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第5話 Sランクの狩人


 天井に、茶色い木目のシミがある。

 見慣れた宿屋の天井──そのはずなのに、視界が妙にぼやけていた。


(いってえええ……!!)


 起き上がろうとした瞬間、腹に鋭い痛みが走る。

 手足は鉛のように重く、身体の輪郭が自分のものじゃないような感覚さえあった。


(何があった……セーニャは? 子どものオークは? アンノウンは……)


 胸がざわつく。

 いつも俺のすぐそばにいるはずのセーニャの気配がない。


 ──ガチャリ。


「やっと気がついたか」


 扉を開けたアルフレッドが、やれやれと肩を竦めた。


「ショウ〜〜!!」

「おわっ、ちょ、羽! 顔に乗るなって!」


 勢いよく飛んできたセーニャが、わざと俺の顔に足を置いてきた。

 その震えた声に、どれだけ心配していたかが滲んでいる。


「あの状態で気絶するんだから、大変だったのよ。アルフレッド様を探すにも、烏の姿だと人間に石ぶつけられるし」

「……悪い」


 情けなさが胸に刺さる。

 依頼は失敗。仲間に迷惑をかけた上、その後の記憶も曖昧だ。


「丁度俺も依頼を終えたところだったから良かったものの……セーニャが血相変えて探しに来たんだ。反省しろ」

「はい……すんません」


 アルフレッドはため息をつきながらも、どこか安心したように椅子へ腰を下ろした。


「命に別状はない。だが、しばらくは無茶をするな。あの傷は、普通なら死んでいる」

「……そう、だよな」


 脇腹に手を当てると、まだ熱が残っている。

 内臓まで溶かされたと思った。あの、何とも言えないぬるりとした感触。身体を侵食されるような恐怖。精神的な痛みが、じわりと蘇った。


(……まさか、ティルが俺を助けてくれたのか?)


 動かない剣を抱きしめて魔物にやられたところまでは覚えているが、あの状況でセーニャが何か出来たとは考え難い。そうなると、ティルが勝手に動いたのだろう。

 

(この剣はよくわかんねえからな……)


 剣の方へ視線を向けると、ティルファング壁に立てかけられていた。

 

「ショウ、まだ寝てなさいよ。動いたら傷が開くわ」

「いや……大丈夫だ。もう動ける」

「動けるわけないでしょ!!」


 セーニャが羽をバサバサさせて怒る。

 その声が妙に嬉しくて、俺は苦笑した。


「……でも、依頼受けないと。俺の狩人(ハンター)ランクが上がらないといつまでも貧乏旅になるんだぞ」


 セーニャはしゅん、と言葉を失った。

 烏は見た目だけで不幸を呼ぶ者と言われてしまうので、泊まれる宿屋も限定される。


「アルフレッド、他の依頼もギルドにあるよな?」

「あるにはあるが……本気で言っているのか?」

「本気だ。俺はやれる」


 痛む腹を押さえながらも、ベッドの端に手をついて身体を起こす。


(早く、元に戻してやるって、決めたんだ)


