怪話篇 第十八話 最終兵器
1
「大臣!やっと例のものが完成した模様です」
「そうか、出来たか! で、使えそうなのか?」
「あの男の造ったものですから、まず間違いないものと。近いうちに、富士で試験を行おうと考えておりますが、私にも詳しい事は知らされておりませんもので」
「そうか。まあ良い。日程が決まったら、知らせてくれ。出来れば、事前にコンピュータでシミュレーションをしておいた方が良いな」
「はっ、判りました。すぐにかからせます」
「結果は、私のメールボックスにGコードでアップしておいてくれ」
「判りました。それから……ん? 何だ? ……何ぃ、あの男が! そうか判った、すぐに行く。いや、SCを使え。急がせろ。絶対に逃がすんじゃないぞ、絶対にだ。判ったな!」
「どうした? あの男が逃げたのか?」
「はっ。誠に……何と申し上げたらいいのか、私の不手際で……」
「三日だ」
「は?」
「聞こえなかったのか、三日で連れ戻すんだ。それが出来なければ、判っているな」
「わ……かりま……」
「判ったら、すぐに行け!」
2
「こちら『鬼太郎』その三。『目玉親父』応答せよ」
《こちら『目玉親父』。どうしたその三》
「目標を見付けた。現在尾行中だ」
《そうか、よくやった。すぐに増援をやる。その三はそのまま尾行を続けろ。だが、絶対に手を出すな》
「どうしてだ? 我々で捕獲しては駄目か?」
《駄目だ! 近くに『鬼太郎』その一と『ねずみ男』がいる。合流するまで行動は控えろ。いいな、命令だぞ!》
「了解。尾行を続けます」
《重ねて言うが、絶対に手を出すな。『目玉親父』以上》
「その三、了解」
「おい、教会へ入ってくぞ」
「好都合だ。今井と芳村とで裏をかためろ。黒部と滝は俺と来い。もう少しすれば、丁度礼拝の時間になるからな。残りは散開して出入り口を見張れ」
「今井、芳村両名は教会の裏をかためます」
「もし、俺達三人の目を逃れて奴が逃亡した場合は、これまで通り尾行を続けろ。決して自分達だけで捕らえようとするんじゃない。いいか、これは上からの命令だからな」
「了解」
「よし、散れ!」
3
《こちら『ねずみ男』、『目玉親父』応答せよ。こちら『ねずみ男』、どうぞ》
「こちら『目玉親父』」
《奴を発見した。現在尾行中》
「了解、そのまま尾行を続けろ。奴は、寺か教会へ行く筈だ。各班をそちらへ急行させるから、それまでは手を出すな」
《了解。『鬼太郎』その二とその三のメンバーはどうなった? 大丈夫なのか?》
「心配するな。彼等は『いったんもめん』のメンバーと共に既に治療を受けている」
《一体、何が起こったんだ。奴の開発した新兵器の所為なのか》
「それはまだ判らんが、九分九厘間違いないだろう。相手は素人だが、武器の正体が判らない以上、うかつに手を出すな。充分注意してかかれ」
《了解》
「チーフ、奴の動きから見て最も可能性があるのは、D13Eの教会だと考えられます」
「よし、各班を急行させよう。『目玉親父』より『ぬりかべ』へ、応答せよ」
《こちら『ぬりかべ』》
「直ちにポイントD13Eの教会へ急行せよ。奴がやって来しだい、退路を断て。但し、教会内へは入るな」
《『ぬりかべ』了解。直ちに急行します》
「こちら『目玉親父』。『鬼太郎』各班は、最寄りの教会もしくは寺院へ急行、A級待機せよ」
《その五了解》
《その七了解、直ちに急行します》
《その四了解》
「奴は為体の知れん武器を使う。各班充分注意してかかるように」
「チーフ、SC本部のドクターから連絡が入っています」
「よし回せ。ドクター、どうかしましたか」
〈おいおい何だ、この『砂かけ婆あ』というのは。おまえさんの趣味かい〉
「訊かないで下さい、頭が痛くなる。それより、どうしたんですか?」
〈どうもこうもないよ。いったい何をされたら、自衛隊特殊部隊の精鋭がこんなになるんだね。さっきも二人死んで、残りは……ん? またか、これで打ち止めだな〉
「ぜ、全員ですか。そんな、原因は何なんですか」
〈どうも、肉体の方ではなく精神の方に直接ダメージを受けたらしい。だが、どうもそれだけじゃなさそうなんだ。直接攻撃を受けた者だけじゃあなくって、救助しに行った者や治療に当たった連中までだからな。解剖してみないと何とも言えんが、代謝機能がメチャメチャになっとる。ひょっとすると、腸内細菌なんかも死滅してるかもな〉
「防御方法はないのですか」
〈あるよ。逃げ出すこった〉
