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犬神・前編



 夏休みが終わり、新学期早々に臼木陣太郎が通う高校でいくつかの事件が起きた。


 まず、B組の吉田という男子生徒が謎の奇病により一週間程眠り続け、学校に来なくなってしまった事。

 2年生が新学期最初の掃除の折、一号棟校舎の屋上でイタチのような生き物の腐乱死体を見つけ、あまりの悪臭にその場で嘔吐した事。

 それから、女子の間では市内No1のイケメンとの呼び声も高い2年の如月先輩が、1年A組の天之麻甘菜に告白をした事。

 ついでにその如月先輩を天之麻甘菜は『自宅の祀っている神様の御名を知らなかった』という理由でフった事。

 C組の陣太郎が美術部に入り、何故か剣道部で無いにも関わらず竹刀ケースを持ち歩くようになった事。

 おなじく、C組の笹山さんがやけに垢抜けて、秘密の校内美女ランキングにて急上昇した事。

 体育の渡辺教諭が、よその学校の生徒に手を出して一月の謹慎処分を下された事。

 などなど。

 新学期が始まり、二週間もせずにこれだけのイベントが生徒達の耳を楽しませていたのだった。

 しかし。

 そのどれもは彼らにしてみれば既に『過去の話題』であり、今現在最も注目すべき話題は……


「臼木くん、ちょっといい?


