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第8話 アンノウンの正体


 創世神による治療を終えた俺は、再生した手首の動きを確認する。まだ痺れは残っていたが、あとは感覚の問題だろう。

 

「ティル、頼むぞ」


 アンノウンの残骸から魔力結晶を抽出したときの、あのざらつく感覚がまだ指先に残っていた。


(……これが“元人間”だったなんて……)


 今まで何も考えずにやってきた作業が、急に胸の奥を冷たくする。

 嫌悪感が喉の奥に張りついて、吐き気すら覚えた。


(でも……辞めたら生きていけねぇし……)


 割り切りたいのに、割り切れない。

 そんな自分が情けなくて、余計に胸が重くなる。


「ショウ……大丈夫?」


 セーニャが心配そうに羽を震わせながら覗き込んでくる。

 俺は慌てて笑ってみせた。


「ああ。しかし、創世神イリスってすげえな。手も足も元通りだよ!」


 わざと明るく言ったつもりだった。

 けれど、声が少しだけ震えていたのを自分でも分かった。

 セーニャはじっと俺を見つめ、小さくため息をつく。


「……ショウ、無理しなくていいのに」


 その一言が、胸に刺さる。

 小さな強がりなんて、相棒に全部見透かされていた。


 そんな俺たちを見つめながら、イリスは静かに佇んでいた。

 森の闇の中でひときわ白く、まるで現実から切り離された存在のように。


 羽を震わせ、セーニャはそっとイリスに近づいた。


「イリス様……ひとつ、聞いてもいいですか?」

「ええ。何でも」

「私の魔力を奪った魔物を探しています。あいつを見つけて、奪われた力を取り返したいんです」


 イリスの瞳が、わずかに揺れた。


「あなたの魔力を奪った存在……」

「私の魔力が戻れば、ショウをもっと助けられる。その方法をどうか教えていただけますか?」


 セーニャの覚悟を決めた言葉に、イリスはしばらく黙り、森の奥を見つめた。

 その横顔はどこか哀しげで、言葉を選んでいるようだった。


「……セーニャ。あなたの魔力を奪ったのは、魔物ではありません」

「……え?」

「魔力を奪う魔物も、魔力を扱う武具も──根は同じなのです。ティルファングもまた、イリスという人の手で作られたものですから」


 俺とセーニャは息を呑んだ。

 ティルファングが……魔力を奪う魔物と同じ系統?


 胸がざわつく。

 沈黙していたティルが、わずかに震えた気がした。


「……魔力を喰う魔物……あなたたちは必ず出会います。その時までに──備えておきなさい」


 そう告げると、イリスの姿は光の粒となって森に溶けた。

 まるで最初から存在しなかったかのように。


 残されたのは、アンノウンの残骸と、胸の奥に沈む重い現実だけだった。


「……ショウ」


 アルフレッドが何か言いたそうな顔で、俺の方へ視線を向ける。


「研究所のこと、お前に話しておくべきだろうな」


 俺は、この話から逃げてはいけない。

 覚悟を決めて頷くと、アルフレッドはゆっくりと言葉を続けた。


「創世神イリス様も仰っていたが、あそこは、魔力暴走や魔力欠乏の子どもを“研究材料”として扱っている場所だ。魔力を持つアイテム──ティルファングのような武具も、そこで解析されている」


 背筋が冷えた。あの時アルフレッドに助けられていなければ、俺も今頃……


「魔力を奪う魔物もあそこで作られた可能性が高い。魔力のない子どもを“どうにかするため”に、連中は平気で禁忌に手を出す」


 セーニャが小さく震えた。


「じゃあ、わたしの魔力を奪った魔物も……」

「ああ。自然に生まれたもんじゃない。誰かが意図して作った“兵器”だ」


 アルフレッドの言葉は淡々としていたが、その奥にある怒りと無力感が伝わってくる。


「ショウ、今のお前のランクで研究所に近づくのは、自殺行為だ。まずは……セーニャの魔力を取り戻す手段を探すのが先だろう」


 アルフレッドの言葉は正しい。

 でも──胸の奥のざわつきは消えなかった。


(……イリスを殺した場所……)


 もし──父上が領主でなければ。

 もし──あの時、アルフレッドに助けてもらえなければ。


(……俺も、研究所に連れて行かれていた……)


 魔力のない子ども、身寄りのない子ども……

 “扱いやすい材料”として、研究所に運ばれていく。

 勿論、俺も例外じゃなかった。

 平民だったら、間違いなく捕まっていた。

 そして──今頃、アンノウンになっていたかもしれない。


 自らの結末を想像して、背筋が冷えた。

 だからこそ──同じ魔力を持たない子ども達を、俺と同じ目に遭わせたくない。


 誰にも気づかれず、誰にも助けられず、研究所に消えていく子ども達。

 その未来を、少しでも変えたい。


 ぎゅっと拳を握りしめる。

 今の俺ではどうにもならないと分かっていても、胸の奥のざわつきはむしろ強くなる。


(強くならないと)


 イリスが守ろうとしたものを、今度は俺が守るために。


 そのときだった。


「え……?」


 セーニャの黒い羽が、一瞬だけ白く染まった。

 光が弾け、風が巻き起こる。


 そして──そこに立っていたのは。


 腰まである茶色の髪に、碧眼の美しい顔立ち。

 露出の多い腰布と、深いスリットの入ったマーメイドスカート。

 彼女が、本来のセーニャだった。


「……っ、これ……!」


 セーニャは自分の手を見つめ、驚きに目を見開く。


「今のアンノウンから……少し魔力を取り戻せたみたい」


 その声は、鳥の姿の時よりもずっと澄んでいて、魔女の気配を匂わせるほど力強かった。

 だが次の瞬間、彼女の全身を纏う光がふっと消え、人間は小さな烏の姿に戻った。


「一瞬だけ、ね。でも──」


 セーニャは漆黒の羽を広げ、俺とアルフレッドを見つめる。


「この魔力なら、ショウとアルフレッド様をスフォルタット城下町まで転送できそうよ」

「助かる。いくら治療してもらったとはいえ、身体はボロボロだ」

「すまんな、セーニャ」


 二人で素直に礼を述べると、セーニャは照れくさそうに羽を震わせた。


「じゃあ──いくわよ。しっかり掴まってて」


 セーニャが術を口ずさんだ次の瞬間、魔力結晶が淡く輝き、眩い光が俺たちを包み込んだ。


 視界は白に染まり、一気に森の匂いが遠ざかっていく。

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