第1話 無価値と呼ばれた少年
「マイデン家のショウ君には魔力がないんですって」
囁きは、貴族街の石畳を渡り歩く風のように広がっていった。
由緒正しきマイデン家に生まれながら、魔力を持たぬ子ども──それは惑星ヴァルグレイヴにおいて“無価値”と断じられる存在だった。
二千年前、隕石の衝突で母なる大地を失った人類は、新たなる惑星へ移住し、精霊の力を借りて魔力を操ることでここまで生き延びてきた。
魔力は生まれつき備わっており、呼吸のように当たり前のもの。それを持たぬ者は、神に見捨てられたただの欠陥品に過ぎない。
マイデン家の外庭では、同じ年頃の子ども達が魔力遊びに興じていた。
火花を散らす者、水の玉を飛ばす者、風を操って帽子を飛ばす者──魔力は遊び道具であり、誇りでもあった。
「ほら、ショウもやってみろよ!」
無邪気な声に誘われ、彼は小さな手を差し出す。だが、何も起こらない。
沈黙の後、子ども達は顔を見合わせ、くすくすと笑い始めた。
「やっぱり“無価値”だ!」
「魔力なしごっこだ! ショウの真似!」
「うええん、ぼくは魔力がないんです。だから、魔力を食べないと生きていけないんです!」
「わあ、それって魔物って言うんだよ! ママが言ってた。寄生しないと生きていけないやつ」
彼らは悪意なく、遊びの延長として彼を笑った。だが幼いショウには、その笑いが胸を刺す鋭い刃のように感じられた。
唇をぎりっと噛み締め、彼は父のもとへ走り去る。
(このままでは、ショウが研究所送りにされてしまう……)
魔力を持たぬ人間を解剖し、魔力結晶へと変えるか、魔物へと堕とすか、人の尊厳を踏みにじる場所と言われている。
研究所送りにされて戻ってきた人間は一人もいない。
子ども達の残酷で無邪気な仕打ちを遠目から見守っていた当主のグレンは、大切な息子を研究所へ送ることだけは避けたいと願っていた。しかし、貴族社会の圧力は日ごと強まっていく。無価値の存在をいつまで家に置いておくのか、と。
「何とかしなければ……」
こんこん、と規則正しいノックの音。
五歳となったばかりの息子が、恭しく頭を下げて入ってきた。聡いこの子は、自分の運命を理解しているようだった。
「父上、お呼びでしょうか?」
その小さな声を聞いた瞬間、グレンの胸は締め付けられた。
幼い息子が一歩歩を進めた途端、堪えていたものが崩れ落ちるように小さな肩を抱き寄せた。
「……すまない、ショウ」
「父上……?」
「儂は、愚かだ。大切な息子一人、守れぬとは……」
震える声に、ショウは思わず目を伏せた。
幼いながらも、父がどれほど追い詰められているかを悟ってしまう。
理解してしまうことが、胸に痛かった。
「このままここに居れば……お前は研究所に送られてしまう。だから──逃げて、生きてくれ」
グレンの手が、そっとショウの首にスカーフを巻く。その仕草は、まるで最後の贈り物を渡すように慎重で、優しくて、残酷だった。
小さなポケットには入るだけの金貨が押し込まれる。
部屋の隅では、隻腕の大男アルフレッドが壁にもたれ、親子の抱擁を黙って見守っていた。
無言だが、その眼差しには覚悟と哀しみが宿っている。
「……そろそろ出るぞ」
低く無機質な声。だが、その腕は他の誰よりも信頼されている有名なフリーランスの傭兵だ。
「頼む、アル。ショウを一人前の剣士にしてやってくれ」
本来彼は個別での依頼を受けないのだが、余程深い関係があるのだろう。嫌がる素振りもなく頷いた。
「お前とは旧知の仲だ。子どもの面倒をうまく見られる保証はない。だが──研究所からは、必ず守る」
「……有難い」
グレンは息子の肩に手を置き、最後の言葉を絞り出す。
「いいか、ショウ。今日から……マイデンを名乗ってはならん。お前は……ただの、ショウだ」
家からの剥奪。幼きショウにも、その意味は理解できた。
魔力を持たない自分は、このままマイデン家に属していても研究所送りになるのを待つだけ。
愛する父から突きつけられた事実に、唇をきつく噛み締める。
だがその瞳には、涙ではなく決意が宿っていた。
剥奪されたマイデンの名。
しかし、それをこれから誇りに変えるのだ。
「……行くぞ。追っ手がくる」
「はい。父上、僕を育てて下さって……ありがとうございました」
そして、幼い声でありながら、確かな誓いを口にする。
「僕は……父の名を汚さない剣士になります。魔力がなくても、必ず強くなってみせます!」
アルフレッドから顔を隠すフードを受け取り、簡単な旅支度を終えて馬に跨る。
闇夜に紛れての移動。それは、ショウにとって逃亡に近いものだった。勿論、見送る者もいない。
ただ冷たい風が吹き抜ける中──少年は背筋を伸ばし、前だけを見据えた。
その旅路は決して孤独ではない。
マイデン家を穢さないという誇りを胸に、無価値と蔑まれた少年の物語が始まる。




