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母親失格  作者: 遠山優佳
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五章・2

 優一を養子にもらう約束をしたのが二十九歳。優一が産まれるまでに誕生日をまたいだので、実質優一は芽衣子が三十歳のときの子ということになっている。それから十年。齢四十にして、まさか二十代のころ何度試しても妊娠しなかった子どもを授かるだなんて。


 うれしい、という感情は湧き出てこなかった。ただただ、驚きが勝った。しかし内科からの帰り道、夕食の食材をスーパーで買っていると、徐々に喜びが湧き出てくる。


(わたし、妊娠した。自分の子どもを持てるんだ。偽物の子どもなんかじゃなくて)


 芽衣子と優介、ふたりの子。四十という高齢出産には不安が付きまとうが、なぜか芽衣子は気持ちが上がっていくのを感じていた。ハイテンションだった。このことをはやく誰かに知らせたい。伝えたい。一緒に喜んで欲しい。


 スーパーの食材を持って帰宅すると、ちょうど優一が自室から顔を出したところだった。


「優くん、赤ちゃんが出来たよ!」


 開口一番に芽衣子がそう言うと、優一は怪訝そうに小首をかしげた。


「は?」


「だから、赤ちゃん! 優くんはお兄ちゃんになるんだよ」


 優一はいったいどんな反応をとるのだろう、なんて思わなかった。ただただ、誰かに自慢したくてたまらなかったのだ。芽衣子がよほどほくほくとした顔をしていたのか、優一はそれを見て、嘲笑した。


「は? キモ」


 心臓を矢で射抜かれたような感覚になった。


 懐妊の報告を、優介ではなく優一にしてしまった芽衣子の落ち度もあるかもしれない。小学五年生だからまだ子どものつくり方は知らないと思っていたことも。けれど、あれほど焦がれた我が子の存在を、はじめて伝えた相手に気持ち悪がられるとは考えてもみなかった。


 芽衣子が唖然として玄関から動けずにいると、優一はさっさとリビングへ行って、そこでアイスを食べ始めた。




「――本当なのか?」


 優一に「キモ」と言われたことがショックだったので、夕飯の席では優介に妊娠の報告はしないでおいた。優一が勝手に話し出すなら話し出すで構わないと思っていたのだけれど、彼にとって芽衣子の懐妊は特に心動かされるものではなかったらしく、まったく話題にも上がらなかった。


 そうして夜、夫婦の寝室で満を持して芽衣子は優介に妊娠を報告した。


 優介は案の定、小粒な瞳を輝かせて喜んだ。


「本当に、本当なのか? 信じられない! 若いころあんなに頑張ってもダメだったのに……今になって子どもが出来るなんて!」


「わたしも信じられない。でも、すっごくうれしいの。こんなおばさんになってからの子どもだから、孫の顔は見られないかもしれないけど、なんだか夢の中にいるみたいで、ふわふわした心地なの」


「ああ、俺もだよ。うれしい、すごくうれしいよ。芽衣子と結婚してよかった」


 ふたりで抱き合って喜びを分かち合い、優介が芽衣子の下腹に手を当てる。


「男の子かな、女の子かな。どちらでもいいけど、ママに似てくれないと困るな」

「どうして?」

「だって俺に似たら不細工になるだろう? ママは美人だから、ママに似たほうがいいに決まっている」

「不細工なんてそんなことないよ。わたしはパパの見た目も好きで結婚したんだから」


 久々に、新婚夫婦のようなやりとりをした。医者の見立てでは三か月とのことなので、安定期まではあとわずかだ。


「安定期に入るまでは、どっちの親にも連絡しないことにしよう。それで、優一にはどう伝えようか……」

「あ、ごめんね。病院から帰ってきたとき、うれしさが抑えきれなくて思わず優くんに伝えちゃったの」

「ああ、そうだったのか。それで、優一はなんて?」

「えっと……」


 芽衣子は苦笑した。


「おめでとう、って」

「そうか、そうか。優一もお兄さんになるんだから、しっかりしてもらわないと困るな」


 キモ、と言われたことを素直に伝えるべきだっただろうか。それでも優介の子どもなのだから、優一と血が繋がっていることには変わりない。優介の言うように、この家で暮らす限りは兄としてふるまってもらわなくては困る。


 それから子どもはすくすくと成長して、対照的に芽衣子はつわりでやつれていった。それでもお腹の赤ちゃんには栄養がいきわたっているようなので安心する。そろそろ安定期に入ろうかというところ、産科の定期健診でエコーを診てもらっていたところ、芽衣子のお腹に器具をすべらせていた女医が、「あ」と言った。


「三枝さんは……はじめてのお産でしたよね」

「はい。この歳で、お恥ずかしいんですけど……」

「今はそういう方はたくさんいますから、恥ずかしくなんてないですよ。それで、お子さんの性別なんですけど。――知りたいですか?」


 芽衣子の胸がときめいた。


「はい、知りたいです!」

「性別はですねー……」


 もったいぶるように女医は、にやにやしながら性別を教えてくれた。


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