タイトル未定 ロボット
降り注ぐのは雨ではなく、油混じりの黒い黒煙であった。
「おいアム!ぼさっと突っ立ってないで、三号機の油圧パイプを閉めろ!」
現場監督の胴ダミ声が、工事現場の重低音に混じって響く。
その声は、泥で黒く染まった作業着の男、アムへ向けたものだった。
「す、すいません!」
とっさに出た謝罪は重低音にかき消され消えていく。
アムはすぐさま泥に膝をつき、巨大なスパナを油圧パイプのナットに噛ませた。
ここで働き始めて半年、こずかい稼ぎで始めたつもりが、今や立派な足枷となった。
(学費と生活費のためとはいえ、もっとマシなバイトにしとけばな……)
ヴィットルト歴4982年、戦争は終結した。しかしいまだにガルニア公国とディスカルゴ帝国はいがみ合いを続けている。この緩衝地帯に位置する開拓都市では、終戦など名ばかりだ。両国から流れてきた型落ちES(人工外骨格機器)が土木作業の重機として安価に買い叩かれ、アムのような貧乏学生が危険手当目当てで油に塗れている。
学校、バイト、寝るだけ、閉塞感に押しつぶされそうな退屈な日々。
そんな日々が今、終わりを告げた。
大気を押し潰すような圧迫感が、遅れて鼓膜を激しく揺らした。
次の瞬間、厚肉の壁が内側から爆破されたように弾け飛び、凄まじい風圧とともに金属片の雨が降り注ぐ。
「ひ、避難しろーっ! 襲撃だ!!」
現場監督の悲鳴を切り裂き、黒煙を突き抜けて金属の重厚な歩行音が響く。
現れたのは、国章を強引に削り取ったディスカルgo帝国の旧式戦闘用ES――残党の小隊だった。
手にした30mm機関砲が咆哮を上げ、地表を容赦なく削り取っていく。削られたコンクリートの破片がアムの頬を鋭く掠め、熱い血が泥と混じり合って垂れ落ちた。
逃げ惑う作業員たちとともに、アムも泥の中に伏せ、狂ったように跳ねる胸を押さえる。
本来なら恐怖で身体が固まり、息を殺すだけの瞬間だった。
……しかし、視界の端で火を噴く敵機の関節運動を前に、アムの脳裏を駆け巡ったのは見覚えのない「戦術計算」だった。
(右膝のアクチュエータの油圧が抜けている……次の旋回、右に二秒遅れる)
な……んだ?
戸惑いよりも早く、身体が勝手に動き出す。
低く屈みながら乱射の射線を滑り抜け、向かったのは資材置き場の奥に打ち捨てられていた土木作業用ES《戊護一型》。その脚元に転がっていたのは、照準器すらついていない岩盤破砕用の「75mm単発無反動砲」だった。
アムは狭いコックピットへ飛び乗り、ハッチを力任せに叩き閉める。
物理スイッチを順に叩き込み、タービンエンジンを強制始動。金属の軋みとともに機体が激しく振動する。
軍用の自動照準(FCS)など存在しない。アムは無意識のうちに補正機能をすべて手動へ切り替え、両手の操縦桿だけで機体の自重バランスと油圧のブレを完全に抑え込んだ。
敵の《ベオウルフ》が、作業用ESへ砲口を向ける。距離、三百。
(そこだ)
アムは息を止め、引き金を絞り込んだ。
放たれた75mmの鉄塊は、雨と黒煙を一直線に切り裂き、高機動で回避行動をとった敵機の「胸部装甲の隙間――メインカメラと油圧ラインが交差する数センチ」を正確に穿ち抜いた。
遅れて激しい爆風と炎が視界を埋め尽くす。
静まり返る戦場の中、ノイズの走るモニターの前で、アムは震える己の指先を見つめていた。
「俺は……ただの学生だろ……?」
その時、ハッチが外側から強引にこじ開けられた。
飛び込んできた冷気とともに、油と硝煙の匂いを纏った男がコックピットを覗き込んでいた。右目に大きな傷痕のある、擦り切れたミリタリージャケットを着た男――民間軍事会社の傭兵だろうか。
男は炎上する《ベオウルフ》の残骸と、アムが握る無反動砲を交互に見比べると、ニヤリと肉厚な唇を歪めた。
「FCSもねぇ作業機で、あの弱点を一発か。おい新入り、お前……その腕をどこで仕入れた?」
「え……?」
「質問を変えよう。命が惜しいか?」
男はそう言うと、アムの作業着の胸元を強引に掴み上げた。
「ここはもうじき、敵の増援で更地になる。生き残りたきゃ、その鉄屑ごと俺たちの部隊に来い。土木作業で死ぬか、鉄の匂いのする場所で稼ぐか……選べ」
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