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第10話 ハンターランクE


「──アンノウン〇一八、消失(ロスト)


 白衣の職員が淡々と報告書を読み上げる。

 紙をめくる音だけが、静まり返った研究室に響いた。

 ページには、依頼を受けた狩人(ハンター)の顔写真が貼られている。


「アルフレッドは分かる。問題は……この少年だな」


「Fランクのハンターとしか……記録には」


「Fランクが“あれ”を倒す? ……絶対にあり得ん」


 男は報告書を閉じ、ゆっくりと奥の部屋へ視線を向けた。

 ガラス越しに見える巨大な培養カプセル。

 淡い緑色の液体の中で、産まれた姿のままの女性が静かに浮かんでいる。

 そして、時折口元から小さな泡がぽこりと上がる。生きている証拠だ。


 男は歩み寄り、そっとガラスに手を触れた。


「……イリス。きみの魂はまだここにある。必ず、純度の高い魔力結晶を作り出して……きみをこの世に繋ぎ止めてみせる」


 囁きは甘く、狂気を孕んでいた。


 男は頬をガラスに寄せ、恍惚とした表情で中の女性を見上げる。


「禁忌? 倫理? そんなものはどうでもいい。きみが戻るなら……私は何だってやる」


 カプセルの中の女性は、微動だにしない。

 ──だが、男は気づかない。

 培養液の奥で、女性の指がほんのわずかに震えたことに。



「おめでとうございます、ショウさん。これで晴れてハンターランクEに昇格です!」


「や、ったあああ!」


 胸元のバッジが、見慣れた銅色の羽根から赤の羽根へと変わっていた。

 昇格の理由は、先日俺とアルフレッドが死にかけた依頼──魔力枯渇地帯の調査と、Sランク相当のアンノウン討伐。

 どうやらその功績がギルドに認められたらしい。


「へへっ……これでもう少しいい依頼が受けられるようになるかな」


「ショウ、俺は黒鉄(クロガネ)に呼ばれている。しばらく別行動だ」


 黒鉄──Sランクの狩人で構成された精鋭グループ。

 アルフレッドはかつてそこに所属していたらしく、今でもメンバーは彼の復帰を望んでいる。

 だが、何があって抜けたのか、本人は多くを語らない。

 それに、俺もいつまでもアルフレッドの財布に甘えるわけにはいかない。

 自分の力で依頼をこなし、強くならなければ、研究所に入り、イリスを救うなんて──夢のまた夢だ。


「またお前が勝手にピンチになると、あいつに合わせる顔が無くなる。居場所が分かるように、これをセーニャに渡しておく」


 アルフレッドは懐から小さな箱を取り出した。


『あら……素敵なネックレスじゃない!』


 セーニャは嬉しそうに羽をぱっと広げ、胸元にかけられたネックレスを誇らしげに見せつけてくる。添えられた小さな魔力結晶が淡く光り、彼女の碧眼とよく似合っていた。


(……首輪みたい、なんて絶対言えねぇ)


 セーニャが嬉しそうに足をちょんちょん動かして回る姿を見て、思わず苦笑いが漏れた。


「世話になった、アルフレッド。今度はどこまで行くんだ?」


森人族(エルフ)の里だ。あの一帯がきな臭いらしい。今回Sランク狩人(ハンター)達で、アンノウンを一掃する計画が進んでいる」


 Sランクが集まる──

 俺にはまだ遠い領域。でも、いつか肩を並べられるようになりたい。


 その時、酒場の奥から声が飛んだ。


「おい、アルフレッド! 準備できたぞ!」


 かつての仲間たちが手を振っている。


「じゃあな。死ぬなよ、ショウ」


 アルフレッドは父親のように優しく俺の頭をぽんと撫で、仲間のもとへ向かっていった。

 その背中は、やっぱり大きかった。


『FランクとEランクの依頼って、どう変わるのかしら?』


「今までは半径百キロ以内の依頼しか受けられなかったけど、Eになると別のエリアにも行けるんだ。ただ、その分魔物も強くなるから……基本は探索任務が多いかな」


「ショウさん、申し訳ありませんが──ショウさんに探索任務はありません……」


「えっ、なんで!?」


 受付嬢の言葉に俺は一気に青ざめる。確か、ハンターノートにはEランクから簡単な調査依頼も受けられると書いてあったはず。


「実は、市場に出回る魔力結晶が枯渇してきておりまして……唯一魔力結晶を回収できるショウさんに、アンノウン討伐をお願いしたいのです」


『何よそれ、危険な仕事じゃない。だったらハンターランクって何の意味があるのよ!』


「セーニャ、落ち着けって……。まあ、こないだみたいな化け物は勘弁だけど、魔力の低いアンノウンなら……どうにかなると思う」


「お心遣いありがとうございます。でしたら、こちらの依頼を……」


 受付嬢が差し出した紙には、こう書かれていた。



【依頼名】

 デュルグ湖に巣食う魔物討伐依頼(ランク3)


【内容】

 東のデュルグ湖に半魚人(サハギン)が生息しているが、個体数が激減していることが判明。

 周辺地域の原因調査および、可能であれば魔力源の回収。


【報酬】

 銀貨八十

 魔力結晶の発見時は別途買い取り。




 俺にしか出来ない魔力結晶の回収──。

 危険はあるが、その分報酬もでかいし、何より“他の狩人には出来ないことが出来る”という達成感があった。


半魚人(サハギン)って、確か(モリ)で動物を突いて生活してる種族だよな。いきなり近づいて俺たち殺されるんじゃねえの?」


「いいえ、彼らは基本的に穏やかな種族です。あっ、でも──」


「でも?」


「……男性に対して、多少攻撃的かもしれません」


「マジかよ……」


 思わず天を仰いだ。

 そういえば、生物学の本に書いてあった。サハギンは人魚(マーメイド)を守るために存在している──と。


「ちなみに、奴らが守る人魚(マーメイド)はまだ存在してるのか?」


「数はかなり減っておりますが、一応……。ただ、デュルグ湖周辺にはおりません」


 頼みのマーメイドはいない。男に攻撃的なサハギンの群れに突っ込むのは、どう考えても危険だ。


(……いや、待てよ)


 俺は肩の上に乗るセーニャを見る。


「なあセーニャ。お前、一瞬だけ元の姿に戻れたよな? その……色仕掛けとかでサハギンの警戒を──」


『はああああ!?』


 セーニャの漆黒の羽が逆立つ。


『誰がそんなことするのよ! そもそも魔力が足りないから無理に決まってるでしょ!』


「ちょ、ちょっと言ってみただけだって!」


 魔女だった頃にサハギンとのトラウマでもあるのだろうか。やけにいつもより激しく俺の頭を突いてきた。

 ちょっと言ってみただけなのに、ツッコミが厳しい。


 受付嬢が苦笑しながら口を挟む。


「……と、とにかく、サハギンは男性に対して攻撃的ですので、十分な準備をして向かってくださいね」


「……はい」


 セーニャに突かれたせいで髪の毛はボサボサ、頭がガンガンしてまだ熱い。


(もう二度と色仕掛けの話はしない……)

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― 新着の感想 ―
結構ショウ不憫すぎるww セーニャの突っ込みが痛いw そろそろティルちゃんの活躍楽しみにしてますv
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