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「女神回収プログラム」短編集  作者: 呂兎来 弥欷助
第二部【前半】 再認と期待【9】~【16】くらいの設定での話

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23/27

○○として①

 馨民カミンの結婚式前後の話です。


 メインは酉惟ユイ


 他、登場人物は、釈来シャクナ馨民カミン忒畝トクセ


 全2話です。

 ピリピリとした空気を肌で感じ、酉惟ユイは書類から目を離した。

 視線を向けた先は──ふとしたときに、自然と眺めてしまう人だ。もうこんな時間をどれだけ過ごしてきたか、わからない。


 赤味がかる茶色の──小豆色の、癖の強いウェーブの髪。昔は長かったのに、いつだったかバッサリと肩ほどまで切って。


 あれ以来、釈来シャクナは髪を伸ばそうとはしていない。理由は──と、酉惟ユイは過去に引きずられそうになった。


『わかる』なんて、言ってはいけないと我に返り、現在に意識を留める。


 こうして助手になって二十年が経った。

『わかる』と言っても許されるのは──何だか釈来シャクナがイライラしている、ということくらいだ。


 ──忙しいのかな。


 どんなに釈来シャクナがイライラしていようが、怖いとはまったく思わない。むしろ、逆だ。

 釈来シャクナは昔から気負いすぎる。だから、心配するだけだ。


釈来シャクナさん、よければ手伝えることはありますか?」

 酉惟ユイはその場のまま声をかける。

「これ適当に分けておいてくれる?」

「はい」

『適当に』そんなぼんやりした指示を、酉惟ユイは的確な指示かのように了承する。


 実に淡々とした──互いに、いかにも『業務的』な口調だった。

 昔は──それこそ釈来シャクナの髪が長かったころは、もっと──。


 酉惟ユイの耳に雑音が──砂嵐のように、入ってきた。

 周囲がざわめいている。ヒソヒソと入ってきた言葉は、釈来シャクナの『適当』という指示についてだ。


 これにはため息を吐く。

 釈来シャクナは自らの指示が不明確なことで起きた()()に、苦言を呈するほどちいさい器ではない。


 ──そんなことすら、理解している輩がこの研究室にはいないのか。


 酉惟ユイはだんまりで書類を手際よく分けていく。

 釈来シャクナの手順を考え、並び替えも行う。

 酉惟ユイにとって、釈来シャクナのそばにいるとは、こういうことだ。


 書類の並び替えを行っていると、年齢が半分ほどの新人が近寄ってきた。


酉惟ユイさんって、釈来シャクナさんのことが好きですよね?」

「君に答えることじゃない」

 酉惟ユイにとっては特段冷たい口調でも強い口調でもなかったが、新人にとっては冷たい態度で強い口調だったのだろう。

 瞬時、固まってしまった。

 けれど、酉惟ユイは構わず──気遣いをしようと一切しない。


 そうこうしているうちに、新人はふと我を取戻したかのように背を向ける。そうして逃げるように向かったのは、上司である釈来シャクナのところ。


「あんなに怖い人と一緒に仕事できません! この職場は……環境が悪いです」

 横目で追いそうになり、酉惟ユイは目を瞑る。しかし、どうも耳が大きくなってしまったようだ。

 酉惟ユイとしては、無愛想な自覚はある。だから、己のことはどう言われようが構わない。だが、釈来シャクナを悪く言うような言い方だけは許せない。


酉惟ユイさんは、ただ……『私を恋愛対象として見ていない』なんて、ハッキリ言いにくかっただけじゃないかしら?」


 聞こえてきた釈来シャクナの返答は、酉惟ユイの思考とは別角度のもので。思わず目が開いた。


「彼は確かに人見知りなところがあるけれど、彼なりに、周囲には気遣った言動を私はしたと思っているけど。だって、私が『あなた、あの人のことが好きなんでしょ』なんて大声で言われたら、返答に困るわ」


 何てことか──と酉惟ユイが悔いたのは、釈来シャクナがにっこり笑ったからで。

 咄嗟に手元へと視界を戻し、顔の筋肉の使い方を変えまいと必死になる。


 釈来シャクナとの初対面は、記憶にない。

 物心付いたときには、もう知り合いのひとりだった。

 そのころには、酉惟ユイにはすで両親はおらず、十五歳ほども年上な人が手を引いていて──酉惟ユイはその人を姉のように慕い、身内を亡くして嘆き悲しむ釈来シャクナを遠目から見ていて。


 ──自分も、親を亡くしたときはこんなに悲しんだのかな。

 なんて──そう、そんな風に──釈来シャクナを見て、酉惟ユイは様々な感情を知ってきた。


 だけど、知っているのだ。


 釈来シャクナの揺るぎない感情は。痛くて痛くて、嫌になるほど。


 ──幸せになればいいのに。

 別の恋を早く見つけて──と釈来シャクナの幸せを思うのに、それを言えば釈来シャクナに己の価値観をただぶつけるだけになるとも思い、言葉には発しない。


 本心なのに。

 誰よりも、幸せになってほしいと願うのは。


 そう思う度に、過去を思い出し、忘れていないと刻み──でも、時折わからなくなる。


 釈来シャクナに対する懺悔は確かにあるのに。


 悠畝ヒサセに付けられたものは、楔だ。いつも酉惟ユイを戒める。


『まさか、隠して都合のいいようにそばにいよう……なんて思ってないよね?』


 思っていない、そんなこと。

 思ったことなんてない、そんなこと。


 ただ、時間が経つにつれて、そうなりそうで──ただただ、恐れているだけだ。




 そんな折りに馨民カミンから言われた一言は、青天の霹靂だった。


酉惟ユイさん、バージンロード……一緒に歩いてくれる?」

「え……」

 思わずもれた声を釈来シャクナが消すかのように、馨民カミンに続く。

「私からもお願い」

 ふいに聞こえた声に酉惟ユイが動けないでいると、釈来シャクナはいつの間にか馨民カミンのとなりに来ていた。

酉惟ユイさんが嫌でなければ」

 そう言う釈来シャクナは、意地悪だ。

 昔から──それこそ馨民カミンが生まれたときから、この職場で酉惟ユイ馨民カミンの面倒をみてきた。馨民カミンが懐いている自覚もある。

 だから、無下には断れないというのに──でも、了承できるようなお願いでもないというのに──。

 酉惟ユイは返答に迷う。

「嫌ではないですが……すみません。少し考えさせていただけますか」

 眉間にシワの寄った表情にも関わらず、馨民カミン釈来シャクナはなぜかとてもはしゃいでいた。




「誰かと思いました」

 背後からの声にドキリとした。

 目の前の墓前に眠る者の、昔の声によく似ていて。

「君主」

 振り向いて納得する。息子なら似ていて当然だと、今更ながら気づいた。

「珍しいですね。父さんも喜んでいると思います」

 ちょこんととなりに座って手を合わせる忒畝トクセを見つめる。酉惟ユイにとっては──忒畝トクセ悠畝ヒサセは似ていない。

 忒畝トクセは根っからの研究者で、悠畝ヒサセは経営者だったと言って相違なかっただろう。

 悠畝ヒサセが研究に没頭したのは、忒畝トクセが生まれる前後くらいからだった。

「それは、どうでしょうか。……俺は、嫌われていましたから」

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