「冗談は止めて下さい」
〈冗談なもんか。これ以上隊員を失いたくなかったら、もうあんな奴を追っ掛けるのは止めるこったな。ほっといても、そのうち腹が減りゃあ帰ってくるよ。じゃあな〉
「じゃ、じゃあなって、そんな、ドクター、ドクター」
「チーフ、奴が例の教会に入りました。『ぬりかべ』と『ねずみ男』が散開して待機しています」
「よし、各班を向かわせろ。我々も出動するぞ」
「了解」
4
「何ぃ、SCからの連絡が止断えただと!」
「はい。もう、一時間になります」
「どうしてもっと早くに知らせないんだ! もう二日目なんだぞ。三日以内に連れ戻さないと、私は……私は。あ~、もういい。残りのSCとSAを全員出動させろ! 何としても、博士を連れ戻すのだ。絶対に」
「たっだいまー」
「え? あっ、や、……ま、ま……」
「やあ、西藤君じゃないか。久し振りだねえ。今回は何の用なんだい」
「なっ、なっ……ま、……」
「あーあ、何か食べる物はないかなあ。少々お腹が空いてて」
「博士ー! 今までいったいどこに行ってたんですか。我々が、我々がどんなに捜し回って、……どんなに、……どんなに」
「ん~、そんなに大きな声を出すなよ。空きっ腹に響く」
「大きな声も出したくなります! 博士を捜す為に動員したSCが半数近く、三十数名も原因不明で死亡してるんですよ。一体、彼等に何をしたんですかぁ!」
「訂正しよう、六十三名全員死亡だよ」
「ぜっ……ぜっ……全員ですってぇ~~」
「いいじゃないか、そんな奴は不良品なんだよ。……ああ、有難う。やっぱり女の子はいいねぇ、気が効いてるよ。それに引き替え……」
「気が効かなくって悪かったですね。それより何をしてたんですか。勝手に出歩かないようにって口を酸っぱくしてたのに」
「はは、ちょっとテストをしに」
「テ、テ、テスト! テストって、あれのテストですか!」
「そうだよ。折角完成したんだ。すぐにも動かしてみたくなるのが、人情じゃないかい」
「しかし、戦略兵器のテストを町中でなんか。そんな事を勝手にやられては困ります!
第一、世間に知れたら一体どうしたらいいんですか」
「大丈夫だよ。知ってる奴なんか、一人もいなくなった。それより、流石に疲れた。私はもう寝るから、後の事は……」
「勝手な事を言わないで下さい。それに、完成した物はどうなったんです。このままじゃあ大臣に会わす顔が……」
「ないよ」
「は?」
「もうないよ。いいじゃないか、もう」
「よくありませんっ! 現物がないなら、設計図とデータだけでも構いませんから。とにかく何とかして下さい」
「そう云われてもねぇ。ごみばこ漁れば、メモくらいは出てくるだろうけど」
「困ります! それなら、もう一度作って下さい」
「やだよ、もう飽きた」
「あっ、あっ、飽きたって、……飽きたですって!」
「思った通りに動くってのも、結構面白くないものでねぇ。それより、眠い」
「それじゃあ約束が違うでしょう! 施設の自由使用を認めたのは、一体何の為だとお思いですか!」
「もう、我儘なんだから。この前、亜粒子砲を作ってやったじゃないか。通常出力の一万分の一で、島が消えて無くなったって喜んでくれただろうが」
「それは、そうですけど、その為に、原子炉が一個燃え尽きたんですよ。システムだって巨大だし、射程も短いし、こんなんじゃ使えないでしょうが」
「だって、防衛専用なんだから、それで充分だと思ったんだけどなあ。まあ、今日のところはこの辺で」
「まだ、話は終わってません!」
「判った、判ったよ。作ればいいんだろう、作れば。本当にもう」
「判ってくれましたか。よかった」
「はいはい、よかったですねぇ。それじゃあ、お休み」
「はい、お休みなさい、博士」
5
「おや、これは大臣。日曜日だというのに、どちらへ?」
「やあ、西藤君じゃないか。こう見えても、私は敬虔なクリスチャンなのだよ。ん、松戸博士も一緒か。君達こそ、一体どうしたんだね?」
「それが、そのう、……例の物なんですが」
「あれか。あれがどうしたんだ」
「なあに、工場がこの近くなんだ。自衛隊の研究室じゃあ、駄目なんでね」
「何! もう、量産に入ったのか。凄いじゃないか、西藤君」
「は、はあ」
「やあ、着いた。ここですよ、長官」
「こ、ここは、……ここは、私の通っている教会じゃないか! 冗談はよしてくれたまえ。それとも、教会に偽装してるのか」
「いんや、ここだよ。あれは、ここじゃないと作れないんだ。まあ、丁度礼拝の時間だから、西藤君も一緒にどうかね」
