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カヌーン魔導王国

他国ならうまくいったかもしれない話

作者: 章槻雅希

「いいか、結婚したからといって俺に愛されるとは思うなよ!」


 婚約して3度目のお茶会でそう言ったのはニーニスト侯爵家の一応三男になるのかしら、ヴェリ・ウンタモ様。わたくしはヴィーッポラ侯爵家の嫡女のマリカ・アーヴァと申します。


 我が国は原則長子相続・継承なので、男女問わず長子が爵位を継ぎます。他国ですと、男子にしか相続権がないなんてこともございます。そうなると入り婿を迎え婿が爵位を継ぐなんてことも御座いますわね。しかしながら我が国は男女同じ権利を有しますので、次期ヴィーッポラ侯爵はわたくしです。


 なお、態々長子相続・継承としましたのは、我が国ではちょっと特殊な相続の仕方をしていたからですわ。


 他国では継承=相続であるようで、入り婿が爵位を継いだら財産も入り婿のものだそうですの。ですが我が国では、入り婿は爵位を名乗るのみ。それ以外の通常の相続で与えられる権利はその家の直系である妻に権利があります。爵位を名乗るのは夫、その家の当主は妻、というのが長子相続・継承が定められる以前の我が国の決まりでした。


 ですので、わたくしの夫になる予定のヴェリ卿がこんなお馬鹿さんでも、まぁ、許容範囲ですわね。ヴェリ卿とは血が遠いので、それで選んだ婿ですし。


 それから、何故3回目のお茶会でヴェリ卿がこんな発言をしたか。簡単ですわ。今日が二人きりでは初めてのお茶会ですから。初回は両家両親が揃っておりましたし、2回目はわたくしの両親も同席しておりましたからね。流石に親の前では言えなかったのでしょう。


「政略で結ばれたご縁ですもの。恋愛感情が芽生えるかはこれから次第ではございませんこと?」


 貴族に恋愛結婚などほぼ有り得ませんわね。恋愛感情が芽生えた相手が家柄も格式も政治的にも問題なく利益のある相手となる確率なんて砂時計の砂から1粒の特別を探すようなもの。流石に砂漠から見つけるよりは確率は高いでしょうけれど、ほぼ無理でございましょう。ですから、貴族の夫婦はビジネスパートナーであることを前提に、家族としての信頼、出来れば情愛を育むのですわ。


「そうじゃねーよ! 俺がお前を愛することはねぇっつってんだ!」


 あら、随分乱暴なお言葉遣いだこと。まるで平民の破落戸ですわね。伝統と格式のあるニーニスト侯爵家の一応三男には相応しくないものです。まぁ、ご養子ですし、仕方がないのかしら。でも、婿入りまでには最低限侯爵家に相応しい立ち居振る舞いと言葉遣いを身に付けていただかなくてはね。


「俺には恋人がいるんだ! 真実の愛で結ばれた、オーナ・テルヒッキがな!」


 ヴェリ卿から飛び出したのは我が国の高位貴族からは久しく聞くことのなかった言葉『真実の愛』。まぁ、まぁ、まぁ! なんて愚かな。


 そのお相手はレクネン男爵家のオーナ・テルヒッキ様ですか。そういえば魔導学院ではお二人は同級生だったような。そこで出会って愛を育んだと、そういうことでしたか。


「貴様と結婚はしてやる。だが、貴様はお飾りの妻だ。俺が侯爵になるためのな! 貴様は領地に押し込んで、オーナが俺の本当の妻になって、跡取りを産むんだ!」


 まぁ……ツッコミどころ満載ですわ。何処から反論しようかしら。いえ、反論するのも面倒ですわねぇ……。でも、滅多にない案件ですから、ちょっとくらい楽しんで…いえ、後学のためにお付き合いしてもよろしいかもしれませんわね。


「貴様には子どもが出来なかったから、俺が第二夫人を娶って後継者を作る。誰からも文句言われねぇ完璧な策だぜ!」


 後学のためにはならないかもしれませんわ。お馬鹿さんでしたわねぇ……。


「その計画はオーナ様はご存じですの? 賛成なさっておられるのかしら」


 まさか、ねぇ。オーナ様は下位貴族の中では中々優秀な方だったはず。ただ、惚れっぽくて恋をすると周りが見えなくなる方で、男性の趣味が悪いということでも知られてますけれど。


「オーナは健気だからな! ただの愛人でいいって言ってんだ。お前に申し訳ねぇって。だから、お前が跡取りを生んだ後、小さな家でも買ってもらって、愛人として承認してもらえればいいってな」


 ああ、やっぱりオーナ様はちゃんと真面ですわね。ちゃんとこの国の貴族として弁えておいでだわ。


 一つ一つわたくしがご説明すべきかしら。でも、面倒ですわね……。


 ちらりと控えているパーラーメイドを見ると、ハンドサインを送ってきましたわ。ああ、もう連絡済みなのね。ではもうすぐいらっしゃいますわね、王国特殊法監督局の取締官たちが。


 でも、なぜヴェリ卿はこんなにも理解していないのかしら? ああ、そういえば、ヴェリ卿は婿出し要員として侯爵夫人の御実家から2年前に養子として迎えられた方だったわ。夫人のご出身は海を越えた異国。我が国とは全く常識の異なる国でしたわね。夫人もこちらに嫁がれたときには苦労なさったと聞いております。


 我が国は高位貴族に貴賤結婚が認められていないこともあって、直系の血が濃くなりすぎることが懸念されましたの。ですから、嫡子の配偶者を他国から求めることが増えてきました。夫人と侯爵は貴族には珍しい恋愛結婚ということに表向きはなっておりますけれど。その夫人の縁故で数名の養子を取り、他国の血を混ぜることで血が濃くなりすぎるのを防ぐのですわ。そういった、他国との血を混ぜるためのお家が、侯爵家と伯爵家に数件ございまして、3~4代に1度位の間隔で国際結婚が為されるのですわ。


