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『婚約破棄された娘を処刑された辺境伯、死に戻ったので王家を滅ぼします』

作者: 山田 バルス
掲載日:2026/06/09

第一話 辺境伯バウムク、娘を救うために立ち上がる


 フランクフル辺境伯領。

 王国最北端に位置するその地は、かつては痩せた土地と魔物の脅威に苦しむ辺境だった。

 しかし今では違う。

 広大な農地には黄金色の麦が揺れ、整備された街道には商人たちの馬車が絶えず行き交う。

 その発展を成し遂げた男こそ、赤髪の辺境伯バウムク=フランクフル、四十二歳だった。

 彼は転生者である。

 前世の知識を活用し、水車や灌漑設備を整え、新しい農法を導入し、領地を豊かにした。

 領民たちは彼を慕い、「辺境の名君」と呼んでいた。

 そんな平和な日々が、ある日突然終わる。


「王都より使者が参りました!」


 執務室へ飛び込んできた兵士の報告に、バウムクは顔を上げた。


「王都から?」


 嫌な予感がした。

 数日前から胸騒ぎが続いていたのだ。

 そして、その予感は最悪の形で的中する。

 王都から来た使者は、冷たい表情のまま告げた。


「辺境伯バウムク=フランクフル殿。あなたの娘グーミン=フランクフルについて報告があります」


 十八歳の娘。

 王立学院へ通う自慢の娘だ。

 亡き妻に似た赤い髪を持ち、優しく真面目な子だった。


「グーミンがどうした?」

「王太子マジパン殿下が真実の愛に目覚められました」

「……は?」


 意味が分からなかった。

 使者は続ける。


「グーミン嬢との婚約は破棄されました」


 室内が静まり返る。

 隣にいた侍従アーモンドが思わず声を上げた。


「何かの間違いでしょう! グーミン様は模範的なご令嬢です!」

「黙れ」


 使者は冷たく言い放つ。


「さらにフランクフル辺境伯には不正の疑いがあります」

「不正だと?」

「王都へ同行していただきます」

「証拠は?」

「王命です」


 アーモンドが怒鳴る。


「そんな横暴が許されるものか!」


 だが使者は鼻で笑った。


「抵抗するなら反逆罪として処理します」


 兵士たちが一斉に剣へ手をかける。

 空気が張り詰めた。

 しかしバウムクは静かに立ち上がった。


「よせ、アーモンド」

「ですが!」

「私は無実だ」


 そう。

 何もやましいことはない。

 王都へ行けば誤解も解けるだろう。

 そう信じていた。

 この時までは。



 王都へ向かう途中。

 突然、護送兵が武器を向けた。


「辺境伯バウムク。拘束する」

「何?」


 手足に枷がはめられる。


「待て! 私はまだ罪人ではない!」

「命令だ」


 そのまま馬車へ押し込まれた。

 嫌な予感がどんどん膨らんでいく。

 何かがおかしい。

 これは調査などではない。

 最初から仕組まれている。

 そう気付いた時には、すでに遅かった。



 王都。

 到着したバウムクが連れて行かれたのは謁見の間ではなかった。

 地下牢だった。

 重い鉄扉が開く。

 そこで彼は息を呑む。


「……グーミン?」


 娘がいた。

 痩せ細り、傷だらけになった娘が。


「お父様……」


 震える声。

 泣きそうな笑顔。

 それを見た瞬間、胸が締め付けられた。


「誰がこんなことを!」


 鉄格子を掴む。

 だが兵士たちは笑うだけだった。


「辺境伯。娘を助けたければ協力してもらう」

「何だと?」


 一枚の書類が差し出された。

 目を通した瞬間、血の気が引く。

 領地譲渡契約書。

