第13話 灰の謎
ティルが倒したアンノウンを魔力結晶として回収するため、俺たちは再びデュルグ湖へ戻ってきた。
危険な魔物は消えたはずなのに、空気は相変わらずざらつき、喉に刺さるような毒気が漂っている。
「なあ、お前たちの仲間ってこの下にいるんだろ? 安全が確認できたら出られるのか?」
『はい……今は空気も水も灰で汚染されているので難しいのですが、いずれ必ず』
「でも、俺たちと行動したら、この下の仲間の安全はどうすんだよ」
『はっきり申し上げると、このままでは我々は生きていけません。もっと世界を知る目が欲しかったところです。なので、マーメイド様の──』
「あ、悪い……俺のことはショウって呼んでくれ」
『畏まりました、ショウ様。あなた方と行動することで、この水を灰から救う方法が見つかると踏んだのです』
三年前までは平和だったと言っていた。
この辺りまで結界を張っていた創世神イリスって、本当にとんでもない存在なんだな。
『女王陛下も早く記憶を取り戻して元のお姿に戻れるよう、我々も尽力いたします』
真面目なサハギンたちの言葉に、俺は苦笑するしかない。記憶喪失のマーメイド女王陛下なんて、どう修正すりゃいいんだよ。
元凶を睨むと、セーニャは俺の肩の上で知らん顔をしていた。
『ショウ、もう少しランクが上がったら、ギルドから空気浄化装置を借りられるんじゃないかしら?』
灰を吸い込み、空気を浄化する魔法の装置。
研究所が作り、今や高ランクの狩人たちが各地に持ち歩いているらしい。
……なのに、サハギンの湖には与えられていない。
理由は分からないが、今は確かめようがない。
「確か空気浄化装置って、クッソ重いらしいし……壊したら一生狩りしても返済できねえやつだぞ」
『それでも、サハギンは救うべき存在よ』
「まあな」
研究所に乗り込むことを考えると、味方は多い方がいい。
彼らの生態は謎だが、アルフレッドが戻ってきたら聞いてみよう。
「あ、まだ残ってた」
周囲を確認すると、アンノウンの死骸がしぼんだ状態で残っていた。
ザックたちをギルドに連れて行けば証言は十分だし、この魔力結晶は純度が高そうだ。
危険な場所だが、戻ってきた価値はある。
『──しかし、この魔物の死骸をショウ様はどうされるのですか?』
ザックが死骸を見下ろす。
俺はティルファングを抜き、死骸へ突き立てた。
「頼むぞ、ティル……」
炎の剣が光り、アンノウンの魔力を吸い上げていく。
凝縮された魔力結晶が、いつものように俺の手のひらへ落ちた。
『す、凄い……神の魔法だ……』
「俺は魔力が無いから、全部ティルのお陰なんだよ」
『魔力って何ですか?』
「は?」
二体のサハギンは首を傾げたた。そういえば、彼らは魔法を使わない。銛だけで戦い、水と自然と共に生きる温厚な種族。
見た目がヌメヌメしているせいで嫌われることもあるだろうが、今のザックとリックはほぼ人型を保っている。
「お前らのその姿って本当にサハギンなのか?」
『いいえ、我々は本来の姿で街や人間と関わることができません。察しの通りだと思いますが──』
ああ、なるほど。
あの姿で街を歩いたら、貴婦人は悲鳴を上げるし、兵士が飛び出してくるだろう。
「じゃあ、誰かに魔法かけてもらって人間に?」
『はい。創世神イリス様にいただいた青の結晶を使っております』
それは、魔力を持たない者にも僅かな魔力を与える“奇跡の石”。湖が襲われたとき、外見だけで敵と判断されないようにするためのものらしい。
『青の結晶は、イリス様が我々にくださった“祝福“ですが──』
ザックが湖の方へ視線を向けた。その表情はどこか険しい。
『三年前から……結晶の力も弱まっているのです』
「弱まってる?」
『はい。以前は湖全体を包むように、青い光が常に揺らめいていました。しかし今は……』
ザックは湖面を指差す。
そこには、かつてあったはずの青い輝きは一切なかった。代わりに、灰色の膜が薄く張りつき、じわじわと広がっている。
「結界が……消えているのか」
『イリス様の結界が弱まったことで、灰が湖に入り込み……あの謎の魔物が現れ、我々も喰われ……』
リックがぎゅっと拳を握りしめる。
『そして、あの巨大なアンノウンが“主”として成長したのです』
灰が結界を破り、
灰が水を汚し、
灰が魔物を生み、
灰がサハギンを喰わせた。
すべての元凶は──この星に散らばる灰。
だが、ここで終わりではなかった。
『ショウ様……もう一つ、気になることが』
「ん?」
『灰が飛んでくる方向です』
ザックは湖の東側を指差した。
そこは、まだ俺達が入れるランクの場所ではなく、未開拓となっている為、地図にもない。
ただ言えるのは、灰の濃度が異様に高い区域だということだ。
『あの方角から、灰が“流れてくる”のです。まるで……誰かが意図的に撒いているように』
「……撒いてる?」
胸の奥がざわつく。
灰が密集するのは、自然現象ではない。
『その方角には……古い研究施設があると、我々は聞いております』
(……やっぱり、ここにも研究所が関わってるのか)
セーニャが小さく震えた声で言う。
『ショウ……あの灰、ただの毒じゃないわ。魔力の“残滓”が混じってる。誰かが……魔力を使って擬似的に灰を作ってるのよ』
「魔力で……灰を?」
嫌な予感が背筋を這い上がる。
灰は自然に発生したものもあるが、この周辺にある灰の濃度は異常だった。
これは明らかに誰かが作り、撒き、広げている。
その結果、湖は汚染しサハギンは喰われ、あの巨大アンノウンが生まれた。
そして灰は、今もあちこちに広がり続けている。
(……原因を突き止めなきゃな)
ショウは拳を握りしめた。
『ショウ様、我々も同行いたします。あの灰の源を共に断ちましょう』
「ああ。頼もしいよ、よろしくな」
灰の侵食の原因は、すぐそこにある。
そしてその先には、研究所の影が確実に伸びていた。




