花束を食む
洋菓子職人の野原 咲良は自宅マンションで飴細工を作っている。
薔薇の花の飴細工。
テーブルの上に置いた小さな薔薇の花をモデルにしている。
十六才から趣味で始めたお菓子作り。趣味でやっていた時期も含めると咲良のキャリアは八年になる。
そんな咲良にとって、テーブル上の薔薇そっくりに飴を生成することなど造作もない。サイズさえもモデルと変わらない一口大の薔薇の飴。
電子レンジで加熱され、軟らかくなった飴。
食紅で深紅に染まった飴。
爪楊枝、スプーン、そして指によって咲良は薔薇の花を作り続ける。素人たちは「飴の硬化がタイムリミット! 時間が最大の敵!」と騒いでいるが、プロの咲良にとっては時間が余るほど簡単な作業。
咲良は飴の薔薇を十個完成させた。既に最初に作った薔薇は硬化している。
その出来栄えに、モデルにした薔薇と遜色ない美しさに咲良は満足した。
一つ摘み、口に放り込む。
非常に薄い花びら。
非常に鋭利な花びら。
舌で転がして味を楽しむ飴ではない。
咲良は歯で噛み砕く。
カシャリとした繊細な感触、その直後に口に広がる甘みを楽しんだ。
鼻歌を歌いながら、職場から拝借してきたケーキ用の小さな箱に九個の飴を収める。円形に。
最後に円のセンターへモデルにした薔薇の花を置く。
飴の薔薇の花束。
「アハハハハハ」
箱を冷蔵庫に入れ、咲良は笑った。
明日、この箱を貴男にプレゼントしよう。
常連客だった貴男に。
まだ私を騙せてるつもりの貴男に。
――「独身」だと。
貴男、明日は十回目の結婚記念日らしいね。
あのセンターの飴を噛み砕くのはどっちかな?
貴男かな? 顔も知らない奥さんかな?
あの――、モデルにしたガラス細工の薔薇の花を。
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