 フランクフル辺境伯領を第二王子シュトレン=プロイセへ譲渡する内容だった。


「ふざけるな!」


 バウムクは怒鳴った。


「私が二十年かけて作り上げた領地だぞ!」


 荒野だった土地。

 魔物だらけだった辺境。

 飢えに苦しんでいた人々。

 すべてを立て直した。

 領民たちと共に作り上げた故郷だった。


「こんなもの認められるか!」


 だが役人は冷笑した。


「サインしなければ娘を処刑する」

「っ!」


 グーミンが震える。


「お父様……」


 幼い頃の記憶が蘇る。

 初めて歩いた日。

 初めて剣を振った日。

 母を亡くした夜に泣きながら抱きついてきた日。

 大切な娘。

 世界で一番大切な存在。


「……卑怯者め」


 震える手でペンを握る。

 涙が滲んだ。


「どうして……どうしてこんなことを……」


 答える者はいない。

 ただ冷たい笑みだけがあった。

 そして。

 バウムクは署名した。

 娘を救うために。



 しかし。

 翌朝。

 グーミンは処刑された。

 広場で。

 民衆の前で。

 罪人として。


「約束が違うだろおおおおおお!」


 絶叫しても誰も聞かない。

 笑う貴族たち。

 満足そうな第二王子。

 そして。

 次に処刑台へ上がったのはバウムクだった。


「私は無実だ……!」


 誰も聞かない。

 刃が振り下ろされる。

 最後に見えたのは。

 亡き妻に似た娘の笑顔だった。



 ――気付くと、白い空間にいた。


「ここは……?」


 目の前には美しい女神が立っていた。


「思い出しましたか?」


 その声を聞いた瞬間。

 忘れていた記憶が蘇る。

 前世で死んだ時。

 この女神と交わした約束。


「そうか……」


 震える声が漏れる。


「私は……」

「あなたには特別な力を授けました」


 女神は微笑んだ。


「セーブポイントへ戻る力を」


 次の瞬間。

 世界が光に包まれる。



「辺境伯様! 王都より使者が参りました!」


 聞き覚えのある声。

 執務室。

 窓から差し込む朝日。

 見慣れた机。

 そして飛び込んできた兵士。

 バウムクは立ち上がった。

 全てを理解した。

 戻ったのだ。

 あの日へ。

 娘を失う前の日へ。

 拳を強く握る。

 もう二度と失わない。

 グーミンを救う。

 領地を守る。

 愛する家族を守る。

 たとえ王家が相手でも。

 たとえ国そのものを敵に回しても。


「待っていろ、グーミン」


 赤髪の辺境伯は静かに笑った。

 今度は違う。

 今度こそ。

 娘を救い出してみせる。

 こうして、父親の戦いが始まった。



第二話 死に戻った辺境伯、娘を救うために動き出す


「辺境伯様! 王都より使者が参りました!」


  兵士の声が執務室へ響く。

 前回と全く同じ光景。

 同じ朝。

 同じ机。

 同じ声。

  だが、一つだけ違う。

 バウムク=フランクフルは、この先に何が待っているのかを知っていた。

 娘の処刑。

  領地の没収。

 そして自分自身の死。


「辺境伯様?」


  兵士が不思議そうに首を傾げる。

 バウムクは深く息を吐いた。 そして静かに言った。


「使者を通せ」


  兵士が退出する。

  扉が閉まった瞬間、執務室にいた老執事アーモンドが顔を寄せてきた。


「閣下、顔色が優れません」

「……アーモンド」

「はい」

「今から話すことを信じられるか?」


  アーモンドは真顔になった。

  長年仕えてきた男だ。

 主君の様子がおかしいことを察している。

 

