第3話 魔女セーニャ
ギルドのカウンターに結晶を置いた瞬間、受付嬢は眉をひそめた。
「……確かに依頼は達成されていますね。ですが、ランク二の報酬額は固定です」
「はぁ? あんな化け物がランク二なわけねえだろ。嘘情報で危うく死ぬところだったんだぞ」
「……申し訳ありません。ですが規定ですので」
ギルドのおねーちゃんと揉めるのは御法度だ。
ここで出禁になったら、狩人として終わり。それだけは避けたい。
結局、死ぬ思いをしたのに報酬は上がらなかった。
だが、誤情報だったことは上層部に報告してもらえるらしい。
それと──今晩の宿代をタダにしてもらえるという条件で手を打った。
宿に戻り、ベッドに倒れ込む。
天井を見上げながら、深いため息が漏れた。
「……ったく、命懸けで戦ってもこれかよ」
「強い魔力結晶はそんな簡単に手に入らないからねぇ」
セーニャは漆黒の羽をふるりと震わせ、ベッドの上でちょん、と跳ねる。
(なんとか強い魔力結晶を手に入れて、こいつを元の姿に戻してやりたい)
そう思っているのに、口に出すと弱さが滲む気がして、言えない。
「……まあ、気長にやるさ。お前がその姿でも、別に困っちゃいねえし」
わざと軽く言う。
セーニャは黒い頭をかしげ、くるりと羽を整えた。
羽音が、昔の記憶を呼び起こした。
◇
──四年前
十二歳になったばかりの俺は、アルフレッドと一緒にとある街で仕事を受けた。
見世物小屋なんて、貧民街特有の寄りたくない場所だ。だが「これも世界の理として学ぶべきだ」と、アルフレッドに無理矢理連れてこられた。
「──なあ、兄さん達。喋る烏に興味はないかい?」
薄暗い小屋の奥から、商人がにやりと歯を見せる。
外の喧騒とは違い、この一角だけ空気が淀んでいた。
「喋る烏?」
「ああ。こいつは珍しい魔物でな。人を襲わないんだ」
「へええ、魔力結晶にしないのか?」
俺は思わず身を乗り出した。
こんな貧民街の片隅で、珍しい魔物なんて聞いたことがない。
商人は俺の反応に満足したのか、奥から籠を引きずってくる。
「こいつでさあ」
「なんだよ、ただの烏じゃないか……」
黒い羽根が光を吸い込むように沈んでいる。
ただの烏にしか見えない──そう思った瞬間、隣のアルフレッドがわずかに目を細めた。
「……魔女か」
低い声に、商人がびくりと肩を揺らす。
俺には何も分からないが、アルフレッドは確信しているようだった。
彼は無言で見世物小屋の男と交渉を始める。
その背中が妙に真剣で、俺は烏に向き直った。
「おい烏、なんか芸でも出来るのか?」
「好きでこんな姿になった訳じゃないわよ!」
「わっ、喋った!!」
女の声だ。しかも妙に語気が強い。
驚きすぎて尻餅をつく俺を、烏は呆れたように見下ろした。
「烏じゃないのよ。私はセーニャ。東の森に住む魔法使いの生き残りよ」
「へぇ……それがどうして今は鳥なんだ?」
「魔物に襲われて……魔力を全部吸われちゃったの」
「全部? そりゃまた派手にやられたな」
「でしょ? 殺されそうになったから、残ったほんの僅かな魔力で烏に変化して逃げてきたの」
「……なるほどな。命からがらってやつか」
「そうそう。で、気づいたらこの姿で定着しちゃって」
「笑えねえだろ。大魔法使いが烏って、どうなってんだよ」
「笑わないでよ! 元の姿に戻るには──強い魔力結晶が必要なの」
最後の一言だけ、声が少し震えていた。
強がっているが、追い詰められているのが分かる。
その瞬間、俺とアルフレッドは目を合わせた。
放っておけないという、同じ気持ちが浮かんだ。
交渉はあっけないほど簡単に終わり、籠は俺たちの手に渡った。
貧民街の埃っぽい路地を抜けた瞬間、セーニャはぱっと黒い羽を広げる。
薄汚れた羽根でも、外の光を浴びると少しだけ輝きを取り戻したように見えた。
「ああ──外の空気だわ」
そう呟くと、彼女はふわりと舞い上がり、当然のように俺の頭の上に着地した。
「おい、そんなところに止まって糞落とすなよ……?」
「レディに対して失礼な男ね。羽を動かすのだって疲れるのよ……ずっと、打たれていたんだから」
その言葉に、俺は思わず黙り込んだ。
見世物小屋での扱いはわからないが、見るからに痩せ細った体、ところどころ抜け落ちた羽根。
何年あんな生活をしていたのか、想像するだけで胸がざわつく。
◇
あの時、初めて見た。
痩せ細って、羽も抜け落ちて、それでも必死に強がっていた小さな烏を。
(もう二度と、あんな思いはさせねえ)
ゆっくりと目を開けると、天井の木目がぼやけて見える。いつの間にか眠っていたらしい。
枕元では、セーニャが丸くなって眠っていた。
小さな体をふるりと震わせ、羽をすぼめる。
(待ってろよ。必ず、お前を──)
翌朝。
ギルドの掲示板に貼られたばかりの依頼書を見て、俺は思わず口笛を吹いた。
「ランク三の猪人族に……アンノウンの魔物が数匹。生け捕り希望? 無理なら討伐……って、また面倒なやつだな」
依頼文の下には、赤字で大きく書かれている。
成功すれば報酬は倍額。だが失敗すれば命はない。
「複数か。……危険な仕事だな」
「でも、やるんでしょう?」
肩の上で、セーニャがくすっと笑う。
声音は軽いのに、完全に俺の腹の底を見透かしていやがる。
「……まあな。強い魔力結晶が必要だし」
「そういうと思ったわ」
「今回は逃げ場なさそうだ」
「あんたが突っ走るから、私が頭を使ってあげる」
軽口を叩き合いながら、俺は依頼書を剥がし、カウンターへ向かった。
ギルドの受付嬢がちらりとこちらを見る。その目には「また危険な依頼を……」という呆れと心配が混じっているが魔力結晶の依頼は俺達にしかこなせない。
と言っても慣れたものだ。紙に印を押されると同時に、セーニャが羽をふわりと揺らす。
「よし、行くか」
肩に乗る小さな烏と共に、俺はギルドを後にした。




