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憎悪の炎(2)

「たぶん震度六くらいかな?もう少し強い?」ナツメが体感した地震規模はそのくらいだった。

 彼女がそれに遭遇したのは山中の温泉であり、震源地にも比較的近かった。しかし崩れるべき遮蔽物も何もないし、そもそも人里離れていて岩盤も頑丈、大きな被害はなかった。あえて言えば、お遊びで作った石の青狸人形が倒れてしまいオマケの耳がとれてしまったのが唯一の被害だったが、後でそれを見に来た当人いわく「やっぱり耳ない方がいいかな?」で終わり。記憶がはっきりしないといってもそこは元日本人。目立った被害さえなきゃ平然とスルーするあたり、精神面の耐震強度はおそらくこの世界でもトップクラスだろう。

 だが、

「おお揺れる揺れる……!?」

 その瞬間、脳天気に地震を楽しんでいたナツメは唐突に眉を寄せた。

「どうしたのですかナツメ?」

「わからない。でも!」

「ナツメ?」

 いきなり猛烈な風が起きて……次の瞬間にはもう、ナツメは空に駆け上がっていた。

「ごめんちょっと行ってくる!」

 そんな声だけを残して。

「ナツメ?」

「追うぞ水の」

「ええ」

 残されたふたりの上位精霊も一瞬だけ顔を見合わせた後、ゆらりとその姿が揺らいだ。

 どうやら、彼らは彼らなりの方法で追いかけたようだった。

 

「え、えぇぇぇっ!」

「落ち着けプリシラ、地震だ!」

「じ、じしん?」

「そうだ落ち着け!魔法でもなんでもないから!」

「……」

 まだ不気味に揺れているが、プリシラの顔にはたちまち理性が戻ってきた。

「よし、どうやら落ち着いたな」

「すみませんゲオルグ様。し、しかしこの大地の揺れは」

「このへんじゃ地震はあまりないのか?あわてんな、ただの自然現象だから」

「……これがですか?」

 信じられないような顔で、ぐらぐら揺れ続ける世界を不気味そうに見ている。

 村の中心部の方では騎士団のテントが次々と潰れていた。地球の近代的なテントなら軽量素材などを武器に地震に耐えうるテントもあるのだが、あいにく騎士団のテントはそんな軽いものではない。このような揺れにあっては重すぎるテント地や脆い張り綱が命取りだ。一分たたないうちに全てのテントが崩壊し、かがり火などから一部から火の手まであがりだした。

 慌てた騎士たちが出てくる。警戒を緩めてなかったのか、ほとんどが武装したままだ。しかし歩き回れる状態ではないらしく、手近なものにつかまって揺れが止まるのを待っている状態だった。

 ふたりがいたのは、民家と民家の間のいわゆる路地裏。地震の対応で居るべき場所ではないのだが、ゲオルグはなかば直感的にここを動くべきではないと考え、とどまっていた。理由は簡単で、左右の古い建築物が非常に堅固に見えたからだ。少なくとも下手に動きまわるよりは安全に思えた。

