くなる女騎士。変態が露呈したのだ、無理もない。
……それをみて、お姉ちゃんは俯く。
「私……憧れだったのに……」
憧れだった女騎士が、こんな猫を追いかけ回す変態だったとは、そりゃあ幻滅したよなお姉ちゃん。
お姉ちゃんが顔をあげる。
「私……私っ!」
うんうん。つらかろうつらかろう。だから騎士にトドメを指して俺を助けてくれ。
「……私っ! カイさんのお団子の髪型がすきだったのにぃーっ!」
「そこかよっ!?」
女騎士がこける。
お姉ちゃんは、走り去っていった。
「……」
その場に、静寂が訪れる。
何が何だか分からないという風に、騎士は俺を見てきた。ごめんな、俺には助けることは出来ない。
兎にも角にも、状況が良くわからないが、騎士のホールドが弱くなっている。今がチャンスだろう。
「……(逃げるが勝ち!!」)」
何が勝ちかわからないが、俺は騎士から逃げ出した。