「閣下のお言葉なら」


 バウムクは短く説明した。

 未来の記憶。

 娘の処刑。

 領地没収。

 自分の死。

 普通なら狂人扱いされる話だった。

 だがアーモンドは黙って聞いていた。

  やがて深く頭を下げる。


「つまり敵は王都にいるのですね」

「信じるのか?」

「閣下が領地の未来を何度も言い当てたことを私は知っています」


 アーモンドは即答した。


「ならば信じます」


 バウムクは少しだけ笑った。

 頼れる家臣だ。


「まずグーミンを救う」

「はい」

「そして敵を調べる」

「はい」

「王家が敵なら」


 そこで言葉を切る。

 アーモンドも続きを待った。


「戦う」


  静かな声だった。

  だがそこに迷いはない。

 アーモンドの目が見開かれる。


「国を相手に?」

「娘を殺された」


 バウムクは低く答えた。


「それ以上の理由が必要か」


 アーモンドは黙った。

 そして力強く頷く。


「お供いたします」


 その時だった。

 扉が開く。

 王都からの使者が入室してくる。

 前回と同じ男。

 冷たい目。

 傲慢な態度。

 バウムクの拳がわずかに震えた。

  この男も知っていたはずだ。

  グーミンが冤罪であることを。

 それでも見捨てた。


「辺境伯バウムク=フランクフル殿」


  使者が口を開く。


「あなたの娘グーミン=フランクフルについて報告があります」


 前回と同じ台詞。 だが今回は違う。


「王太子マジパン殿下が真実の愛に目覚められました」

「そうか」 


 使者が一瞬だけ眉をひそめた。

 反応が違うからだ。


「婚約は破棄されました」

「それで?」

「……は?」


  今度は使者が間抜けな声を出した。

 バウムクは椅子にもたれた。


「婚約破棄だろう」

「ええ」

「なら終わりだ」

「終わり?」

「娘が不幸にならずに済んだ」


 使者の顔が引きつる。

 予想外だったのだろう。

 前回は怒り、動揺した。

 だが今のバウムクにはそんな感情はない。

 むしろ好都合だった。

 あんな王太子と結婚する必要などない。


「そ、それでは困ります」


  使者が思わず口を滑らせた。

 バウムクは聞き逃さない。


「困る?」

「い、いえ」

「何が困るんだ?」


 使者の額に汗が浮かぶ。

 追い詰められたのは向こうだった。

  バウムクは確信する。

 やはり目的は婚約破棄ではない。

 最初から領地だったのだ。

 豊かになった辺境伯領。

 その利権。

 それを奪うために娘が利用された。

 怒りが胸の奥で燃え上がる。

 だが今は抑える。 まだ早い。

 敵の全容が見えていない。


「報告は以上か?」

「……辺境伯には不正の疑いがあります」


  来た。

 前回と同じ流れだ。


「証拠は?」

「王命です」

「なるほど」


  バウムクは立ち上がった。

  使者は勝利を確信した顔になる。

 だが次の言葉で固まった。


「断る」


  執務室が静まり返った。


「なっ!?」

「私は無実だ」


 バウムクは冷静に続ける。


「証拠もなく王命だけで拘束される理由はない」

「反逆ですぞ!」


 使者が叫ぶ。

  だがバウムクは笑った。


「反逆?」


  その瞬間。

  窓の外から歓声が響いた。

  領民たちの声だ。

 辺境伯を慕う人々。

 彼らは知らない。

 王都がどれほど腐っているかを。


「使者殿」


 バウムクは真っ直ぐ相手を見る。


「私は領民を守る義務がある」


  そして宣言した。


「娘も領地も、誰にも奪わせん」


  使者の顔色が変わる。

 もはや脅しでは動かないと悟ったのだ。

  バウムクは窓の外を見る。

 青い空が広がっていた。

 前回は全てを失った。

 だが今度は違う。

 未来を知る自分がいる。

  信頼できる家臣がいる。

 そして何より。

 まだ娘は生きている。


「待っていろ、グーミン」


