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母親失格  作者: 遠山優佳
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四章・1

 しかし結局、琴美の言う「優一を取り返すための裁判」は開かれることがなかった。


 そもそも特別養子縁組をした時点で琴美と優一の縁は完全に切れているため、今更母親としての権利を主張することは不可能だったし、そもそも琴美は働いていないからお金がない。となると親を頼るしかないのだが、その親が「優一は優介のもとにいたほうがいい」と判断し、裁判に必要な費用を出してくれなかった、というのが一番大きな理由になっている。


(なんて勝手な人なのかしら……)


 琴美の中で、どのような気まぐれが生じたのかはわからない。出産してから先日に至るまで、琴美は優一と顔を会わせたことがなかった。義実家には時々帰っているようなので、そこで義両親が優一の写真を見せたのかもしれない。


(それで急に、自分の手元に置きたくなったとか?)


 なんて勝手なんだろう、と思ったが、不思議と芽衣子の中に怒りはなかった。


 ――お義姉さんが優一を引き取ってくれたら、どれだけ楽だろう。


 それが、芽衣子の偽らざる本心だったのだ。優介が「姉が優一を返して欲しがっている」と言っているのを聞いたときから、優一が自分の手から放たれるのを想像し、自然と心が軽くなった。優一がいなくなる、と想像したら、肩にのしかかっていた重たいものがすっとなくなったような気がしたのだ。


(ああ、やっぱりわたしは母親失格なんだ……)


 産まれてから六年間、芽衣子なりに大事に育ててきたつもりだった。それなのにまだ優一を手放したいと考えるなんて、自分はなんて情のない人間なのだろう。


 結局、芽衣子ぬきで優介が琴美と話し合った末、月に一度、優一を琴美に預けて遊ばせるということで話がついた。もちろん、優一が産まれる前に交わした「都度都度のお礼」は継続していくことだろう。




 しかし飽きっぽい琴美のことだから、優一と月に一度の面会もすぐに飽きてしまうだろうと思っていた。が、案に相違して琴美は優一と会い続けた。


 はじめのころは芽衣子も同席していた。優一がまだ小さいからというのもあったし、琴美が何を言い出すかわからなくて不安だったこともあったからだ。すると案の定、琴美は嫌な顔をする。


「あのさあ、あたしは優一に会いたいんだけど。芽衣子さんじゃなくて」

「優一はまだ小さいので……。お義姉さんに変なお願いなどしてしまっては、申し訳がありませんし」

「別に、変なお願いなんてあたし突っぱねるし、子どものオモチャをねだられたってどうせ大した金額じゃないんでしょう? そのくらい伯母さんが買い与えたって不思議じゃないと思うんだけど」


 弟から月に二十万も巻き上げたこともあるくせに、何を言っているのか。芽衣子は琴美という存在の思考回路がまるで理解出来なかった。


「だからさ、言わせないでくれる? あたしは優一とふたりきりで遊びたいから、芽衣子さんは帰って。時間が来たら待ち合わせの場所に行くし、邪魔なの」

「…………」


 はっきり告げられても、やはり怒りは湧いてこない。琴美に優一を預けることに不安はあるけれど、自分の手元から優一が離れ、自由になれると考えただけで心が軽くなった。


 そんなことを考えてしまう自分を戒めながら、芽衣子は仕方がなく、優一だけを琴美に託して遊ばせる、ということを繰り返した。正直言って最初のほうは、琴美が実母は自分だと優一に言い聞かせないか心配していたが、一日遊び終えて帰ってくる優一の表情は晴れやかで、琴美は優一が産まれる前に約束した通り、自分が母親だと名乗り出ることはなかったようだ。優一はすぐに琴美になついた。欲しいオモチャを買ってくれるから好きなのだそうだ。他にも、芽衣子や優介が禁じている甘いものの食べすぎや、アイスは一日ひとつまでという教育方針を無視して好き勝手にさせてくれるので、伯母のことはすぐに大好きになったのだとか。


(わたしたちが苦労して育ててきた子を……あなたの気まぐれで台無しにしないでよ)


 芽衣子は優一の育児にとにかく苦労している自覚がある。だからこの怒りは優一を守りたいというものではなく、単純に琴美の身勝手に対する怒りだった。


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