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第14話 依頼の溝


 俺たちは依頼の報酬を受け取るべく、スフォルタット城下町へ戻ってきた。


「うわわっ、これが街かあ〜! でっけええ!!」


 リックは目を輝かせ、あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 屋台の匂いに釣られて鼻をひくつかせたり、建物の高さに驚いて口を開けたり、完全に観光客だ。


「リック、はしゃぎすぎだ。……申し訳ありません、ショウ様」

「気にしなくていいよ。湖の外なんて初めてなんだろ?」

「はい。リックは陸路を歩いたことすらほとんどありませんので……」


 灰に覆われた星ヴァルグレイヴ。

 中心部にある人間の住む城下町・スフォルタットでさえ、この星の全貌を把握していない。

 どんな種族がどこに住んでいるのか──すべてが謎だ。


 ただひとつ確かなのは、スフォルタットは生き残るための砦だということ。


「とりあえず、あんたらの証言があれば依頼クリアになるはずだから頼むよ」


 俺は依頼書の複製をザックに渡した。


【依頼名】

 デュルグ湖に巣食う魔物討伐依頼(ランク3)


【内容】

 東のデュルグ湖に半魚人(サハギン)が生息しているが、個体数が激減していることが判明。

 周辺地域の原因調査および、可能であれば魔力源の回収。


【報酬】

 銀貨八十

 魔力結晶の発見時は別途買い取り。


 ザックは依頼書を読み、眉をひそめた。


「……ショウ様。この“魔力源の回収”という文言、妙ではありませんか?」

「えっ?」


 言われて初めて気づいた。

 原因調査は分かる。

 だが──“魔力源がある前提”で書かれているのは確かにおかしい。


『──デュルグ湖は未開発地域だから、あるかもしれないって意味かしら?』


 セーニャの推測はもっともだ。

 だが、ザックは首を横に振った。


「我々の湖には、魔力源など存在しません。あれは……」


 みるみる表情が険しくなる。


「そもそも、灰が流れ込むまでは、何もなかったのです」


 その言葉に、胸の奥がざわついた。

 彼らは銛を使い獲物を狩る種族で、魔法を生まれつき必要としない。



 ギルドに入り、俺は受付嬢へ依頼書と証言を提出した。


「依頼の報告ですね。では──」


 受付嬢はちらりと、端正な顔立ちの“人型”ザックへ視線を向けた。


「わたしはサハギンのザックと申します。人間族(ヒューマン)にとって見苦しい姿ですので、創世神イリス様のご加護を受け、外に出る際は“人型”を模しております」


「なるほど……ご丁寧にありがとうございます」


 受付嬢はすぐに理解し、柔らかく微笑んだ。


「では、ショウさんの依頼達成について証言をお願いします」

「はい。その前に一点だけお伺いしたいことがございます」


 ザックは穏やかな声で依頼書を指し示す。


「“魔力源の回収”とは、どういう意味でしょうか。我々の湖には、そのようなものは存在しませんので……」


 受付嬢の手がぴたりと止まった。


「そ、それは……ギルドが独自に調査した結果──」

「失礼を承知で伺いますが、その調査内容を教えていただけますか?」


 ザックは丁寧な口調のまま、しかし逃がさないように視線を合わせる。

 その優しい声が逆にプレッシャーになったのか、受付嬢はわずかに肩を震わせた。


「え、ええと……それは……ギルド内部の情報でして……」


 周囲のハンターたちが酒を飲む手を止め、ちらちらとこちらを見る。

 受付嬢は無理に笑顔を作り、声を潜めた。


「……申し訳ありません。本当にお伝えできないんです。ただ──」


 彼女はさらに声を落とす。


「あの地域は空気浄化装置も設置されていない未開発地で、“魔力源がある可能性が高い”という報告が……どこかから上がってきまして」

「どこからの報告でしょうか?」


 あくまで優しく、しかし逃げ道を塞ぐように問いかける。

 受付嬢はついに顔を赤くし、半ば悲鳴のように言った。


「そ、それも内部機密ですっ! あまりしつこく聞く方は……ランク下げてもらいますからねっ!」

「それは困る!!」


 俺は慌ててザックの肩を掴んだ。


「ザック、もう十分だ! 本当にすみません!」

「ショウ様、しかし──」

「いやいやいや、ランク下がったら俺が死ぬ! 本当にやめてくれ!」


 ザックは名残惜しそうに口を閉じ、深く頭を下げた。


「……失礼いたしました。無礼をお許しください」


 受付嬢は胸を押さえ、ほっと息をついた。


「い、いえ……では依頼は達成です。こちら、銀貨八十になります」

「ありがとうございます! じゃ、じゃあ失礼します!」


 俺はザックの腕を引っ張り、ギルドをそそくさと後にした。


 外に出ると、肩に乗ったままのセーニャが呆れたように羽を揺らした。


『ねえショウ、アンノウンの魔力結晶……換金しないの?』

「……いや。アルフレッドと合流してからにする」


 俺は懐に入れたままの魔力結晶をそっと押さえた。

 これは、ただの素材じゃない。

 サハギンを大量に喰った証拠だし、下手に研究所に流れたら、死んだやつらが報われない。


「とりあえずリックと合流して、今日は泊まろう。報酬も入ったし」


 俺が重たい袋を翳すとザックは突然表情を曇らせた。


「女王陛下、我々サハギンは街に泊まらずとも外で野宿しますが」

「……あー、その件なんだけどさ」


 頭をかきながら、ザックの真っ直ぐな瞳を見つめる。


「実は……その……俺、マーメイドの女王じゃないんだ。セーニャが勝手に言っただけで」

「…………え?」


 ザックの表情が固まる。

 まるで世界の真理をひっくり返されたような顔だ。


「だまして悪かった。ほんとにごめん」

「い、いえ……その……」


 ザックは軽く視線を泳がせ、しばらく口をぱくぱくさせていたが──やがて、静かに息を整えた。


「……女王陛下でなくとも、ショウ様をお慕いする気持ちは変わりません」

「え、いいのか?」


 思わず面食らう。


「アンノウンをあっさり屠ったティル様の強さに惹かれたのは事実ですが……その御方を宿すショウ様こそ、我々の主です」


 ザックは真剣な面持ちで俺の瞳をまっすぐ射抜いてきた。真顔で言うな。恥ずかしいだろ。


「野宿は──」

「女王陛下でないのであれば、性別的にも問題ありません。むしろ……」


 少し照れたような頬。そしてスッと手を取り跪く。まるで王子が姫に求愛するようなシーンに俺の心はざわついた。それは違うだろ!


「どうか、今夜はショウ様の隣で守らせてください」

「なんでそうなるんだよ!!」

『ぷっ……ショウ、人気者ね』


 肩の上でセーニャが笑いを堪えている。元はといえばお前のせいだ、設定担当! 


(……なんか、仲間が増えるたびに面倒も増えてる気がするんだけど)


 ザックは真面目過ぎるから下手な嘘は危険だ。

 ──明日から、研究所について深く踏み込むことになる。

 そんな予感だけが、妙に胸に残っていた。

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