花の妖精
【11】忠誠の 以降、第一部よりも前の年代設定で書いた短編です。
イベントのテーマ『妖精』で書きました。
また、900文字縛りにしましたが、書けなかった内容の補足として、沙稀→十七歳、恭良→十五歳の設定です。
※第一部開始時点では、沙稀→二十一歳、恭良→十九歳
【ジャンル】恋愛
【タグ】妖精 密かな想い 両片想い 姫 護衛 剣士 異世界ファンタジー
一目見て、描かれたものに釘付けになった。
姫を昼食に呼びに来たのに、緊急用の塔の最上部に着いてつい、足が止まる。
濃淡と赤みと青みの入り混ざる紫が広がり、春の陽を思わせる煌めきが舞うキャンバス。
思わず息を呑み、感嘆がもれる。
「美しいです。……春の中庭、ですね」
いつからか姫は、ここでこっそりと絵を描いている。それを城内で知っているのは、護衛の彼だけで──キャンバスに向かい合っていた姫、恭良が振り向き笑む。
「沙稀!」
沙稀と呼ばれた護衛の剣士は、一度姫に礼をし、キャンバスを見つめながら歩を進めた。
「力強さと繊細さで、風と生命の息吹を感じられます。まるで……目の前に、いいえ、中庭そのものに……いるような『時』の流れを感じます」
ゆるく束ねられた腰まである長いリラの髪が、止まった足に遅れて停止する。
魅了されているかのような彼の言葉を受け、姫は照れたような笑みに変わった。
「いつも沙稀が言葉にしてくれるのが……うれしい……」
姫は理解しているのだ。キャンバスには他人からすれば花も葉も、光も理解不能だと。
確かにキャンバスの上にあるものは実に抽象的で、それこそ『色』が散らばっているとしか素人には見えない。──だからこそ、姫は人目につかない場所でわざわざ絵を描いている。
姫は肩までのクロッカスの髪を揺らし、上品に筆とパレットを置く。どうやら、護衛が昼食の知らせに来たと伝わっているらしい。
「これから、何を描き足すおつもりですか?」
一瞬目を丸くした姫は、恥ずかしそうに笑った。
「そこまで沙稀はわかるのね」
「そういう構図でしたから」
姫が歩き出し、護衛も来た方へと歩き出す。
そうして、『花の妖精』と姫は楽しげに話した。
何ヶ月かが経ち、完成したと姫が言った。
キャンバスを前にした沙稀はまた魅了されたように釘付けになり、けれど、いつになく視線を逸らす。
「あの……勘違いでしたら、大変申し訳ないのですが……」
「うん?」
頬に赤みを増した護衛に対し、姫は満足そうに微笑む。
「恭姫。その……どうして俺が描かれているのですか?」
「やっぱり、沙稀にはわかるのね」
そういう姫もまた、頬を赤くした──が、俯く沙稀には気づけないことだった。
絵画が完成した日は五月十三日(沙稀の誕生日=沙稀→十八歳)設定です。
※『花の妖精』として恭良がどうして対象者をそう表したのかは、第二部で伝わればいいなと思いつつ……恭良が『描いた日』は、第一部【11】忠誠の(2) のシーンにある日です。




