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第2話 ティルファング


 咆哮が夜の街を震わせた。

 暴走した魔力が人の形を失い、獣へと転じる。

 貴族街の人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、ただ一人、炎の剣を手に歩み出る影があった。


 炎の剣士・ショウ。

 かつて“無価値”と呼ばれた少年は成長し、ギルドでそこそこ名を馳せる剣士として、魔物を討つ狩人(ハンター)となっていた。


「──ちょっと、ショウ、あまり突っ込むと危ないわよ?」

「個体反応は二つしかないから、大丈夫だろ」


 相棒の烏はやれやれとため息をついた。


 その数刻前。ギルドの掲示板には「魔力暴走者および魔物討伐」の依頼が並んでいた。

 狩人もランク制度となっているため、若い狩人には雑用レベルの仕事しか降って来ない。

 だが暴走した魔力を「結晶化」を求める依頼は果たせる人間は限定される。

 魔力を持たないショウには、それが唯一の稼ぎだった。


「これならやれるだろう。魔力レベル二、初期魔法使い二体」


 ニヤリと笑い依頼書を剥がす。足取り軽くギルドカウンターで仕事を受理した瞬間、肩の相棒がため息をついたような気がした。


 そして今、暴走した魔物の前に立つ。

 炎の剣ティルファングを構え、冷たい風を切り裂くように、静かに息を整えた。


「あのギルド……何が魔力レベル二よ! 嘘情報も甚だしいわね。ちょっとやばいわよ。あの 猪人族(オーク)五メートル超えてるじゃない」

「あー、セーニャは危ないから、森に隠れてろ」

「嫌よ……あんたと離れて、また魔物扱いされて捕まりたくないからね」


 そう言いながらも、セーニャはさり気なく高い木の枝へ飛び去った。

 あいつなりに気を遣ってくれてる。だからこそ負けられない。


「市街地で暴れてんじゃねえよ。こっちこい、デカブツ!」


 地面に落ちている石を投げつけて注意を引く。小石なんかじゃ効かないのは分かっていた。案の定、 猪人族(オーク)は微動だにしない。

 仕方なくティルファングを構え、足元へ斬り込む。


「おらぁ!」


 分厚い肉を裂いた瞬間、咆哮が石壁を震わせた。耳が割れるほどの雄叫びに、思わず身が竦む。

 ……やばい。これでランク二? 依頼書の数字なんてやっぱり当てにならねえ。


 五メートルを超える巨体が二体、地響きを伴って突進してきた。

 こいつらを市街地から奴らを離すために森へ誘導したが、正直、心臓が跳ね上がっている。

 ティルファングを横に構え直す。

 迎え撃った剣閃は分厚い腕に弾かれ、衝撃で後方へ吹き飛ばされた。


「ぐっ……! 硬すぎる……!」


 腕が痺れ、握力が抜けそうになる。


『オオオオオッ!!』


  猪人族(オーク)の巨大な棍棒が振り下ろされ、地面が砕ける。

 それを避けたところでまたもう一体の攻撃。

 魔物のくせに連携が取れるなんて──。

 ティルファングで受け止めたが、馬鹿力と衝撃波に押し潰されそうだ。


「くっそ……でかいからって──」


 ギリギリと潰されそうになる身体。胸が詰まる。呼吸が乱れる。

 軽い気持ちで受けた依頼でいきなり負けるかもしれない。そんな情けない言葉が頭をよぎる。

「ショウ、やばいって!」セーニャの声が木の上から響く。


(そうだ。俺は何のために剣を握っている?)


 脳裏に蘇るのは寂しそうな父の横顔。

 無価値と呼ばれた過去を打ち消して、再びマイデンの名を馳せる為に俺はアルフレッドと旅をしてきたのに!


 ショウは震える手に力を込めた。

 アルフレッドと十一年分の旅で鍛えられた全てを、この一撃に込める。


「……負けられるか!」


 炎の剣・ティルファングが突然光を放つ。

 この剣は旅の途中で出会った謎の少女イリアが俺に託したもの。『自我を持つ剣』で、戦闘のたびに余計な口を挟んでくる。


『──おいおい、またピンチか? ほんとボクがいないとダメだな』

「ティル、頼む。今は真面目にやばい」

『ボクを呼ぶなら、もっと格好いいセリフ言えよ。“俺の炎よ、燃えろ!”とかさ』

「あー、わかった、わかったっての! いいから、頼むぜ相棒」

『ふん……次に気の利いた台詞考えて来なかったら助けないからね』


 剣のくせに面倒くせえ、ツンデレかよ。

 ティルファング全体を炎が包み、赤い残光が爆ぜる。

 地を蹴った瞬間、炎の剣が轟音とともに巨大な円火輪(チャクラム)へと変貌した。


『よしよし……いいぞ〜、ショウ、派手にいけ! ここはボクの最高の見せ場だ!』

「──焔輪斬ッ!!」


 必殺の一閃。炎の輪が爆発的に広がり、円火輪は二体の猪人族(オーク)をまとめて焼き裂いた。

 轟音と閃光が森を揺らし、巨体は絶叫とともに膝から崩れ落ちた。

 異臭を放つ死骸から禍々しく、黒い瘴気が溢れ出す。


「よっと……」


 剣を深々と突き立て、暴走した 猪人族(オーク)の魔力を吸収した。

 するとティルファングが白く眩い光を放ち、俺の掌には魔物を凝縮した魔石結晶が収まる。


『ふふん。やっぱボクって最高だな。あ、そうそう。ショウもまあまあ頑張ったよ』

「どっちが戦ってると思ってんだ……はぁ、はぁ……ってか、ランク二でこれなのかよ……あのぼったくりギルドめ。報酬は上乗せして欲しいぜ」

『ボクの分も忘れるなよ。この美しい刀身の磨き代くらいは出してもらえ』

「剣が報酬要求すんな!」

『そんなこと言っていいのかな? 誰のお陰で魔力結晶を──』

「あー! はいはい、ティル様申し訳ございません! 俺が悪うございましたっ!」


 息を荒げながら小五月蝿い剣を収める。心臓はまだ暴れていたが、勝利の爽快感と剣の軽口が、心を軽くした。

 そして戦闘が終わったのを確認したセーニャがバサバサと羽を羽ばたかせてショウの肩にちょこんと乗る。


「……ほんとに、無茶するんだから」

「おう。勝ったぞ。それに見ろよ、こんなに純度の高い魔力結晶も手に入った。これで今回の依頼は完了だな」


 にかっと笑い、森の薄闇の中で淡く脈打つ結晶を掲げてみせた。


「……まあ、とりあえずギルドに報告して金もらって……あーあ、腹減った」

「そうね。お疲れ様、ショウ。街に戻りましょう」


 結晶を懐に滑り込ませ、肩に止まったセーニャの羽音を感じながら歩き出す。

 木々の隙間から、スフォルタットの城下町の灯りがちらりと覗いた。


 今日も無事に帰れる──そんな安堵が、胸の奥で静かにほどけていった。

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