晴れた空、雨が降る
第一部【12】疑心 にて登場するサブキャラ、充忠を主体とした一人称。
第二部【前半】 還【52】以降の話となっています。
「手紙」というお題で『いつまでも、親友や大切な人とは、心の中で話せる』と書いた短編です。
原文は本編でした。改稿の際に本編では削除となった話を、短編用に変えたもの……でしたが、今回の改稿で少し使用したと思います。
【ジャンル】その他文芸
【タグ】男性主人公、友情、シリアス、親友
忒畝、お前の言葉の多くが、今でも俺の心の中に残っている。
花は散った。
あんなに咲き乱れていたのに、今となってはその面影すらない。
花を咲かせていた木々はとてもきれいだった。けれど、こんなにも変わるものなのか。
この年になって、ようやく俺はそう思ったんだ。
そういえば、この時期だ。
お前が物寂しそうだったのは。あのときのお前は、こんな感情を抱いていたのか?
父親の死を受け入れられないで、無理に受け入れようとして。
苦しくて辛くて、悲しかったのに、風景までもがさみしくて。
まるで、ひとりでぽつんといるような錯覚にでも陥っていたのか?
花々が散ったあの日。俺は、窓の前で景色を眺めているお前を見かけた。
あれは、生前の悠畝前君主がよく眺めていた窓だったな。
”どうしたんだよ”俺はなにげなく声をかけた。
すると、お前は無言のまま振り向いた。あのときのお前は、今にも瞳を涙で埋めてしまいそうで、俺は言葉を詰まらせたよ。
”父親の葬儀の前も後も泣かずに、取り乱しもしなかったこの男が”って。
”こんな忒畝だと気づいていたなら、きっと俺は声なんかかけなかったのに”って後悔もしたさ。
お前はそんな俺から一度、目をそらしてさ。俺の気持ちを見抜いているみたいに苦笑いを浮かべた。
すこしの間を笑いで埋めたら、俺を見てこう言ったな。
”どうかしてるように、見えたの?”
敢えて、こう言っただろ。
わかっていたはずだ、俺の気持ちなんか。
手に取るくらいに。
俺は言葉を探すのに、時間が必要だった。
”いや。ただ……無理すんなよ、なんて言葉。俺は今更言えねぇよ”
無理しないと、この場にいられない。そんな奴だ、お前は。そんなのはわかっていた。
誰かに気を許して甘えるような奴じゃない。
こいつは。言えるわけがない。
そう、思っていた。それなのに。
”そうだね”
それなのに、お前はまた苦笑いをして。
涙をためそうなまま、言ったんだ。
”ありがとう。大丈夫だよ”
”どうもしてない”
今度は静かにうなずいて。
いつも通りに笑ってみせた。
そして、その場にひとり俺を置いて。お前は長い廊下を歩いていったな。
お前の表情を忘れられない俺を、ひとり残して。
お前の父、悠畝前君主は、あたたかい春を迎えたころに亡くなられた。
春のお生まれだったからか、春の温かい雰囲気がとても似合う人だった。
おだやかであたたかくて……実に和やかな、やわらかい人。やさしく笑う笑顔は、俺には儚いものに映っていた。
でも、忒畝にはそうは映っていなかったのかもしれないな。
”強い人で憧れそのものだ”と、よく言っていたのを覚えているよ。
悠畝前君主が亡くなられてからも、忒畝、お前は気丈だった。弱音のひとつも吐かないで、涙のひとつも落とさなかった。
何ひとつ変わらないお前に、俺は内心、安心していたんだ。
だけど、本当は違ったんだよな。
亡くなったことを心で否定して、安定させていただけだったろ?
だから、亡くなられた日もその後も。
なにひとつ変わらずにお前はいたんだ。
どうして気づいてやれなかったんだろう。
いや、俺は見て見ぬふりをしていたんだ。
それを、あのとき。廊下でひとり残ったあのときに痛感させられた。
あれから何年か経った、花々が舞う青天の日。
お前を迎えに行ったことがあったな。
心配する俺を見て、お前はこっちの気持ちも知らないで笑った。
”晴れた日はね、父さんとの色々な思い出があったんだ”
いつもの落ち着いた、けれど高音の明るく弾む声。
心地いい風を体に受けて、お前は言った。
”だけど……もう、晴れた空が嫌いになってしまいそうだ”
ぽつりと。瞳を潤ませて、今にも消えてしまいそうに。
”いっそのこと、雨が降ってくれればいいのに。僕が涙を落とさないでいられるように”
あのときの俺は、お前に何を言った?
今、雨が降っているよ。
忒畝、これでお前は満足か。
今、お前は満足か。