 昼休み。

 突然クラスにやって来て、登校途中に買ったパンを貪っていた陣太郎に学校のアイドルはそう言った。

 その表情は不機嫌そのものであり、陣太郎にはただただ、いやな予感しかわいてはこなかったが。

 周囲の反応は別であり、羨望と奇異の視線が矢襖のように陣太郎へと突き刺さった。

 それだけでなく、教室の隅では陣太郎と甘菜を見やりながら女子達がヒソヒソと何やら話を始めている。

 無理もない。

 夏休みが明け、あれほど他人を寄せ付けていなかった天之麻甘菜が、校内ではぱっとしない陣太郎と話すようになっていたのだ。

 しかも、陣太郎は彼女が所属する美術部に突然入部し、そこでもよく二人が会話を交わしている姿が目撃されている。

 様々な憶測が飛び交うのも、当然の結果であった。


「ごめん、天之麻さん。いま、飯食ってるんだけど?」

「しってるわ。ここでこのまま待っててあげるから、それ食べたらつきあって?」


 そういって、陣太郎のすぐ側に立ちジっと無言で彼を見詰める甘菜。

 教室内は無言となり、陣太郎に突き刺さる視線と圧力は更に強くなっていく。

 勿論、そうなると甘菜は知っていてそこにいるのだ。

 陣太郎は徐に手にした、まだ半分ほど残っているパンを強引に口中に押し込んで立ち上がる。

 その頬はハムスターのように膨らんで、非常に見苦しいものであったが、本人も甘菜も気にしては居ないようだ。

 やがて二人が教室から出て行くと、堰を切ったように教室内に言葉が飛び交い始めた。

 そんな中、二人が出て行った出入り口をじっと見詰め続ける、一対の眼。

 陣太郎と同じC組にいた、やけに垢抜けて秘密の校内美女ランキングにて急上昇を果たした笹山弘子の、憎悪の眼差しである。

 それは餓狼のように鋭く、そして幾分かの嫉妬が混じっていた。



 笹山弘子がひょんな事から知った“それ”は、彼女の少し歪んだ心を更に歪めてしまう結果となった。

 切っ掛けは、年頃の少女によくある願いが叶うおまじない。

 それまでも幾度となく、願い事を書いたノートのページを誰にも見られぬようにする、とかいった物を試していただけであったが。

 残念ながら効果は一向に現れず、次々と新しいおまじないを試すにつれ、内容もままごとのようなものから本格的な物へと変わっていった。

 年頃の少年少女によく見られるように、一度何かに入れ込むと往々にして歯止めは効かなくなる事は珍しい事ではない。

 笹山弘子にとって、願いを叶えるための“おまじない”はまさにそれであったのだ。

 そして、彼女は。

 その年の夏休み、いつも参加していた両親の他県への帰省には参加せず、自宅で遂に、ソレにとりかかる。

 まず、元々は彼女が請うてペットに飼っていたフェレットに水も餌も与えず、三日間放置した。

 その後、深夜。

 飢えてしかしぐったりとしたペットを連れ、彼女が通い、そして想い人が居る学校へ忍び込んで屋上へと上がる。

 勿論、警備会社のアラームなどが設置された内部からではなく、外部の非常用階段からだ。

 生徒が屋上へ上がらぬよう、外部非常用階段の降り口と屋上の入り口への扉は常に施錠されていたが、何処で手に入れたのか彼女は合い鍵を用意していたのだった。

 そして、屋上のフェンスの支柱にロープを巻き付け、ペットのフェレットにくくりつける。

 ロープは長く、丁度彼女の想い人の席の真上にフェレットが移動できる位の長さであった。

 勿論、ロープは事前にその長さを調べ、調整を行っている。

 その後彼女はフェレットが彼女の席の位置から動かぬよう、その目と鼻の先に数日ぶりの餌と水を、しかし決して届かぬように置いた。

 フェレットはいつもの愛らしい仕草ではなく、野生をむき出しにキュウキュウと鳴いて、飼い主に媚びもせず、必死に目の前の餌に飛びつこうとした。

 笹山弘子は、そんなペットの姿を無表情のまま見下ろして、徐に自身のバッグの中から大きめの包丁を取り出す。

 一拍、時を置き。

 彼女は無表情のまま、必死に餌に食いつこうとするフェレットの首に二度、三度と包丁を振り下ろした。

 血が少量飛び散り、やがてついぞ数日前までは可愛がっていたペットは、哀れな鳴き声を一瞬上げながら絶命する。

 小さなその首はあっけなく胴体と解れ、笹山弘子は表情を変えもせずにペットの首をビニール袋へと詰め、持ってきた品を回収しその場を後にした。

 屋上に無残なペットの胴体のみを残して。

 翌日。

 昼頃、両親が家に帰り着くと、彼らの娘にいつもと変わらず、いやいつもよりもずっと明るく、生気に満ちた表情で出迎えられ少し驚いていた。

 あれほど地味で内向的であった娘が数日家を空けた間に突如、派手気味な衣服に身を包み、まるで別人のような笑顔でそこにいたからだ。

 笹山弘子はなにかあったのか? と問いかけてくる両親に、イメチェンよ、イメチェン。 とだけ答え跳ねるように自室へ戻っていく。

 その時の彼女の心中は、外側と同じようにまばゆい程の光と希望と、幸福で満たされていた。

 なぜならば。

 あの、深夜の学校で行った“おまじない”は、想像以上に……否、想像を絶する効果を生み出していたからだ。

 それは、とあるオカルト雑誌に載っていたおまじないだった。

 謳われていた効果は『どんな願い事でも叶う! しかも一生、いくつでも!』という物で。

 記事自体はオカルト紹介コーナーのような位置にあったのだったが、彼女にはなぜかそれが天恵に見えたのだ。

 そして日頃から恋の悩み以外にも、自分の容姿や内面に不満を抱えていた彼女は。

 元々内向的でどこか歪んでいた部分があったのだろう。

 つまり、笹山弘子の心はどこか、壊れかけていて。

 つい、“それ”に手をだしてしまったのである。

 彼女の心は願いの成就と引き替えに、完全に壊れてしまっていたのだ。

 ペットを手にかけた夜、彼女は自宅に戻り“おまじない”を最後まで行い、風呂に入った後手始めに願った。

 少し増えていた体重を、5キロ減らして欲しいと。

 願いはあっさりと叶えられた。

 笹山弘子の目の前で、乗っていた体重計の目盛りがキッチリマイナス5キロ分移動する。

 彼女はその光景を見て始めて、“おまじない”が本物であった事に驚喜した。

 多少なりともまじないの効果を信じてはいたが、それはじわりじわりと認識しにくいような形でかなえられる物であるとなんとなく、考えていたからだ。

 しかし、目の前の光景は。

 笹山弘子は胸を高鳴らせ、洗面台の前に立ち願う。

 もっと、眼を大きめにして欲しい。

 もっと、胸も大きく。

 もっと、ウエストは細く。

 あ、ふとももも。

 願いは、彼女が念じる度に叶えられる。

 “それ”は気が利くのか、不思議と容姿は別人のようにはならず、笹山弘子は笹山弘子のまま、美女へと変貌していった。

 この時の彼女の高揚感は恐らくそれまでの人生で最も強い物であっただろう。

 まるで神になったかのような感覚に、彼女は裸のまま飛び跳ね喜び声を上げる。

 そして、なにか新しいオモチャを手に入れた子供のように彼女は次の願い事を思い浮かべた。

 気になっていた、首筋のホクロを見えなくして欲しい、と。

 しかし。

 彼女の体型を、体重を、容姿を変えた“それ”は何の反応はなく、何も起こらない。

 なぜ?