 必ず救い出す。

 そのためなら。

 王太子でも。

 第二王子でも。

 王家そのものでも敵に回してみせる。

 父親の反撃が、今始まろうとしていた。


第三話 辺境伯、王都の陰謀を知る


 王都からの使者を追い返した翌日。

 フランクフル辺境伯領の執務室には重苦しい空気が流れていた。

「閣下、本当に王命を拒否してしまってよろしかったのですか?」

 執事アーモンドが心配そうに尋ねる。

 バウムクは机の上に広げた地図を見つめていた。

「問題ない」

「ですが王都は必ず動きます」

「だからこそ先に動く」

 前回の人生では何も知らなかった。

 何も知らないまま王都へ連行され、娘を失った。

 だが今回は違う。

 敵が動く前に情報を集める。

 それが勝利への第一歩だった。

「アーモンド」

「はい」

「王都へ潜らせていた商人たちを呼び戻せ」

「まさか」

「情報戦だ」

 バウムクの赤い瞳が鋭く光る。

「敵の正体を暴く」



 三日後。

 王都から戻った商人たちが報告を始めた。

「辺境伯様。妙な噂があります」

「話せ」

「第二王子シュトレン殿下が、最近になって急に北方開発へ興味を示し始めました」

 バウムクの眉が動く。

「北方開発?」

「はい」

「他には?」

「王都では、フランクフル辺境伯領は近いうちに王家直轄地になるという噂も」

 アーモンドが目を見開いた。

「何だと!?」

 だがバウムクは驚かなかった。

 予想通りだったからだ。

 あの領地譲渡契約書。

 あれは突発的なものではない。

 ずっと前から計画されていた。

「続けろ」

「さらに、第二王子派の貴族たちが最近になって北方の土地を大量に買い集めています」

 執務室が静まり返る。

 全員が理解した。

 これは偶然ではない。

 明らかに計画的だ。

「なるほど」

 バウムクは小さく呟く。

「最初から私の領地が目的だったか」



 その日の夜。

 バウムクは一人で書庫へ向かった。

 重い扉を閉める。

 そして前世の記憶を掘り起こした。

「何か見落としている」

 王家ほどの存在が、一地方貴族の領地を欲しがる理由。

 そこに違和感があった。

 豊かな土地。

 発展した街。

 それだけではないはずだ。


「何かある」


 古い地図を取り出す。

 開拓前の辺境。

 さらに昔の地図。

 百年前の地図。  

そして。

「これは……」

 ある印に目が止まった。

 北部山脈。

 その奥。

 現在は立ち入り禁止区域になっている場所。

 そこに古代文字が記されていた。

『竜脈』

 バウムクは息を呑む。

「まさか」

 竜脈。

 世界を流れる膨大な魔力の流れ。

 もし本物なら国家を揺るがす価値がある。

 巨大な魔道具。

 軍事利用。

 鉱山開発。

 すべてが可能になる。


「だから領地を奪ったのか」


 点と点が繋がる。

 第二王子は辺境伯領を欲している。

 そのために娘を利用した。

 自分を陥れた。

 そして領地を奪った。

 怒りで拳が震えた。


◇  


翌朝。

 さらに驚く報告が届く。


「閣下!」


 若い騎士が飛び込んできた。


「大変です!」

「どうした」

「学院にいるグーミン様からの手紙です!」


 バウムクは立ち上がった。

 娘からの手紙。

 前回には存在しなかった出来事。

 急いで封を開く。

 そこには震える文字が並んでいた。


『お父様』

『最近、誰かに見張られている気がします』

『婚約破棄の後からです』

『学院の友人も何人か姿を消しました』

『怖いです』


 その先を読んだ瞬間。

 バウムクの顔色が変わった。


『先日、第二王子殿下の側近が私にこう言いました』

『もうすぐ全てが終わる』  

 アーモンドが青ざめる。


「これは……」

「間違いない」

 バウムクは立ち上がった。

 前回より早い。

 敵はすでに動き始めている。

 そして。

 グーミンはまだ生きている。

 救える。

