一章・3
そして歳月は流れ、いよいよ琴美の出産のときが来た。その日、優介は仕事が忙しかったようで、芽衣子とふたりで病院にたどり着いたときには陣痛はかなり進行している状態だった。
立ち合い出産を予定していたので、無菌のブルーの上着を着させられ、マスクをつけさせられ、麻酔を打ったためかけろりとしている琴美のもとへ駆けつけていく。
「あの麻酔が一番痛かったわ。今は普通」
琴美はそう文句を垂れたが、陣痛の痛みを測るバロメーターはかなり振り切っている。出産が近いということは、芽衣子の目から見ても明らかだった。
「はい、お母さん。いきんでください」
助産師にそう言われて、琴美はやる気がなさそうにいきんでみせた。
「うーん、もう一息。頑張ってください、お母さん」
(お母さん)
助産師がそう琴美を呼ぶたび、芽衣子は、自分たちは今からとんでもないことをしようとしているのではないかと、やっと我に返った。これから産まれる子のお母さんは、琴美なのだ。自分ではない。それを歪めて自分たちのものにしようとしている芽衣子と優介は、実は途方もない間違いを犯しているのではないか。
「頑張って、お母さん! 頭が見えてきていますよ!」
琴美は「うるっさいなあ!」と不機嫌になりながら、顔を赤くしていきんでみせた。頭が見えてきている、という言葉に、芽衣子も優介も息を詰めた。やがて琴美がもう一度いきんだとき、にゅるんと彼女の足の間からぬめぬめとした薄紫色の物体が出てきた。
(えっ)
産まれたての赤ん坊は声をあげて泣いた。その足の間には小さな男性器がついている。
(どうしよう)
芽衣子は狼狽した。助産師は「はい、産まれましたよー」とぬめぬめした赤ん坊を琴美に見せてからすぐに赤ん坊を連れてどこかへ行って、少しして戻ってきた。赤ん坊は、そのときにはもうぬめぬめしておらず、体の色も薄紫ではなく赤味を帯びていた。けれど、芽衣子の不安はなくならない。
(どうしよう、かわいくない)
優一がうれしそうに赤ん坊を抱いた。
「ほら、芽衣子。優一だぞ」
一応は五体満足のようである。夫に赤ん坊を渡されて、おぼつかない手つきで抱きながら、芽衣子は愛想笑いすら出来ずに、やはりかわいいとは思えない赤ん坊を見つめていた。




