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第6話 妖精の森


 ギルドを出てから、俺たちは北の森へ向かうことにした。

 距離があるため、馬を二頭借りることにしたのだが──さすがSランク狩人は顔が効く。


 アルフレッドが馬小屋の主人に声をかけた瞬間、銀貨一枚で手を打ってくれた。

 俺が行ったら三倍はぼったくられるのに。


(……やっぱガキ扱いされてんのかな)


 いつまでもアルフレッドに迷惑をかけていられないのに、現実はなかなか厳しい。


 借りた馬に跨り、俺たちは平原をまっすぐ駆けた。

 夜の森は厄介なので、とにかくスピード勝負だ。


 帰り道の不安はあるが、森の中に馬を連れていくわけにもいかない。

 入口で合図を送ると、馬たちは習性で街へと戻っていった。


「魔力枯渇地帯ってのはな……」


 アルフレッドが苦々しく口を開く。


「魔力そのものが吸われる場所だ。魔物も人間も例外じゃない。特に、魔力を持つ武具──ティルファングにも影響が出る」

「……ティル、大丈夫か?」


 剣は沈黙したまま。

 まるで眠っているように、微動だにしない。


「ショウ、無理しないでよ……」

「無理はしねえよ。……たぶん」

「たぶんじゃないって言ってるでしょ!!」


 セーニャの怒鳴り声が森に響き、木々がざわりと揺れた。



 最初の十字路のような分かれ道に差し掛かった瞬間、空気が変わった。


 ひやりと肌を刺す冷気。

 耳鳴りのような、かすかな振動。

 胸の奥がじわりと重くなる。


「気をつけろ。ここから先は“惑わし”が出る」

「惑わし?」

「妖精だ。悪意はないが、魔力が弱ると精神に干渉されやすい──乗っ取られるぞ」


 アルフレッドが言い終える前に、森の奥からふわりと光が舞った。

 青、緑、金色の光の粒。それが人の形を成し、俺たちの周囲をくるくると飛び回る。


「うわっ……なんだこれ……」


 足元がふらつき、意識がぼんやりと霞む。


「ショウ! 目を合わせちゃダメ!」


 セーニャが俺の頬を嘴でつつき、まどろむ意識を引き戻す。

 その瞬間、妖精たちが一斉にこちらを向いた。


『侵入者……』

『人間……?』

『この森に入る資格は……』


 ぞくりと背筋が冷える。

 だが、セーニャが漆黒の羽を広げて前に出た。


『妖精さん、私たちは敵じゃないの。落ち着いて!』


 その声は鈴の音のように澄んでいて、妖精たちの言葉と同じ“波長”を持っていた。


『お前は烏の姿だが……我々と同じ色の魔力を感じる。何者だ?』

『私はセーニャ。はるか西の“魔女の森”に住む、シエラ様の一番弟子よ』


 妖精たちがざわめく。


『魔女……? その姿で……?』

『魔物に魔力を奪われたのよ。ここが魔力枯渇地帯と聞いたから、何か手がかりがあるかと思って来たの』


 セーニャの羽はわずかに震えていたが、声は落ち着いていた。

 妖精たちは光の色を柔らかく変え、態度を和らげる。


『……なるほど。言葉を交わせるということは、確かに魔女だ』

『この先に巨大な魔物がいる。気をつけて進むが良い』

『──ありがとう』


 セーニャが深く頭を下げると、妖精たちは光を一度だけ瞬かせ、森の奥へ消えていった。


「……助かったな」

「セーニャがいなきゃ危なかった」

「ふふん、当然でしょ!」


 セーニャは胸を張るように羽を広げたが、その奥にほんの少し疲れが滲んでいた。


 しかし、穏やかな空気は続かない。


 木々を抜けた先に、十メートルはあろう巨大なジェルスライムのような化け物が姿を現した。

 青白く揺らめく、透明に近い異形。


「……来るぞ」


 アルフレッドが大剣を構える。


「でけえ……!」


 ぷるり、と震えた瞬間、無数の触手が四方へ伸びた。

 俺は反射的にティルファングを構える。


 だが──刃が触れた瞬間、アンノウンの体は水のように形を変え、攻撃を受け流した。


「……くっそ、通らないのかよ!」

「物理は効かん」


 アルフレッドはすぐに魔石を取り出し、地面へ叩きつけた。


「〈閃光〉!」


 だが光は弱々しく瞬き、すぐに消える。


「……やはり噂通りの魔力枯渇地帯か。ここで魔法は役に立たん」


 剣も魔法も通じない。

 妖精たちが警告していた“巨大な魔物”──その正体が目の前にある。


「この一帯の調査とは言え、あのアンノウンはおかしい。──分が悪過ぎる。引くぞ」


 アルフレッドの判断は正しい。

 俺は頷き、距離を取ろうとした──が。


 アンノウンはぷるりと震え、無数の触手を高速で伸ばしてきた。


「っ……う、おおおお!?」


 しゅるり、と足首を掴まれる。

 同時にジュウ、と肉が焼ける音。

 激痛が脳天まで突き抜けた。


「いっ……つつ……この、ッ離れろッ!!」


「ショウ……!」


 アルフレッドが駆け寄ろうとした瞬間、アンノウンは酸の塊を吐き出した。

 それを剣で薙ぎ払った途端、鋼鉄が一気に錆びてボロボロになる。


 腐食した大剣を握りしめ、目を細めた。


「……やはり、物理は完全に無効か」


 焦りよりも、状況を見極めようとする達観があった。


(何か……突破口が……)


 だが、その一瞬の“思考の隙”をアンノウンは逃さない。


 ぷるり、と震え──

 地面を這っていた触手が槍のように鋭く伸びた。


「アルフレッド様、危ない!!」


 アルフレッドが反応するより早く、触手が腹部へ突き刺さった。


「──ッ!!」


 鋼のような筋肉が貫かれ、白い煙が立ちのぼる。

 肉がじゅくじゅくと溶けていく。


「ぐっ……が……っ……!」


 膝が地面につき、血が溢れた。


(……アルフレッドまで……!)


 くそっ──何も出来ないなんて……!


 足首も腕も焼けただれ、動けない。

 ティルファングも握れない。


 アンノウンは勝利を確信したように触手を増やし、瀕死の俺へ集中させてきた。

 胸元へ迫る黒い影。

 ──逃げられない……喉に触れたら終わりだ。


「ショウ!!」


 セーニャの叫びが森に響く。


 絶望が喉の奥まで満ちた、その瞬間──空間が裂けた。


 音もなく、世界がひび割れる。

 裂け目の向こうから、銀色の髪がふわりと揺れた。

 白い衣をまとい、天使を模した神々しい杖を手にした女性が、静かに足を踏み出す。


「イリス様……!」


 アルフレッドは朦朧としながらも深々と頭を下げた。


 イリスと呼ばれた女性はアンノウンを一瞥し、杖を軽く振る。


「神への冒涜を行う者達よ……消えなさい」


 その一言とともに光が放たれ、アンノウンの体は震え、音もなく霧散した。


 まるで、最初から存在しなかったかのように。

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― 新着の感想 ―
セーニャ大活躍!まさかの烏がこんなスキルもっているなんて。 アンノウンの謎じわじわ楽しませていただきますね!
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