 今ならまだ間に合う。


「騎士団を招集しろ」

「閣下?」

「娘を救いに行く」


 その声には迷いがなかった。

 前回は失った。

 だが今回は違う。

 娘も。

 領地も。

 全て守る。


「王都へ向かう」


 その瞬間だった。

 窓の外で黒い鳥が飛び立つ。

 誰も気付かなかった。

 辺境伯邸を監視していた密偵が、王都へ向けて飛ばした伝書鳥だったことに。

 そして王都では。

 第二王子シュトレンが不敵に笑っていた。


「辺境伯が動いたか」


 机の上にはグーミンの資料。

 そして。  

 地下牢の見取り図。


「計画を前倒しにしろ」


 冷たい声が響く。


「グーミンを確保する」


 その言葉と共に、王都の闇が動き始めた。

 一方その頃。

 バウムクはまだ知らない。

 娘を救うための戦いが、すでに敵の罠の中へ踏み込んでいることを。

 そして。

 次の死が、すぐそこまで迫っていることを。



第四話 辺境伯、王都へ潜入する


 フランクフル辺境伯領の城は、まだ夜明け前の静寂に包まれていた。

 薄暗い執務室で、バウムクは黒い外套を羽織る。

 いつもの豪奢な辺境伯の装いではない。

 一介の商人にしか見えない地味な服装だった。


「本当に閣下自ら行かれるのですか?」


 アーモンドが険しい顔で尋ねる。


「当然だ」


 バウムクは短く答えた。


「今回は時間がない」


 前回の人生では、グーミンはすでに地下牢へ入れられていた。

 つまり今も敵は動いている。

 のんびり情報収集をしている余裕はなかった。


「騎士団を率いて攻め込むのでは?」

「それでは敵に警戒される」


 第二王子シュトレンが黒幕ならば、王都には敵が多い。

 大軍を動かせばすぐに気付かれる。


「まずは娘の居場所を確認する」


 それが最優先だった。

 救出はその後でいい。


「アーモンド」


「はい」

「私が戻らなかった場合は領民を守れ」

「閣下……」

「命令だ」


 老執事はしばらく黙り込んだ。

 そして深く頭を下げる。


「必ずご無事で」

「ああ」


 バウムクは静かに頷いた。

 娘を救うまで死ねない。

 今度こそ。

 絶対に。



 数日後。

 王都。

 巨大な城壁に囲まれた王国最大の都市は、今日も大勢の人で賑わっていた。

 商人。

 冒険者。

 貴族。

 兵士。

 様々な人々が行き交う。

 その中に、一人の中年商人がいた。

 黒髪のかつら。

 付け髭。

 日に焼けた顔。

 誰が見ても辺境伯には見えない。

 もちろんバウムクだった。


「相変わらず人が多いな」


 前回の人生でも王都へ来た。

 だがその時は罪人としてだった。

 街を見る余裕などなかった。

 しかし今回は違う。

 自由に動ける。

 だからこそ分かることもある。


「……妙だな」


 歩きながら周囲を観察する。

 兵士が多い。

 異様なほどに。

 しかも学院周辺へ集中している。


「婚約破棄の余波か?」


 いや違う。

 それだけでは説明できない。

 まるで誰かを監視しているような配置だった。

 バウムクの嫌な予感が強くなる。



 昼過ぎ。

 バウムクは学院近くの喫茶店へ入った。

 商人たちが集まる店だ。

 情報収集には最適だった。


「聞いたか?」

「また消えたらしいぞ」

「誰が?」

「王太子の元婚約者の友人だよ」


 耳が反応する。

 グーミンの友人。

 手紙に書いてあった。


『友人が何人か姿を消しました』


 偶然ではない。

 間違いなく繋がっている。


「理由は?」

「知らん」

「だが学院じゃ噂になってる」

「余計なことを知ったんじゃないか?」


 バウムクの表情が険しくなった。

 やはり何かを隠している。

 しかもかなり大掛かりな何かだ。



 その夜。

 学院近くの裏路地。

 バウムクは黒い外套を翻しながら屋根の上を移動していた。

 辺境伯として鍛えた身体能力は伊達ではない。