 我が家も中々に血が濃くなりすぎたので、ニーニスト侯爵家から婿を迎えることになったのですが、当初予定していた方が3年前の流行り病で亡くなられて、慌ててその代わりとして迎え入れられたのがヴェリ卿でした。通常は幼いころから養子として我が国の常識を叩きこむのですけれど、わたくしと歳の合う殿方ということで、王立魔導学院入学直前の年齢の方を急遽お迎えしたそうです。我が国の教育が不十分でしたのねぇ。


「ニーニスト侯爵家養子ヴェリ・ウンタモ殿。王国特殊法違反のため、拘束します」


 やがて現れた王国特殊法監督局の取締官によって、ヴェリ卿は拘束されました。逮捕ではないのは、異国出身の養子で、まだ我が国に来て2年であることが理由です。まだ、特殊法を理解していないのも無理はないということでしょう。


 高位貴族ですから、2年もあったのに理解していないのは問題だと思うのですけれど。でも、あまり厳しく処罰して、他国からの養子が来なくなってはこちらも困りますからね。ある程度は酌量するしかございませんでしょうね。






-*-*-*-*-*-*-*-*-*-






「ヴェリ・ウンタモ殿。貴方はいくつかの特殊法違反を犯しています。まず我が国では後継者夫婦に白い結婚は認められていません。後継者夫婦の最大の役目は血を繋ぐことです」


 特殊法監督局の取締官は取り調べ室でヴェリに説明する。王立魔導学院に2年通っていたのだから理解していて当然なのだが、15年培ってきた母国での常識を書き換えるのは容易ではないだろうと、情状酌量すべきかの判断も兼ねて、説明をしているのだ。


「あの女が不妊だから、次期侯爵の俺が血を繋ぐために第二夫人を娶るんだ」


 何も理解していないヴェリは己の都合のいい捏造を主張する。


「まず、次期ヴィーッポラ侯爵はマリカ嬢です。我が国は長子相続ですし、女性にも継承権があります。その家の直系であることが何よりも重視されるので、入り婿が爵位を継ぐことはありません」


「次に、我が国は婚約が結ばれる前に不妊検査が行われます。これは主神の妻である出産の神ウィラーダ様の神具で判定されるので間違いはありません。マリカ嬢、ヴェリ卿ともに子を生す能力に問題はありませんでした。ですので、万一にもお二人に子が出来なかった場合は離縁となり、貴方はヴィーッポラ侯爵家を出て行き、マリカ嬢が新たな夫を得て侯爵家を存続させることになります」


 取締官たちは冷静にヴェリの主張を潰す。これらはこの国では当たり前のことだ。


「貴方はマリカ嬢に白い結婚を突きつけようとした。これは明確な特殊法違反です。更にヴィーッポラ侯爵家の血を一滴も持たぬ者を後継者にしようと画策した。これもお家乗っ取りということで明確な特殊法違反です。通常ですと、マリカ嬢への慰謝料の支払いと違反の罰則として数年の強制労働所送りとなるところですが、貴方は元々異国の育ちですし、慰謝料支払いの後は母国への強制送還となります」


 なお、慰謝料は十分にヴェリを教育できなかったとしてニーニスト侯爵が支払うこととなったので、ヴェリはそのまま母国へと送還されることになった。尤も養子に出した息子が生家に戻ったとして、そこで喜んで受け入れられるかは疑問であるが。そこはそれぞれの家庭の事情であり、ヴェリの生家とニーニスト侯爵家で話し合うことである。ヴィーッポラ侯爵家も王国特殊法監督局も関知するところではない。






-*-*-*-*-*-*-*-*-*-






 ヴェリ卿は生国へと強制送還されたそうです。婚約破棄に伴う慰謝料はニーニスト侯爵家から支払われました。


 また、婿探しですわねぇ。まぁ、種馬としての役割しか求めませんから、血の遠い伯爵家あたりから探しても問題ありませんでしょう。法衣貴族の伯爵家であれば数代前まで平民ということもございますしね。


 ああ、そうそう。ヴェリ卿の真実の愛のお相手だったオーナ様ですが、ヴェリ卿の勘違いを正せなかったとお詫びに参られましたわ。オーナ様も我が国ではこうなのだと色々とご説明なさったようですが、ヴェリ卿は思い込みの激しい方でしたから、全てオーナ様がわたくしに遠慮して言っていると勘違いなさったようです。人の話を確りと聞かない方だったから、オーナ様もご苦労なさったでしょうね。


 なお、オーナ様は自分が駄目男好きと漸く自覚なさったようで、これからは仕事に生きると決意なさいました。今は王国特殊法管理局に入局することを目指して勉学に励んでおられますわ。


 その後のヴェリ卿ですか? さあ、海を越えた他国にいらっしゃる方のことまでは解りかねます。


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バカボンの主張が通るなら簡単にお家乗っ取りが出来てしまうので、特殊法で縛るものではなくどの国でも通常の相続権の法律で禁止されている気も。 バカボンがホントに馬鹿で阿呆の無能だったでいいような。 あと…
他所でも乗っ取りは絶許ですがこの国は特にそれが大地雷だから即退場にもなりますね。 前の国家の王家がその手のアレな事コンプリートしてクーデター起こされてるんだよなあ。
どこの国でも貴族の仕事は血を繋ぐことなので、子供作らない男はいらないですよね…。 王、天皇、皇帝、大王、すべからく初代の次のすることは子どもをたくさん作り、跡取りとその予備は最低確保できると安心、婿嫁…
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