 ――ああ、そうか。

 きっと、さっき作った“あれ”を全部食べなかったからだ。

 笹山弘子は裸のまま、急いで台所に戻る。

 先程、学校から持ち帰りずっと火であぶり続け、炭になったペットの頭部をすべて平らげるために。

 その、あまりの悪臭に少し囓っただけで吐きそうになって放置していた“それ”を。

 今度は、悪臭も気にならず、骨まで砕いて粉状にしたものを、一気に胃の中へ流し込んだ。

 そして、改めて願った願い事は。

 ――やっぱり。

 ホクロどころか、染み一つない綺麗になった首筋を見て少女はほくそ笑んだ。

 それから、いよいよ彼女は少し大きくなったその胸の内に宿す願いを念じる。

 ――あの人に。

 本当の私である、天之麻甘菜に。

 天之麻甘菜になりたい。

 願いは果たして、新学期となる日まで笹山弘子は叶えられたものだとばかり考えていた。



「なんで笹山が“そう”だとわかんだよ」


 陣太郎が甘菜に呼び出された日の深夜、学校の敷地内にて。

 甘菜に呼び出されその日、今日の夜中1時45分までにどこぞで時間を潰してから学校へ集合するよう言い渡された陣太郎は。

 どうにもその言葉を無視できず、一度帰宅した後バカ正直にもう一度学校へと足を運んでいたのだった。

 途中警察に見つかり補導されぬよう、学校のジャージを身につけ、「参考書を忘れたので、学校へ取りにむかう途中です」と非常に苦しく効果の薄そうな言い訳まで用意して。

 一方甘菜はいつもの巫女装束に身を包み、その手には陣太郎が竹刀ケースに入れているものと同じ日本刀のような物が握られていた。

 それは“天目一命”(アマノマヒトツノミコト)と銘打たれ天之麻神社の御神体であったのだが、陣太郎には知る由もなく。

 彼は大方何かの小道具であろう程度の認識を持ったまま、なぜこんな時間に学校へ来るよう指示したのかと問い詰めた時の答えがソレであった。


「証拠っていうか、笹山さんから今日の夜決着を付けましょうって手紙が来たもの」


 天之麻甘菜は、眠そうな表情でむくれる幼なじみにその手紙とLED式の、小さな懐中電灯を渡した。

 陣太郎はそれらを受け取り、懐中電灯に明かりを灯して手紙を読み始める。

 その内容は。

 罵倒と憎悪に彩られて、狂気に満ちた内容であった。

 すなわち、お前が笹山弘子なのに、なぜ、どうやってわたしと入れ替わった? というもので。

 支離滅裂な内容と共に“元に戻せ”と要求が書かれ、その日の夜2時までに学校の屋上へ来るよう指示されていた。


「えっと、天之麻さん?」

「まあ、美少女やってるとそういうこともあるのよ。内容はありふれたものだから気にしなくて良いわ」

「えっ? あの、天之麻さん?」


 陣太郎は二度、すこしニュアンスを変えながら幼なじみの名を呼ぶ。

 こいつ、いままで一体どんな人生送ってきたんだ?

 いや、中学入ってから……いや、小学校高学年くらいからかな、異常にモテだしてたのは知ってるけど。

 てか、もうちょっとこう、さ。

 モテモテな奴ってのは、男女共にこう、充実してるってか漫画みたいな華やかな人間関係築くもんじゃないの?

 コレがありふれたとか、さあ。

 それにコレ書いた奴……笹山か? あいつ、こんな異常な事やるようなキャラだっけか?