 前世の知識だけでなく、この世界で四十年以上生き抜いた経験がある。

 気配を消しながら進む。

 そして見つけた。

 学院の裏門。

 そこから一台の馬車が出てきた。

 深夜にもかかわらず。

 しかも窓には厚い布。

 中が見えない。


「怪しいな」


 バウムクは追跡を開始した。

 馬車は王都の中心部を避けるように進む。

 貴族街を抜け。

 古い倉庫街へ。

 そして。

 王城の外れにある使われていない施設へ入った。


「地下牢か」


 バウムクの目が細くなる。

 前回。

 グーミンが閉じ込められていた場所によく似ていた。

 胸の鼓動が速くなる。

 もし。

 もし娘がここにいるなら。



 深夜。

 施設へ侵入する。

 警備兵はいる。

 だが予想より少ない。

 まるで誰かを油断させるような配置だった。

 嫌な予感がする。

 それでも進む。

 娘を助けるためだ。

 止まる理由はない。

 階段を下りる。

 一段。

 また一段。

 湿った空気。

 鉄の臭い。

 そして。

 地下牢の奥。

 小さな人影が見えた。


「……グーミン」


 思わず声が漏れる。

 赤い髪。

 細い肩。

 忘れるはずがない。

 愛娘だった。


「お父様……?」


 娘が顔を上げる。

 驚きに目を見開く。


「どうして……」

「迎えに来た」


 バウムクは鉄格子へ駆け寄った。

 生きていた。

 まだ間に合った。

 その瞬間。

 胸を満たしたのは安堵だった。

 しかし。

 その直後だった。

 パチパチパチ。

 拍手が響いた。


「素晴らしい」


 低い男の声。

 バウムクの全身が硬直する。

 聞き覚えがある。

 ゆっくりと振り返る。

 そこには金髪の青年が立っていた。

 豪華な衣装。

 冷たい笑み。

 そして無数の騎士。


「第二王子シュトレン……!」


 青年は楽しそうに笑った。


「ようこそ、辺境伯」


 その笑みは蛇のようだった。


「バウムク殿が来るのを待っていたよ」


 バウムクの瞳が見開かれる。

 罠だった。

 最初から。

 全て。

 娘を囮にした罠だったのだ。

 そしてシュトレンは笑みを深める。


「さて」


 その手がゆっくりと上がる。


「父親が娘のためにどこまでできるのか、見せてもらおうか」


 地下牢の空気が凍り付いた。

 最悪の対面が、こうして幕を開けたのだった。



第五話 父と娘の再会


 地下牢に、重苦しい沈黙が流れる。

 金髪の第二王子シュトレンは、楽しそうに微笑んでいた。


「ようこそ、辺境伯」


 その後ろには十数人の騎士。

 さらに奥には魔導士たちの姿も見える。

 完全な包囲だった。

 だがバウムクの視線はシュトレンには向いていなかった。

 鉄格子の向こう。

 傷だらけの少女。

 愛娘グーミンだけを見ていた。


「お父様……本当にお父様なのですか……?」


 震える声。

 大きな瞳から涙が溢れる。

 バウムクの胸が締め付けられた。

 前回の人生。

 広場の処刑台で見た娘の姿が脳裏をよぎる。

 助けられなかった。

 守れなかった。

 あの日の後悔は今も焼き付いている。

 だからこそ。


「迎えに来た」


 短い言葉だった。

 だが、その一言に全てを込めた。


「もう大丈夫だ」


 グーミンの頬を涙が伝う。


「お父様……」


 嗚咽が漏れた。

 それを見たシュトレンが小さく笑う。


「実に感動的だ」


 その声に、バウムクはようやく視線を向けた。

 怒りが腹の底から湧き上がる。

 目の前の男が娘を傷つけた。

 目の前の男が領地を狙った。

 目の前の男が全ての元凶だ。


「シュトレン」


 低い声が響く。


「貴様だけは許さん」


 第二王子は肩をすくめた。


「怖いな」


 まるで恐れていない。

 それどころか楽しんでいる。


「だが、辺境伯。君は一つ勘違いをしている」

「何だ」

「今ここで優位なのは私だ」