「~~~~~」
「博士が冗談を言うとは思えんが、まあいい。取敢えず、入ろう」
「そうそう。ねっ、西藤君」
6
「さあ、そろそろ例の物を見せてもらおうか。他の信者は、公安部の者に言って帰らせよう」
「そんな必要はないですよ。いやあ、長官、ここの信者は皆信仰心が厚くていいですねぇ。まさにもってこいです」
「無駄話はいい。この車は完全防音だから、まず、概要だけでも聞かせてもらおう。西藤君、教会の人達を」
「いやいや。そのままにしておいてもらいましょう。国家権力が信仰の自由を妨げちゃあいけないでしょう。さて、それではお待ち兼ねの新兵器についてお話しましょう」
「ふむ、では始めてもらおう」
「では。今回開発しました新兵器、高生体エントロピー照射装置『アラウネの叫び』について説明します。エンタルピーとエントロピーの2つの熱力学量については、よく御存じだと思います」
「???」
「う、うむ」
「実は、この量と同じ概念が生命や精神についてもあてはまるのです。生命活動はエネルギーの消費と共に、エントロピーを蓄積し続けています。もし、この生命エントロピーが限界まで蓄積されたなら、もうそれ以上の生命活動が出来なくなってしまいます。その為、あらゆる生命は何らかの方法で、エントロピーを減らす努力をしているのです」
「???」
「お判りですね」
「ん、まあ」
「どんな、生命でも生命である限りはこの行為を行っているのです。『アラウネの叫び』は、この生命エントロピーというべきものを一度に大量に照射する事で、照射された生物の生命活動を止めて仕舞うものです。動物は勿論、草木から細菌に至るまで、総ての生物は死に絶えます。しかも、物理的破壊は一切なしにです」
「ほう。人間もか?」
「人間の場合も同様です。どんな生物でもです。コンピューターでも、高度であればある程度の効果が期待できます」
「なるほど。それは凄い」
「ただ、照射するエントロピーは物理的な量ではないので、通常の方法では生成保存が出来ません。その為、『アラウネの叫び』は生物自体が放出するエントロピーを吸収蓄積するようになっています。それも、最も効率良く多量のエントロピーを放出する生物からです」
「ふむ。で、それは何だね?」
「人間ですよ。特に人間の場合高度な精神活動を伴っているので、その蓄積放出エントロピーはかなり大きなものです。これを、放出する機構は非常に他と違った効果的な方法をとります。その際たるものとして、宗教があります。所謂、祈りとか懺悔とかいったものが、かなりの効果を及ぼしてますがね」
「ふむ。それで、教会に連れて来たのか」
「ここの信者達は、非常に敬虔ですから、充分な量のエントロピーを蓄積出来ました。それに、装置の吸収効果で、いつもよりも宗教的効用が大きくなってるでしょうね」
「ふむ、そう言えば、そうだな」
「おや、オーケーのアラームだ。蓄積量が設定値に達したらしいですね」
「では、回収させましょう。博士、それは何処にあるのですか?」
「いやいや、その必要はありません。もう既に、起動しましたから程無く効果が表れるでしょう。いやあ、凄いですよ。半径二キロの照射空間にいる生物は例外なく死滅する上に、そこに入り込んだ生物も例外なく高エントロピー状態になって死にます。まあ、照射量にも依りますが千年くらいは草一本生えんでしょうな。まあ、それ以前に腐りもしないんですけど」
「何! それでは、困る。核より始末が悪いじゃないか。止められんのか」
「博士、止め方を教えて下さい!」
「は、早く車を出せ! 急いでこの場を離れるんだ、早く!」
「どうしたらいいんですか博士! 博士……あ! そ、そんな!」
「西藤君、首を返してくれんか。これでも、見てくれは気にするように出来てるもんで」
「ロ、ロボッ……」
「いつの間に。おい、博士はどうしたんだ」
「眠てるよ。そう、急がんでも後二分くらいで照射が始まるから大丈夫だよ」
「なに! おい、今教会からどのくらい離れた」
「約千五百メートルです」
「一安心だな。おいこら、博士は何処にいる。答えろ!」
「そう揺すらんでくれよ。制御機構が暴走するだろうが」
「おまえなど、どうなろうが知ったこっちゃない! 博士はどうしたんだ」
「あが、……。ほら見ろ、おかしくなった。蓄積エントロピーが一気に飛び散って仕舞ったじゃないか。
eof.
初出:こむ 9号(1988年11月6日)