「もう、しっかりしてよ。時間無いから端折るけど、内容は大した問題じゃないの」

「いや、十分怖いんだけど?」

「私はもう慣れちゃったわよ。如月先輩振った直後なんて、すごかったし、中学の時もまあ、似たような事何度もあったしね」

「こんなの送る奴が世間にはそんなにいたのか……お前、よく刺されなかったな」

「まあ、私の場合はコレがあるしね」


 甘菜はそう言って、手にしていた刀を掲げてみせた。


「おま……それで撃退してたのか?」

「臼木くん、わたし別にこれで人斬ったりはしていないからね?」

「あ、そうなんだ」

「バカねぇ、流石にそんな事したら新聞に載っちゃうじゃない」

「そりゃ、そうだけど……じゃ、どうやって撃退してたんだ?」

「コレね、あんたが今背負ってる鬼目一“蜈蚣”の兄弟刀。“天目一命”って名前なんだけど、前に話した鬼の鍛冶が打った百本の祟り刀の最初の一本目がこれなのよ」

「え? だってお前、コレ以外の刀は海に……」

「まあそうなんだけど。ほら、刀一本一本に込められた祟りは鎮められても、鬼の想い自体は無くなりはしないからね」

「ワケわかんね」

「鬼の亡骸を祀った時に、最初の一本は姫の護身祈願をかけて御神体としたのよ。――まあその後姫の夫となった人は祟り殺されてしまうけど」

「ならなんでそれだけ残してたんだ?」

「鬼の祟りは結局、荒魂としての側面でしかないからね。その象徴たる刀を処分しても、鬼の想い自体は無くならないの」

「意味ワカンネって」

「つまり刀という器を依り代にして、荒魂が神威を行った結果が祟りなんだけど……もう、めんどくさい。時間も惜しいからこれは特別って事で」


 甘菜は宣言通りめんどくさくなったのか、いつかのようにお座なりに説明を打ち切って、つかつかと陣太郎の前を歩き始めた。

 彼女はそのままつんとした表情のまま、少し先にある非常用の外階段へ足を向ける。

 聞かされた説明が全く理解できなかった陣太郎は、少しその内容の理解に未練を残しつつも、慌ててその背を追い話を元に戻す事にした。


「……で、結局なんで笹山が“犬神憑き”だとわかるんだ?」

「あんたねぇ、ちゃんとその手紙読んだ? だからあんな簡単な現国のテストですら赤点取るのよ」

「うっせえ。て、なんでそんな事おまえしってんの?」

「最近あんたの悪口をよく、男の子から聞かされるの」

「なんでだよ。つーか、そいつ誰?」

「誰だっていいじゃない。ま、私とあんたの仲を勘違いしたんでしょうね。まったく、そういうの、見え透いちゃってイヤだわ」

「……俺と勘違いされるのが?」

「いや? 別に勘違いされるのはいいの。いい虫避けになるし。イヤなのは、そういう姑息な心根ね。男のくせに」


 鍵が開いていた鉄格子の扉を開けて、甘菜は外部階段を登りながらバカにしたようにそう呟く。

 巫女装束が彼女の体のあちこちにこすれて、やけにしゅるしゅると衣擦れの音を立てている。

 陣太郎は『別に勘違いをされるのはいい』という台詞に、すこしだけ胸を高鳴らせながら大人しく彼女の後を追って階段を上っていた。

 以前もそうだったように、なんだかんだと言っても彼女には頭が上がらない陣太郎であったのだ。


「まー、俺の恥ずかしい事をバラして気を引こうなんて考える奴には、そういうのわからんだろうな」

「ホント、そう。大体、臼木くんの恥ずかしい秘密なんて、テストの赤点位じゃねえ?」

「……何が言いたい?」

「知ってるよ? 押し入れの奥にスケベ漫画隠してるの。義妹ものとか、エルフものとか。レベル高くて引いちゃった」

「何故知ってる!」

「この前社務所の留守番をおばさんにお願いしたときに、見せてくれたのよ」

「かあちゃん! やめてくれよ!!」


 階段の踊り場で、頭を抱え地に吐くように陣太郎は母を呪う。

 甘菜はそんな彼を少し上から見下ろして、ニタリと意地悪く笑い、他にも彼が隠していたはずの成人向漫画のタイトルを口にした。

 勿論、その中身の解説と感想付きで。

 臼木くん、後背位ものが好きなのね、だとか全部年下ものだけど、おばさん心配してたわよ? ロリコンじゃないかって、なども付け加えて。

 陣太郎は激しく悶えて、終いには只ひたすらに甘菜に謝り始めてしまう。


「別に謝らなくても……健全な男の子ならみんなそうでしょ」

「同級生の女子にそればれたら恥ずかしいにきまってんだろ!」

「そう? 私は『幼なじみもの』が無かったから、一安心なんだけどね」

