表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

第16話 魔法剣士・シーヴァス


 鉄の匂いが風に乗って漂っていた。

 血の匂いだ。生温く、重く、喉の奥にまとわりつく。


 木々の間を吹き抜ける風が、どこかざらついている。それはまるで森そのものが怯えているようだった。


「……嘘だろ。なんで、こんな“スライム”みたいなやつに……」


 誰かが震える声で呟く。

 目の前のアンノウンは、見た目だけならただの半透明の塊だ。

 弱そうで、形も曖昧で、魔物としての威圧感すらない。


 だが──


 足元には、仲間だった者たちの装備の残骸が散らばっていた。

 血に濡れたマント。折れた杖。片方だけの手袋。そして、肉片すら残っていない。


 六人が喰われた。

 跡形もなく。


「おい、セーラ! 重力制御が効いてねぇぞ!?」

「無茶言わないで……アンノウンには元々魔法が効きにくいのよ!」


 Sランクの狩人(ハンター)たちは、見た目スライムのような巨大なアンノウンと対峙していた。

 対抗手段は悉く潰され、その顔には焦りと疲労が滲んでいる。

 アルフレッドも、額から汗を流しながら剣を構えていた。


 アンノウン──

 ランクは見た目では判別出来ず、個体はスライム状の魔物なのに、攻撃パターンはそれぞれ異なる。

 その生物に共通するのは、魔法は吸収され、物理攻撃は弾かれる。


「くそっ……重力で押し潰す作戦もダメかよ!」

「魔力が通らないんだから当然でしょ! あれは“魔法の形をした何か”よ!」


 セーラの叫びが虚しく響く。

 アンノウンはゆっくりと形を変え、触手のような塊を伸ばしてくる。


「避けろ!!」


 叫んだ瞬間、仲間の一人が触手に絡め取られ、悲鳴を上げる間もなく飲み込まれた。


「っ……また一人……!」


 絶望が広がる。

 狩人最強のSランクでさえ歯が立たない。

 このままでは全滅だ。


 ──そして、空気が裂けた。


 風でも魔力でもない。

 ただ“斬撃”だけが、世界を割った。


 同時にアンノウンの身体が、音もなく縦に裂ける。


「……間に合ったか」


 黒い外套を翻し、一人の男が歩み出た。

 銀髪に、冷たい灰色の瞳。

 腰には、淡く光を帯びた剣。


(あれは──ティルファング……? いや、違う。もっと……禍々しい)


「し、シーヴァス……!? 研究所の……!」


 Sランクの誰かが息を呑む。


 男──シーヴァスは、淡々と剣を払った。

 アンノウンの体内から溢れた黒い粒子が、剣に触れた瞬間に蒸発していく。


「この魔物は、研究所とは無関係だ。──ギルドにそう伝えておけ」


 その言葉は、命令でも脅しでもない。

 ただ事実として告げるような、冷たい響きだった。


「ま、待て! その剣……魔法剣か?」

「……研究所の試作だ。アンノウンの構造解析に基づいて作られた。魔力ではなく、“別の原理”で斬っている」


 シーヴァスはアンノウンの残骸を一瞥し、興味を失ったように背を向ける。


「……生き残りはいるか?」

「ああ……」

「なら帰れ。ここはもう終わりだ」


 そう言い残し、シーヴァスは踵を返し森の奥へと消えていった。


 残されたSランク狩人たちは、呆然と立ち尽くしていた。

 誰もが息を潜め、誰もが言葉を選んでいた。


「……研究所は、本当にアンノウンとは無関係……なのか?」


 誰かがぽつりと呟く。


「そんなはずはない。実際あいつらは魔力結晶を根こそぎ買い集めている。子ども達が居なくなるのも研究所が……」


「だがアルフレッド、証拠がない。研究所がアンノウンを作っているという」


「……」


 アルフレッドは拳を握りしめた。

 喉の奥が焼けるように痛い。

 怒りか、恐怖か、自分でも分からない。


(……あの剣。あの斬撃。無関係と言い切れるほど、研究所はアンノウンを知っている……)


 胸の奥で、嫌な確信が膨らんでいく。


「……なあ、あいつは敵なのか? 味方なのか?」


 狩人仲間の一人が震える声で言った。


「味方……じゃないだろ。助けたって感じでもなかったし」

「それに……アンノウンを魔力結晶にしなかった。普通なら素材として回収するはずだろ」

「……ああ。まるで“興味がない”って感じだったな」

「いや、違う。あれは……知っている顔だ。アンノウンの中身も、性質も、全部」


 ざわり、と空気が揺れる。


「ギルドにどう報告する? そのまま言えば、研究所の潔白を証明することになるぞ」

「でも嘘は言えない……」

「嘘じゃなくても、“言い方”次第でどうとでもなる。ただ、研究所を敵に回すのは危険だ」


 カルマの声は低く、重かった。


「騒ぎ立てるのは簡単だ。──が、もしもそれが嘘であれば始末されるのは俺達だぞ」


 アルフレッドは唇を噛み締め、何も言えなくなった。


「……とにかく、この依頼の達成はギルドに報告しないと……!」


 全員が頷いた。

 だがその足取りは重く、どこか怯えていた。


 彼らは知らない。

 シーヴァスが“何を斬ったのか”。

 そして、研究所が“何を隠したのか”。


 ただ一つだけ確かなのは──


 ギルドは、この戦いを“研究所の潔白の証拠”として受け取るだろう。



 一方、同時刻。


 白い無機質な部屋。

 壁一面に並ぶ魔導スクリーンには、先ほどの戦闘映像が淡々と再生されていた。


 巨大アンノウンが、音もなく縦に裂ける。

 その瞬間を、女は細い指先でなぞるように見つめる。


「……やっぱり、シーヴァス様は美しいわね」


 恍惚とした吐息が漏れた。

 銀髪の剣士が淡々と魔物に向けて剣を振るう姿は、彼女にとって芸術そのものだ。


 ピッ、ピッ──

 女は勝手に画面を切り替え、シーヴァスの横顔のアップを呼び出す。

 冷酷な瞳、無駄のない動き。

 その剣先に迷いは微塵もない。

 愛おしい男の舞うように戦う映像に、まるで恋人へ触れるようにそっと手を伸ばした。


「ふふ……今日も完璧ね。シーヴァス様」


 スクリーンが自動で切り替わり、アンノウンの断面データが立体映像として浮かび上がる。

 黒い粒子が剣に触れた瞬間に蒸発する様子が、何度も繰り返し再生される。

 途端に女は面を引き締めた。


「やっぱり“反応”してる……あの剣は成功ね」


 女は端末に指を滑らせ、アンノウンの内部構造を拡大する。

 粒子の流れ、魔力の残滓、そして“核”の反応。


「うふふ、あなたたちは、魔物なんかじゃない。しっかり素材として役に立つのだから──」


 薄く笑う。

 その笑みは、研究者の喜びとも、狂気ともつかない。


「そのためにも、シーヴァス様には、もっと強い個体を斬っていただかないと」


 再び画面を切り替え、Sランクの狩人達を一瞥して去るシーヴァスの姿を映し出す。

 女はスクリーンに映る銀髪の剣士へ、頬を寄せるように手を添えた。


「ああ……あなたの剣が、どこまで“彼ら”に通用するのか……早く、見たいわ」


 研究所の奥で、機械音が規則正しく鳴り続けている。

 その冷たい音が、女の恍惚とした笑みをより際立たせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