 まぁもっともそれ以前に、揺れているのをいい事にプリシラの柔らかさを堪能していたわけだが、まぁそれはそれ。

「終わりだな」

 揺れが急速に収まっていき、やがて静かになった。

「止まりましたね」

「ああ。あのサイズなら余震っていって小さいのがまだくるかもだが、まぁ問題ないだろ」

「そうですか。あの」

「ん?」

「起きてもらえますかゲオルグ様。あと足」

「ん?あっとすまん」

 どさくさまぎれにゲオルグがどんな体勢でプリシラを押さえつけていたか、その言い訳がここから続くところだった……のだが残念ながらその甘ったるい時間は延期となる。

 どこからともなくこんな声が聞こえた。「おい、魔族の家は無事だぞ」と。

『総員緊急体勢!火属性動け!各個撃破せよ!』

 そんな声が周囲に響き渡ったかと思うと、騎士たちが次々に立ち上がり村の建物に火を放ちはじめたのだ。

「な、何だ?待てよ何やってんだあいつら?」

 唐突に始まった騎士たちの凶行にゲオルグの目が点になった。

「あー……そういう事ですか」

 ゲオルグの背後で身づくろいをしながら小さな声でつぶやいたプリシラ。その一言をゲオルグは聞き逃さなかった。

「どういう事だプリシラ?何が起きてる?」

「!」

 しまったと舌打ちしたが、ゲオルグの顔を見て誤魔化しはきかないと思ったのだろう。ためいきをついた。

「いえ、だって先刻の今ですよ?あの人たちは今の地震を悪魔の攻撃だと思ったんですよ。つまり」

「……なんだって?」

 信じられないという顔でゲオルグは騎士たちを見た。

「ふざっけんな。止めるぞ……って離せプリシラ!」

「だめです」

 眉をよせたまま、プリシラはゲオルグから手を離さない。

「いくらゲオルグ様でも騎士団全員を相手にして勝てますか?」

「何いってんだバカ!ただの自然現象だって言ったろ!そんなもの」

「で、今彼らを一人ひとりどうやって説得するのです?この状況で?邪魔しただけで敵と思われて殺されるんじゃないですか?」

「な」

 ゲオルグは一瞬、言葉を失った。

「馬鹿野郎、こんな殺戮ほっとけるか!ひとの命がかかってんだぞ!」

「ゲオルグ様の方が大切です」

「プリシラ、お」

 おまえふざけるな狂信者め!とゲオルグの言葉は続くはずだった。理解のあるような事を言いつつ結局は異教徒弾圧に手を貸すのか!二枚舌女!そんな罵声が飛び出すはずだった。

 だがゲオルグは気づいてしまった。プリシラの手が微かにに震えているのに。

「……」

 よく見ると顔色も悪い。体調がどうのではなく、目の前の光景を『殺戮』だと認識しているためなのだろう。少なくともゲオルグはそう思った。

 人間は、相手が対等な人間でないと認識する時に最大限の残虐性を発揮する。だが逆にいうと、今まで平気で見ていた事でも相手が対等な存在と認識した途端、その行為に耐えられなくなるものだ。プリシラの場合はおそらく、今まで化物と信じていたここの先住民が実は同じ人間だと認識してしまったため、今まで平気だった光景がきつく見えてしまっているのだろう。

 つまり、プリシラが震えているのはゲオルグのせいでもある。

 ゲオルグの中で燃え上がろうとしていた怒りと憤りが、急速に鎮火していく。

「……すまん」

 ゲオルグはたまらず、震えるプリシラの肩をせめて抱きとめてやろうとした。

 だけどその時、

「た、たすけ……!」

 視界の向こうにある家。もうもうと煙を吐き始めていた家からひとりの女の子が飛び出してきた。

 暗いのでよくわからなかったが、それでもゲオルグはすぐに気づいた。プリシラも続いて気づいた。

「こっちだ!」

「!」

 女の子がゲオルグたちに気づいた。いそいで駆け出そうとして、

「!?」

 だがその瞬間、ファイヤーボールが女の子の背中にまともに命中した。

 大人が食らってもただではすまない魔法炎(ソーサリアンフレーム)である。その火は簡単には消えず、普通の炎よりもはるかにしぶとい。特に生き物に命中した場合、その生き物の魔力や生命力まで燃料にして執拗に燃え上がるからだ。

 たちまち、小さな女の子は凄まじい悲鳴と共に転げまわる一本の松明と化した。

「ぎ、ギィャアアアアアアアアアァアァaAaーーーーーっ!」

「!!」

「ダメです行っちゃダメ!」

 声にならない絶叫をあげて駆け寄ろうとしたゲオルグ。慌ててゲオルグにすがりつくプリシラ。

 

 

 その瞬間、ゲオルグは夢の中にいた。

 

 

 家の中の全てが燃えていた。凄まじいまでの炎と煙の中、ゲオルグも動けない。まもなく火に追いつかれようとしていた。

 それは、いつもの夢。

 だがいつもと違うのは、その夢に音とリアリティが伴っている事だった。

「おにいちゃん、助けておにいちゃん!」

 目の前の女の子が叫んでいる。ゲオルグを兄と呼び、必死に助けを求めている。

 その女の子と、目の前の転げまわる女の子が重なった。

 一瞬だけこっちを向いた、もう灼けて光をとらえていない女の子の目と、夢の中の女の子の目が重なった。

 

 

 刹那、ゲオルグの中で何かが反転した。

 

 

