第15話 名指しの依頼
街を走り回っていたリックをようやく捕まえ、俺たちは宿の受付へ向かった。
空いていたのは大きな一部屋だけで、全員でそこに泊まることになった。
「そうだ、リック。お前にも言っとくけど……俺、マーメイドの女王じゃないからな?」
『えっ、そうなの!? でもなんか……その方が親しみやすいね!』
言った瞬間、リックの瞳がきらきらと輝いた。
次の瞬間──
『ショウ〜〜!』
ぬるり、と腕に巻きつくように抱きついてきた。
水棲生物特有の“仲間認定スリスリ”だ。
頬や腕に、ひんやりした滑らかな感触がぴとぴとと押し当てられる。
「ちょ、ちょっと待て! ぬるぬるした身体でスリスリすんな!!」
『えへへ、だって嬉しいんだもん! あ、女王様じゃないならもう“ショウ”でいいよね!』
リックはさらに頬をすり寄せてくる。
魚が水槽のガラスにすり寄るような、イルカが気に入った相手に体を預けるような……そんな全力の好意表現だ。
『ショウ〜、いい匂いする〜。人間ってあったかいんだな〜』
「近い! 近いって!! あと嗅ぐな!!」
ぬめっとした腕が絡みつき、俺は必死で引き剥がす羽目になった。
人間の姿を保つのが大変なのか、リックはすでにサハギンの姿へ戻っている。
とはいえ、女王だとか嘘をついたのはこちらなので、何をされてもぐうの音も出ない。
抵抗を失った俺を、リックは距離感ゼロでぺたぺた触ってくる。
「ああ……魚と磯の香りが……後で絶対風呂に入らないと……」
『リック……ショウ様が困っている。少し離れろ』
ザックが慌ててリックの肩を掴んで引き剥がす。
だが──その手は微妙に震えていた。
『すみませんショウ様。リックは嬉しさのあまり……』
「いや、まあ……気にしてないけど……」
そう言うと、ザックはほっと息をつき──
ほんの一瞬、ショウの肩へ視線を落とした。
触れたい。
でも触れない。
そんな葛藤が、クールな表情の端ににじみ出ている。
いや、バレバレだし……
ザックの瞳は、俺に触れたいのか、リックの感想が気になるのか、ウズウズしていた。
(……だから俺は男だって。サハギンに好かれるフェロモンなんて出してねえよ)
困ったな。ザックは真面目だから、下手な言い方をすると傷つけそうだ。
リックの暴走を止めたはずなのに、
止めた本人も本当はスリスリしたいという空気が隠しきれていない。
「……とりあえず風呂行ってくる」
宿についた瞬間、俺はそそくさと大浴場へ逃げ込んだ。
湯に浸かると、ようやく魚と磯の香りが薄れていく。
「はぁ……生き返る……」
さっぱりして部屋へ戻ると──
ザックとリックが、再び“人間の姿”に変身して風呂上がりの状態で戻ってきた。
髪は濡れていて、肌はつやつや。
サハギンなのに、俺よりも妙に爽やかで、なんか悔しい。
「風呂に入って大丈夫なのか?」
「はい。創世神イリス様のお陰です。人間の姿の時はお湯に浸かってもダメージを受けません」
「人間の風呂、すごいな! あったかいし、匂いもいいし!」
「ショウ様の言っていた“さっぱり”という感覚、理解しました」
……なんだこの爽やかイケメン二人組。
さっきまで魚だったのに。悔しい……
◇
荷物を置き、ようやく全員が落ち着いた頃──
窓辺で羽を休めていたセーニャが呟いた。
『アルフレッド、今日も戻らなかったわね』
その声は、ほんの少しだけ不安を含んでいた。
「地図がないから正確な位置は分からないけど、Sランクのチームがどこまで行ったのかも不明だしな」
アルフレッドは無茶はしないはずだが、未開拓地は灰の侵食が進んでいる。油断はできない。
ザックが示した“研究所の旧施設”。
そこへ向かうには、あまりにも情報が足りない。
「……とりあえず、明日は別の依頼を探すか。道を知るやつ。地形とか、周辺の魔物とか……そういうの」
『賛成よ。準備なしで突っ込むのは危険すぎるわ』
ザックとリックもこくりと頷いた。
「ショウ様の行くところが我々の道です。どうかお供させてください」
「いや、そんな大層なもんじゃねえけど……まあ、よろしくな」
◇
翌朝。
ギルドのカウンターには、珍しく依頼書が山のように積まれていた。
中には魔力結晶の回収依頼がいくつも並んでいる。
「ショウさん、いいところに!」
受付嬢が手を振って呼び止めてきた。
「今、魔力結晶が枯渇しておりまして……街の物価が跳ね上がっているんです。こちらの魔物討伐、お願いできますか?」
差し出された依頼書には、見慣れた文字が並んでいた。
【依頼名】
東の森魔物討伐依頼(ランク2)
【内容】
東の森に出現した魔物の討伐。
魔力結晶の回収が可能であれば、併せて提出。
【報酬】
銀貨八十
魔力結晶の発見時は別途買い取り。
内容はごく普通の討伐依頼。
だが──
『……ショウ、これ“名指し”よ』
セーニャが俺の肩で小声を落とす。
「え、そうなのか?」
『ほら、ここ。“ショウ専属依頼”って書いてあるわ』
「……ほんとだ」
受付嬢はにこにこしているが、セーニャの目は鋭い。
『魔力結晶が枯渇してるのは本当でしょうけど……だからって、Eランクに上がったばかりのショウを名指しって、ちょっと不自然じゃない?』
「まあ……報酬も悪くないし、ザックとリックもいるし、なんとかなるだろ」
『あなたって本当に楽観的よね……』
セーニャは呆れたように羽を揺らしたが、新たな仲間ザックとリックはやる気満々で胸を張っている。
長時間人間の姿ではいられないのか、彼らはまたサハギンの姿に戻っていた。
『女王陛下でなくとも、ショウ様のためならどんな魔物でも討ち取ってみせます』
『ふふっ。魔物がいっぱいで楽しそう!』
彼らの故郷であるデュルグ湖を救うためにはもっと強い武器や防具を揃えて研究所に臨みたい。
そう考えると今は依頼を選んでいる余裕はないのだ。
「……まあ、戦力は十分か」
俺は依頼書にサインし、受付嬢へ返した。
「この依頼、受けるよ」
「ありがとうございます! ショウさんなら安心です!」
受付嬢の笑顔は明るい。
だが、セーニャの視線はどこか冷めていた。
『……“ショウさんなら安心”ね。その言葉が一番怪しいのよ』
「え、なんで?」
『普通、ランク2の依頼に“安心”なんて言わないわよ。何か、裏がある気がする』
俺は肩をすくめた。
「まあ、行ってみりゃ分かるだろ」
『はぁ……ほんとにあなたって……』
セーニャはため息をついたが、その金の瞳だけはずっと依頼書の一点を見つめていた。
まるで、そこに“何か”が潜んでいるかのように。




