第10話 ハンターランクE
「──アンノウン〇一八、消失」
白衣の職員が淡々と報告書を読み上げる。
紙をめくる音だけが、静まり返った研究室に響いた。
ページには、依頼を受けた狩人の顔写真が貼られている。
「アルフレッドは分かる。問題は……この少年だな」
「Fランクのハンターとしか……記録には」
「Fランクが“あれ”を倒す? ……絶対にあり得ん」
男は報告書を閉じ、ゆっくりと奥の部屋へ視線を向けた。
ガラス越しに見える巨大な培養カプセル。
淡い緑色の液体の中で、産まれた姿のままの女性が静かに浮かんでいる。
そして、時折口元から小さな泡がぽこりと上がる。生きている証拠だ。
男は歩み寄り、そっとガラスに手を触れた。
「……イリス。きみの魂はまだここにある。必ず、純度の高い魔力結晶を作り出して……きみをこの世に繋ぎ止めてみせる」
囁きは甘く、狂気を孕んでいた。
男は頬をガラスに寄せ、恍惚とした表情で中の女性を見上げる。
「禁忌? 倫理? そんなものはどうでもいい。きみが戻るなら……私は何だってやる」
カプセルの中の女性は、微動だにしない。
──だが、男は気づかない。
培養液の奥で、女性の指がほんのわずかに震えたことに。
◇
「おめでとうございます、ショウさん。これで晴れてハンターランクEに昇格です!」
「や、ったあああ!」
胸元のバッジが、見慣れた銅色の羽根から赤の羽根へと変わっていた。
昇格の理由は、先日俺とアルフレッドが死にかけた依頼──魔力枯渇地帯の調査と、Sランク相当のアンノウン討伐。
どうやらその功績がギルドに認められたらしい。
「へへっ……これでもう少しいい依頼が受けられるようになるかな」
「ショウ、俺は黒鉄に呼ばれている。しばらく別行動だ」
黒鉄──Sランクの狩人で構成された精鋭グループ。
アルフレッドはかつてそこに所属していたらしく、今でもメンバーは彼の復帰を望んでいる。
だが、何があって抜けたのか、本人は多くを語らない。
それに、俺もいつまでもアルフレッドの財布に甘えるわけにはいかない。
自分の力で依頼をこなし、強くならなければ、研究所に入り、イリスを救うなんて──夢のまた夢だ。
「またお前が勝手にピンチになると、あいつに合わせる顔が無くなる。居場所が分かるように、これをセーニャに渡しておく」
アルフレッドは懐から小さな箱を取り出した。
『あら……素敵なネックレスじゃない!』
セーニャは嬉しそうに羽をぱっと広げ、胸元にかけられたネックレスを誇らしげに見せつけてくる。添えられた小さな魔力結晶が淡く光り、彼女の碧眼とよく似合っていた。
(……首輪みたい、なんて絶対言えねぇ)
セーニャが嬉しそうに足をちょんちょん動かして回る姿を見て、思わず苦笑いが漏れた。
「世話になった、アルフレッド。今度はどこまで行くんだ?」
「森人族の里だ。あの一帯がきな臭いらしい。今回Sランク狩人達で、アンノウンを一掃する計画が進んでいる」
Sランクが集まる──
俺にはまだ遠い領域。でも、いつか肩を並べられるようになりたい。
その時、酒場の奥から声が飛んだ。
「おい、アルフレッド! 準備できたぞ!」
かつての仲間たちが手を振っている。
「じゃあな。死ぬなよ、ショウ」
アルフレッドは父親のように優しく俺の頭をぽんと撫で、仲間のもとへ向かっていった。
その背中は、やっぱり大きかった。
『FランクとEランクの依頼って、どう変わるのかしら?』
「今までは半径百キロ以内の依頼しか受けられなかったけど、Eになると別のエリアにも行けるんだ。ただ、その分魔物も強くなるから……基本は探索任務が多いかな」
「ショウさん、申し訳ありませんが──ショウさんに探索任務はありません……」
「えっ、なんで!?」
受付嬢の言葉に俺は一気に青ざめる。確か、ハンターノートにはEランクから簡単な調査依頼も受けられると書いてあったはず。
「実は、市場に出回る魔力結晶が枯渇してきておりまして……唯一魔力結晶を回収できるショウさんに、アンノウン討伐をお願いしたいのです」
『何よそれ、危険な仕事じゃない。だったらハンターランクって何の意味があるのよ!』
「セーニャ、落ち着けって……。まあ、こないだみたいな化け物は勘弁だけど、魔力の低いアンノウンなら……どうにかなると思う」
「お心遣いありがとうございます。でしたら、こちらの依頼を……」
受付嬢が差し出した紙には、こう書かれていた。
【依頼名】
デュルグ湖に巣食う魔物討伐依頼(ランク3)
【内容】
東のデュルグ湖に半魚人が生息しているが、個体数が激減していることが判明。
周辺地域の原因調査および、可能であれば魔力源の回収。
【報酬】
銀貨八十
魔力結晶の発見時は別途買い取り。
俺にしか出来ない魔力結晶の回収──。
危険はあるが、その分報酬もでかいし、何より“他の狩人には出来ないことが出来る”という達成感があった。
「半魚人って、確か銛で動物を突いて生活してる種族だよな。いきなり近づいて俺たち殺されるんじゃねえの?」
「いいえ、彼らは基本的に穏やかな種族です。あっ、でも──」
「でも?」
「……男性に対して、多少攻撃的かもしれません」
「マジかよ……」
思わず天を仰いだ。
そういえば、生物学の本に書いてあった。サハギンは人魚を守るために存在している──と。
「ちなみに、奴らが守る人魚はまだ存在してるのか?」
「数はかなり減っておりますが、一応……。ただ、デュルグ湖周辺にはおりません」
頼みのマーメイドはいない。男に攻撃的なサハギンの群れに突っ込むのは、どう考えても危険だ。
(……いや、待てよ)
俺は肩の上に乗るセーニャを見る。
「なあセーニャ。お前、一瞬だけ元の姿に戻れたよな? その……色仕掛けとかでサハギンの警戒を──」
『はああああ!?』
セーニャの漆黒の羽が逆立つ。
『誰がそんなことするのよ! そもそも魔力が足りないから無理に決まってるでしょ!』
「ちょ、ちょっと言ってみただけだって!」
魔女だった頃にサハギンとのトラウマでもあるのだろうか。やけにいつもより激しく俺の頭を突いてきた。
ちょっと言ってみただけなのに、ツッコミが厳しい。
受付嬢が苦笑しながら口を挟む。
「……と、とにかく、サハギンは男性に対して攻撃的ですので、十分な準備をして向かってくださいね」
「……はい」
セーニャに突かれたせいで髪の毛はボサボサ、頭がガンガンしてまだ熱い。
(もう二度と色仕掛けの話はしない……)