「!」

 村人を殺して回っていた騎士たちはその瞬間、突然に盛り上がった強烈な気配に動きを止めた。

 怖気(おぞけ)がするほどの魔力の奔流だった。経験のある者なら、この場にいる中で最高の魔力をもつ存在、すなわちゲオルグに何かが起きたと気づけたかもしれない。だが彼らは優秀なれど未だその経験がなかったから、高レベルの魔獣か何かを想像したのだろう。とりあえず動きを止めて周囲をうかがった。

 その僅かな時間が彼らの生死を分けてしまった。

「!」

 ガシュ、と強烈な破壊音がした。

 皆がその方を見ると、そこには鎧姿のまま縦に真っ二つになった騎士らしき残骸があった。ごぼごぼと大量の血を噴き出している。

「!」

 な、と誰かが声をあげようとした瞬間、その声がガキン、という金属音と共に途切れた。

 皆がその方を見ると、盾を持ったままその盾ごと倒れた人らしき残骸が倒れた。倒れた瞬間にゴボッと大量の血が吹き出し始める。

「ウワァァっ!」

 三度目の悲鳴で皆の目線が漸く追いついたそこには、

「!」

 人間ひとりを鎧ごと真っ二つに斬り捨てた瞬間の、凄まじい形相のゲオルグの顔があった。

「ゲオルグ殿!?」

「悪魔に取り憑かれたのか!?しかしこれは」

 悪魔、という言葉を聞いた瞬間、ゲオルグはピタリと動きを止めた。

「悪魔だと?」

 ゲオルグの纏う凄まじい気配が、さらに膨れ上がった。

「悪魔は貴様らだろうが!」

 その瞬間、背後から斬りかかろうとした騎士に切り返した。一撃で首と両手がふっとんだ。

「ばかな!たかが片手剣でそんな!」

「絶対、許さねえ!!」

 殺戮が、始まった。

 

 プリシラは絶句していた。

 目の前で焼き殺された女の子、それを見た途端にゲオルグの様子が急変したのを感じていた。一気に魔力を全開にしたかと思うと全身に凄まじいばかりの強化をかけ、止める間もなく飛び出してしまった。

 いや、止める事など無理だったろう。

 ゲオルグは界渡りだが攻撃魔法のようなものは全く使えない。彼はどういうわけか自身の能力強化に執拗なまでにこだわっていて、ありとあらゆる魔法の才能を残らず戦闘補助につぎ込んでいたからだ。だから界渡りといっても目立つことはほとんどなく、彼の能力を正しく知る者は非常に少なかった。

 プリシラは一度だけ、本気の攻撃力を見せてもらった事がある。

 彼はその時、ドラゴンの上位種か攻城兵器でもなきゃ破れないと言われた城壁を、ただの鉄剣で壊してしまったのだ。あの時の唖然とした気持ちは今も忘れられない。いくら魔法で強化したからって、ひとの手で攻城兵器の真似事ができるなんて。界渡りという言葉の意味を噛み締めた痛い思い出だった。

「……どうしよう」

 ふとプリシラは、自分が腰を抜かしているのに気づいた。

 たぶん、最初にゲオルグの魔力がもりあがった時だろう。触れ合っている状態だったからその瞬間、素肌を通して充てられてしまったに違いない。立てそうな気が全然しない。まぁ、漏らしてないだけまだマシではあるのだけど、こんな場所で動けないのは危険だ。

 いや、そんな事より。

 ゲオルグは完全に暴走してしまっている。界渡りの大きすぎる魔力は目立つわけで、もし王都や教団本部の方で探査魔法など使っている者がいたら、おそらく速攻でバレてしまうはずだ。さすがに誰の魔力かはわからないだろうけど、その後でゲオルグの行方がわからなくなれば、早いうちにこの村までたどり着き、ふたりは指名手配されてしまうだろう。

 何とか止めなくては。でも、どうやって?

 プリシラの使える魔法は祝福や癒し、毒消しといったものが多く、あまり戦闘そのものには向いていない。少なくともこんな村なんかで使えるものなんてない。

 どうしよう。どうやって彼を、

「彼を助けたい?」

「!」

 唐突に隣で声がして、プリシラの心臓がはねあがった。

 隣にはいつのまにかローブ姿の少女が立っていた。

 黒い髪に黒い目という非常に珍しい組み合わせにも驚いたが、おかしな髪と目の色の組み合わせは界渡りにはよくある事だ。それよりも少女の美しさが目をひいた。まるで天使たちが寄ってたかって飾り立てているかのようにその容姿には隙が全くなく、あまりにも美しすぎて人形めいてしまっているほどだった。ローブのデザインには少しだけ見覚えがあり、それは教団の図書室で見た『悪魔使い』つまりいわゆる精霊魔法使いについて描かれた絵巻にそっくりだった。

(精霊魔法使い?)