 その想いだけが、身体を動かしていた。


 アルフレッドは深くため息をつき、立ち上がった。


「……分かった。だが、次は俺も同行する。お前一人では、また倒れるだけだ」

「助かる」

「助かるじゃないわよ! ほんとにもう……!」


 セーニャはぶつぶつ文句を言いながらも、俺の枕にそっと座った。



 翌朝。

 宿屋を出ると、外の空気は少し冷たかった。

 腹の痛みはまだ残っているが、歩けないほどではない。


「ショウ、ほんとに大丈夫なの……?」


 肩に乗ったセーニャが、不安を隠しきれない声で問いかけてくる。


「大丈夫だって。ほら、歩けてるだろ」

「歩けてるだけで大丈夫って言うな!」

「いてっ、いてっ……!」


 羽で頬をぺしぺし叩かれる。

 痛いけど、その心配が妙に嬉しい。


「お、おい……アルフレッド、そんなに睨むなよ」

「……睨んでいない。監視しているだけだ」


 いや、それを世間では睨んでるって言うんだよ……。

 アルフレッドはただ立っているだけでもギルドの連中に恐れられるほど目つきが鋭い。


 そんなやり取りをしながら、ギルドの扉を押し開けた。


 ──ギィ。


「あら、ショウさん。生きてましたか」


 受付嬢が心底ほっとしたような、でも呆れたような顔でこちらを見た。


「生きてましたかって、ちょっと酷くないですか?」

「だから言ったじゃないですか。『受けるんですか?』って」


 まあ、確かに。

 依頼書を持って行った時、彼女は明らかにやめとけって顔をしていた。

 まさかアンノウンがあんなにやべえとは思わなかった。


 依頼書には複数と書いてあったのに、実際に遭遇したのは一体だけ。

 共食いしたのか、他の狩人が倒したのか──いや、後者はない。

 俺たちが依頼を受けた以上、あの状況に他の狩人が介入する余地はなかった。


(……つまり、あれは“勝ち残った“生き残りだってことか)


 背筋が少しだけ冷える。


「で、今日はどの依頼を?」


 声をかけると、受付嬢は書類をめくりながら、ちらりとショウの腹に視線を落とした。


「……本当に、受けるんですか?」


 その声音には、昨日よりもずっと深い心配が滲んでいた。


「受ける。ランクを上げないと困るんだ」


 いつまでも魔力結晶の依頼だけこなすわけにはいかない。

 それに──セーニャのためにも、強い魔物討伐の依頼を受けたい。


「はぁ……分かりました。ただし、今回はSランクのアルフレッドさん同行という条件で受理します」

「えっ!?」

「最初からそのつもりだ」


 アルフレッドが腕を組んだまま頷く。


「ちょ、ま──」

「で、どんな依頼がある?」


 俺の抗議など完全に無視して、アルフレッドは受付嬢と話を進めていく。


(……Sランク?)


 ギルド最高位の狩人。

 そんな存在が、なんで俺みたいなFランクの面倒を見てくれてんだよ。


(マイデン家に、恩でもあるのかな……)


 五歳の時、父上の依頼で俺を屋敷から連れ出してくれたアルフレッド。

 あの日、父上は彼を「アル」と呼んでいたし、親しげだった。

 でも、それだけで十一年も俺の面倒を見るか?

 普通なら、金だけ受け取って放置することだって出来たはずだ。

 なのに、今もこうして隣に立っている。


(……なんでだよ)


 胸の奥が、少しだけざわついた。


「こちらの依頼はどうでしょうか?」


 受付嬢は一枚の依頼書を取り出し、俺の前に置いた。


【依頼名】

 “魔力枯渇地帯”の調査依頼(ランク3)


【内容】

 最近、街の北にある森の一角で、魔力が急激に枯渇する現象が発生。

 魔物が弱体化する反面、人間も魔力を吸われる危険性あり。

 原因の調査と、可能であれば魔力源の回収。


【報酬】

 通常の3倍。

 魔力結晶の発見時は別途買い取り。


「……魔力枯渇地帯?」

「はい。魔力が吸われる場所です。魔法使いはもちろん、魔力を持つ武具にも影響が出る可能性があるとか」


 俺はちらりと相棒を見た。

 だがティルファングは、いつも通り沈黙したままだ。


「ショウ、やめといた方が……」


 セーニャの声は、いつになく弱かった。

 魔力を吸われて烏になった彼女にとって、この依頼は不安しかないはずだ。


「いや、行く。魔力結晶が手に入る可能性もあるし……魔力枯渇地帯の調査で、セーニャを元に戻す手がかりがあるかもしれないだろ?」


 そう言うと、セーニャは小さくため息をついた。


「……ほんと、あんたって……」


 呆れたように聞こえるのに、どこか嬉しそうだった。


 俺一人なら無理だと止められただろう。

 だが、今回はアルフレッドが同行する。

 歴戦のSランク狩人──心強さは段違いだ。


「じゃあ、その依頼受けます」

「はい。気をつけてくださいね。……本当に、無茶はしないでください」


 受付嬢の言葉に、俺は苦笑した。


「無茶はしない。……たぶん」

「たぶんじゃないわよ!!」


 セーニャの怒鳴り声がギルドに響き渡る。


 こうして俺たちは、次の依頼へ向かうことになった。

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― 新着の感想 ―
傷が開くといわれて翌日からギルドにいくショウはおばかちゃんなのでしょうか。 セーニャの心労は絶えなさそうですね。そしてアルフレッドはSランク! ギルドの依頼はランク3と書いていたので、狩人ランクと受け…
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