「うるせえ! そこまで言うなら今度買ってやる!」

「ちょ、やめてよ! ……て、こんな事言い合ってる場合じゃないか」

「……だな。なぁ、だから結局なんで笹山が“犬神憑き”だとわかるんだ?」

「さっき見せた手紙に『おまじないをしてやったから、もうお前の思い通りにはならない』って下りがあったでしょ?」

「ああ、そういえば。内容もやけに詳しく書かれていたな。はは、やり方書いて脅迫したって、相手が真似すりゃ意味ねえっつうの」

「それね。犬蠱っていう、蠱毒の作り方の一種よ」

「へ?」


 静寂。

 かわらず、先に階段を上る甘菜からしゅるしゅると衣擦れの音だけが陣太郎の耳に届く。

 甘菜のその沈黙は、先程までのおどけた空気がじんわりと冷えた、緊張したものへと変わっていく錯覚を覚えた。

 そんな陣太郎の事など気にも留めてないように、甘菜は少し低い声で話を続けた。


「ついでに、犬神ってのは古来オオカミよりも、大ネズミやイタチの事の方を指す事が多くて」

「……つまり?」

「ほら、前に校舎の屋上でイタチだか、狸だかの死体があった事あったじゃない。始業式の日」

「ああ、あったな」

「あれ、今して思うに多分笹山さんね。屋上に私を呼び出すにしても、立て続けすぎるもの」

「ふうん。でも、そうとしてだな。単なる精神病とかだったらどうすんの?」

「その時は警察に通報しておしまい。臼木くんに一緒にきてもらったのも、その場合込みでの判断なんだし」

「あ、なるほど」


 再び、静寂。

 そこか先の台詞はまだ続く雰囲気ではあったが、なぜか天之麻甘菜はそこで口をつぐむ。

 理由は、なんとなくであったが陣太郎にも分かった。

 先程、甘菜は「私はもう慣れちゃった」と口にしたのだ。

 つまりそれは彼女が祟り抜きであるならば、こんな呼び出しは何ともない、手慣れた事案である事を意味する。

 そうでなければ、陣太郎に同行を求めてくる意味などありはしない。

 この前の夜もそうであったように、恐らくは。

 考えて、陣太郎は階段の踊り場で立ち止まり、肩から竹刀ケースを降ろして中から一振りの刀を取りだした。

 甘菜はそんな陣太郎の行動に気がつき、2~3段階段を上がった位置から振り返り彼を見つめる。

 その表情は先程の意地悪な、しかし年頃の女の子らしいものは消え失せて、真剣そのものであった。

 陣太郎は竹刀ケースを踊り場の隅に立てかけ、左目にした白い眼帯を外して口を開く。


「そんなに、まずいのか?」

「彼女、まずいわよ。祟りをそこら中に巻き散らかして、その内周囲の人間を無差別に巻き込んで破滅するわ」

「マジか」

「聞いた事ない? 動物霊は物騒だって話。犬神憑きってのは、昔から強力な呪詛で願いを叶える人の事でね」

「……なぁ。もしかして、俺を連れてきたのは……」

「あ、結構鋭いじゃん。そうよ、あんたの鬼目一“蜈蚣”にその犬神の荒魂を食べて貰うの」


 やっぱり。

 薄々感じ取っては居たのだが、またあの気味の悪い思いをするのかと思うと、陣太郎は暗澹とした気持ちになってしまった。


「天之麻さん? 俺、おっかないのはちょっと……。実はオバケは嫌いだし」

「私だって、キライよ」

「うそつけ! 大体、お前のその刀に喰わせればいいじゃねえか!」

「これは無理。もう“和魂”になっちゃてるもの。せいぜい、私に害成す人や荒魂の神威を追い払うのが関の山」

「それで十分じゃねえの?」

「それだけなら十分だけど……荒魂として放たれた笹山さんの神威は、そのまま笹山さんとその周囲に祟るのよ?」

「自業自得だろ」

「臼木くん、ひっどー。わかってて自分だけ助かるのって気分悪いじゃない」


 意表を突かれる、とはこのことであろう。

 甘菜の突然あげた、女友達とするような、親しい男友達と交わすような、そんな明るい調子の声に陣太郎は思わず言葉を呑み込む。

 女子とは特に接点もなく、免疫も強いとは言えない陣太郎にとってそれは。

 目の前の、巫女装束に身を包んだ綺麗な幼なじみのその言葉は、彼の心を揺さぶるに十二分の効果を上げた。

 そんな、ドギマギとする陣太郎に甘菜は薄く笑って、小さな声で呟く。

 懐かしい響きのそれは陣太郎にとって抗いがたい、祟りのような言葉で。


「頼りにしてるよ? 陣ちゃん」





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