 違う可能性もあったが、プリシラは間違いないと確信していた。

 それにしても、なんと人間離れした娘だろうか?

 単に美しさだけでも非常識だが、まとっている魔力も尋常、いやむしろ奇怪ですらあった。人間離れなんて半端な代物ではなくて、むしろ魔物が人間の娘に化けているのではないかと思えるほどに濃厚だったからだ。ゲオルグのまとう魔力も確かに強かったがそういうレベルではない。彼の魔力は強くてもあくまで人間のそれなのだから。

「ねえ、これ見える?」

「え?」

 ふと見ると少女がプリシラに向かって手のひらを差し出している。その先に何か乗っているというのか?

 それを覗き込もうとしたプリシラだったが、

「え?な、何これ?」

 最初は何も見えなかったはずである。

 なのにプリシラが一度目をまたたいた瞬間、そこには小さな人魚のような女の子がいた。半透明のそれは少女の手のひらの上に寝そべっており、プリシラに「やっほー」と言わんばかりに手を振っている。

「え?え?え?」

「あー見えるんだ。おっけおっけ、じゃあちょっと手貸して?」

「え?あのすみません、さっぱりワケが」

「いいから手伝う!ったくリア充の手助けなんてコンチクショー」

「は?何か?」

「なんでもないです!ちょっと本音が漏れただけ!」

「はぁ」

「ほら手つないで!わたしが中継するから彼に呼びかけるの!」

「え?呼びかける?え?」

「説明はあと!ってヤバ!」

 少女の声にその方を見ると、その向こうには血まみれのゲオルグがいた。

「うわぁ完全に暴走してるし!わたしの盾で間に合うかなぁ。こわっ!ってほら手つないで!彼に呼びかけるよ!」

「あ、はい」

 さっぱり事情がつかめなかったが、少女が助けてくれようとしている事だけはわかった。だから素直に手をつないだ。

「つないだね!じゃあ水をイメージ……っていきなりできるわけないか、みんな、この子助けてあげて!」

 精霊とやらに呼びかけているのだろうか?そう思ったプリシラだが次の瞬間にギョッとした。さっきの人魚みたいな女の子たちが唐突にプリシラのまわりに現れ、わらわらとしがみついてきたからだ。

「え?え?……あ」

 次の瞬間、プリシラのまわりに水のイメージがいっぱいに広がった。

 やさしい水。どこか懐かしい水。そして底深く、遥かな沈黙のしじまにまで満ちた水。

 ちゃぽーん、と、プリシラの中のどこかで水が跳ねた気がした。

 続いてプリシラは、少女とつないでいる手を見た。つないだ手を通して何か不思議な力が流れていて、その先はプリシラの内部にまで届いている。末端まではよく見えないが、それはまるでプリシラの心につながっているかのようだった。

「……ああ」

 理解できた。何をすればいいか、どうすればいいか。

 顔をあげると少女が微笑んでいた。「それでいいの」と言わんばかりに。

「さ、いくよ」

「はい!よろしくお願いします!」

 その言葉に反応するかのように、ゲオルグの顔がふたりの方を向いた。

「!」

 少女の前に美しい盾が次々と現れた。

 薄い盾を何層も重ねているようだった。半透明のものと金属のようなものの二種類があり、おそらく半透明の方は氷と思われた。それは花が開くように少女の前に防壁を展開し、そして輝いた。

 だがその瞬間、ガキン!と強烈な激突音がやってきた。

「!?」

 破壊されていく。

 層を重ねたのはどうやら力を逃がすためのようだった。だがゲオルグのとんでもない豪剣を防ぎきる事はできないのだろう。物凄い速さで次々に破壊されていく。

 いけない、このままでは間に合わない。

 プリシラは少女の後ろで眉を寄せ、

「お願い……届いて!」

 全力で、自分の意思を載せた水の精霊力(・・・・・)を放った。

 その瞬間、最後の盾が凄まじい衝撃を伴って割られた。

「ギッッッッッ!!」

 ぎゃあ、ともギエ、ともつかない苦悶の悲鳴があがるのと、プリシラが物凄い衝撃で吹き飛ばされるのとがほぼ同時だった。


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