六章・3
近所を一回りしたら帰ってくるだろうと優介は言ったし、芽衣子もそう思っていたのだが、いつまで経っても優一は帰ってこなかった。代わりに、しばらくしてから優介のスマホに着信があった。琴美からだった。
「もしもし、姉さん。もしかして優一、そっちに行ってる?」
スピーカーではなかったので、琴美の言葉ははっきりと聞き取れない。けれど優介の言葉から、優一が琴美のもとへ転がり込んだことは明々白々だった。芽衣子はまたしてもヒヤリとする。琴美がこのまま、怒る優一をなだめるために、自分が本当の母親であることを告げてしまったらどうしよう、と思ったのだ。
その心配は優介も同じだったようだ。
「本当のことは言わないでくれよ。なんのために俺たちが優一を育ててきたと思っているんだ。それに都度都度の『お礼』だってしているんだし……、だいたい、もう法律上、姉さんは優一の母親ではないんだから、本当のことを打ち明けても優一は返さないぞ」
優介の言葉に甲高い声で琴美が反論する。この声が、琴美のこの甲高い声が芽衣子はどうしても好きになれなかった。本当に、芽衣子は琴美のことが心底嫌いだった。一挙一動に腹が立って仕方がない。
けれどそれを態度に出してもはじまらないし、優介が琴美と電話をしている間、芽衣子は腕の中の優芽をあやして気を紛らわせていた。優芽は愛想のいい子で、あやせば必ず笑うしあやしていなくてもひとりで自分の手にかぶりついたりして機嫌よく笑っている。
(もっと早くに優芽ちゃんが産まれていれば……)
それこそ、二十九歳になる前に。
(わたしたちが優くんを引き取ることはなかったのに……)
そこで、優介が通話を終えたようなのではっとする。こわごわと尋ねた。
「お義姉さん、なんだって……?」
「自分が優一の母親だとは打ち明けていないらしい。でも、こんな状態じゃ優一がかわいそうだから、そろそろ本当のことを伝えてもいいんじゃないか、って。今度の日曜日に個室のレストランでも用意しとけ、だとさ。それまで優一は姉さんが預かってくれるみたいだ」
「そう……。優くんはなんて?」
「…………」
「わたし、傷つかないから言っていいよ」
「パパとママなんて大嫌いだ、って……。伯母さんのところで暮らしていきたい、って……」
とうとう来たのだ、と芽衣子は冷静に瞳を伏せた。優一に、本当のことを話すときが。
琴美のことだから、仮に今優一をかわいがっていてもいつ飽きるかもわからない。けれど、いよいよ真実を話さなくてはいけないようだ。
そうなったとき、優一はどんな態度をとるだろう。怒るだろうか、泣くだろうか、――笑うだろうか。