 指を鳴らす。

 その瞬間。

 騎士たちが一斉に剣を抜いた。

 魔導士たちも杖を構える。

 地下牢の空気が張り詰めた。


「君は一人」


 シュトレンが笑う。


「そして私は王族だ」

「だから何だ」

「だから勝てない」


 バウムクは静かに拳を握った。

 確かに数では負けている。

 だが。

 前世から数えれば四十年以上。

 魔物と戦い続けた辺境伯だ。

 王都のぬるい騎士たちとは経験が違う。


「試してみるか?」


 赤い魔力が身体から溢れ出した。

 騎士たちが息を呑む。

 シュトレンの笑みが少しだけ薄れた。


「なるほど」


 王子は頷いた。


「辺境の英雄と呼ばれるだけはある」


 しかし。

 すぐに笑みを取り戻す。


「だからこそ利用価値があった」

「利用価値だと?」

「そうだ」


 シュトレンは平然と言った。


「君の領地は素晴らしい」


 その瞳に欲望が宿る。


「豊かな農地」

「発展した街」

「莫大な税収」

「全てが欲しかった」


 怒りで空気が震える。


「だから娘を利用したのか」

「その通り」


 悪びれる様子もない。


「王太子も使いやすかった」


 シュトレンは鼻で笑った。


「真実の愛などと言えば簡単に踊る」


 グーミンが悔しそうに唇を噛む。

 婚約者だった男。

 信じていた王太子。

 だが全て利用されていた。


「貴様……」


 バウムクの殺気が膨れ上がる。

 騎士たちが後ずさった。

 しかしシュトレンだけは笑っている。


「怒るなよ」

「黙れ」

「まだ話は終わっていない」


 王子は楽しそうに続けた。


「実は君の領地には、もう一つ価値がある」


 その言葉にバウムクは眉をひそめた。

 やはり。

 領地の豊かさだけではない。

 何かがある。


「何の話だ」

「教えてやってもいい」


 シュトレンは歩き出す。

 そして地下牢の壁に手を置いた。


「古代竜脈」


 その一言で空気が変わった。

 バウムクの瞳が見開かれる。


「やはり知っていたか」

「当然だ」


 王子は笑う。


「国家を変えるほどの魔力資源だ」


 やはり。

 狙いはそれだった。

 領地そのものではない。

 竜脈。

 莫大な魔力を生み出す伝説の資源。

 それを独占するために。

 娘が犠牲にされた。


「許さん」


 バウムクの声が低く響く。


「絶対にだ」

「面白い」


 シュトレンが笑う。


「だが、どうする?」


 その瞬間だった。

 王子の側近が動いた。

 剣が抜かれる。

 鋭い刃が。

 グーミンの首筋へ当てられた。


「なっ――」


 バウムクの動きが止まる。


「お父様!」


 グーミンが叫ぶ。

 シュトレンは満足そうに笑った。


「これが現実だ」


 王子はゆっくりと告げる。


「英雄でも父親でも関係ない」


 冷たい瞳。

 蛇のような笑み。


「娘の命が惜しいなら跪け」


 地下牢に沈黙が落ちる。

 バウムクの拳から血が滴った。

 爪が掌に食い込んでいる。

 それでも動けない。

 娘の命がかかっているからだ。

 そしてシュトレンは確信していた。

 父親は娘を見捨てられない。

 だから勝てない。

 そう信じていた。

 だが。

 この時、誰も気付いていなかった。

 辺境伯バウムクの怒りが、限界を超えようとしていることに。

 そして。

 この地下牢で流れるはずだった運命が、大きく狂い始めていることに。



第六話 辺境伯、娘を守って散る


「娘の命が惜しいなら跪け」


 第二王子シュトレンの声が地下牢に響いた。

 グーミンの首筋には鋭い剣。

 一歩でも動けば命はない。

 バウムクは拳を握り締めた。

 爪が掌に食い込み、血が滴る。


「お父様!」

 グーミンが叫ぶ。


「駄目です! 私のことは――」

「黙れ」


 側近の剣がわずかに押し込まれた。

 白い首筋に赤い線が走る。


「グーミン!」

 

 思わず声が漏れる。

 シュトレンは満足そうに笑った。


「素晴らしい」


 まるで芝居でも見ているかのようだった。


「やはり親子愛というものは美しいな」

「貴様……!」


 怒りが込み上げる。

 だが動けない。

 動けば娘が死ぬ。

 それだけは許されない。


「辺境伯」


 シュトレンがゆっくり近づく。


「領地譲渡契約書に署名しろ」


 紙が差し出された。

 前回見たものと同じだった。

 フランクフル辺境伯領を王家へ譲渡する契約書。


「断る」


 即答だった。

 シュトレンが眉を上げる。


「娘が死ぬぞ?」

「貴様はどうせ約束を守らない」


 前回の人生で知っている。

 署名しても娘は処刑された。

 自分も殺された。


「なるほど」


 シュトレンは笑う。


「賢いな」


 その言葉で確信する。

 やはりそうだった。

 最初から助ける気などない。


「ならば仕方ない」


 王子が指を鳴らした。

 騎士たちが前へ出る。


「捕らえろ」


 その瞬間だった。

 バウムクの姿が消えた。

「なっ!?」  


 騎士たちの目が見開かれる。

 次の瞬間。

 轟音。

 最前列の騎士が吹き飛んだ。

 壁へ叩きつけられる。


「ぐああああっ!」


 さらに一人。

 また一人。

 辺境伯の拳が唸るたび、騎士たちが倒れていく。


「化け物か!」  


 誰かが叫んだ。

 その通りだった。

 バウムクは辺境で四十年以上戦い続けた男だ。

 魔物の大群。

 ドラゴン。

 盗賊団。  

 幾度となく死線を越えてきた。

 王都の騎士とは経験が違う。

「道を開けろ!」

 怒号と共に剣を振るう。

 騎士たちが吹き飛ぶ。

 あと少し。

 あと少しでグーミンに届く。


「お父様!」


 娘が涙を流す。

 その時だった。


「撃て」


 シュトレンが静かに命じた。

 魔導士たちが杖を掲げる。

 大量の魔法陣が浮かび上がった。


「まずい!」


 バウムクは反射的に動く。

 狙われたのは自分ではなかった。

 グーミンだった。

 娘を盾に使うつもりだ。

 辺境伯は迷わなかった。

 全力で飛ぶ。

 そして。

 娘を抱き寄せた。

 直後。

 閃光。

 凄まじい爆発。


「お父様ああああ!」


 グーミンの悲鳴が響く。

 バウムクの背中に魔法が直撃した。

 骨が砕ける音が聞こえる。

 肺が潰れる。

 血が溢れる。

 それでも立ち上がる。

 娘を守るために。


「まだだ……」


 ふらつく足。

 霞む視界。

 それでも剣を握る。

 騎士たちが後ずさった。


「ば、化け物……」


 誰かが震えた声で呟く。

 しかし。

 シュトレンだけは笑っていた。


「感心する」


 その目は冷たい。


「だが終わりだ」


 側近が短剣を投げた。

 黒い刃。

 毒だ。

 バウムクは咄嗟に身を捻る。

 しかし完全には避けられない。

 刃が脇腹へ突き刺さった。


「ぐっ……!」


 膝が崩れる。

 毒が全身へ広がる。

 力が抜けていく。


「お父様!」


 グーミンが抱きつく。

 涙が止まらない。


「嫌です! 死なないで!」


 バウムクは震える手で娘の頭を撫でた。

 柔らかな赤髪。

 亡き妻にそっくりだった。

「泣くな……」

「嫌です……!」

「大きくなったな……」


 娘の涙が頬に落ちる。

 温かかった。

 前回は守れなかった。

 だが今回は違う。

 少なくとも。

 最後に会えた。


「グーミン」

「はい……」

「一つだけ分かった」


 娘が顔を上げる。

 バウムクは薄く笑った。


「敵は……第二王子だけじゃない」


 そう。

 戦いの最中に見えた。

 王城の紋章。

 魔導士たちの装備。

 そして王家直属騎士団。

 王太子の婚約破棄も。

 領地没収も。

 全て。

 もっと大きな存在が動いている。


「王家そのものが敵だ……」


 シュトレンの笑みが消える。


「余計なことに気付いたな」


 王子が近づく。


「だが、もう遅い」


 剣が掲げられる。

 処刑の刃。

 前回と同じ光景。

 しかし今回は違った。

 娘が生きている。

 そして敵の正体も分かった。


「次は……」


 バウムクが呟く。


「絶対に負けん……」


 刃が振り下ろされた。


◇  


――気付くと白い空間だった。

 見覚えがある。

 女神が立っていた。


「よく頑張りましたね」


 優しい声。

 だがバウムクは拳を握る。


「まだ足りない」

「え?」

「今度は勝つ」


 女神が微笑む。


「そう言うと思いました」


 世界が光に包まれる。

 意識が遠ざかる。



「辺境伯様! 王都より使者が参りました!」


 聞き覚えのある声。

 執務室。

 朝日。

 見慣れた机。

 そして兵士。

 バウムクは静かに目を開いた。

 全て思い出している。

 二度の死。

 二度の敗北。

 だが。

 今は違う。

 敵の正体を知った。

 娘の居場所も知った。

 地下牢の構造も知った。

 そして。

 シュトレンの性格も知った。

 もう同じ失敗はしない。

 バウムクはゆっくり立ち上がる。

 その瞳には決意が宿っていた。


「待っていろ、グーミン」


 今度こそ救う。

 今度こそ守る。

 たとえ王家すべてを敵に回しても。

 辺境伯の三度目の戦いが始まった。

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― 新着の感想 ―
胸糞の天元突破ですな。 こんな基地外、波動砲でも、イデオンガンでも、サテライトキャノンでも、反陽子砲でも、七鍵守護神でも、死黒核爆烈地獄でも、纏めてぶつけて滅ぼしてやれ。
題名に王家を滅ぼしますってついてるのに全然王家滅んでなくて草
王家をケチョンケチョンにするまで書いてほしい 胸糞悪過ぎる
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