二度目の恋の始まり<前編>
【3】影武者 にて沙稀と凪裟が話している内容、出来事に関する話。
ネタバレというより、本編の内容を深く知れるという話です。
本編でカットしたシーンを「手紙」というテーマのときに短編小説にしたもの。
【ジャンル】恋愛
【タグ】身分差
差し出された物に、思わずたじろぐ。
「凪裟様?」
大臣が不思議そうな顔をするので、
「あ、ありがとう」
焦って受け取り、無理に笑う。大臣は詮索せずに出ていってくれた。
ため息をつく。ある日を境に一定の間隔で届く。嫌な予感は的中し、案の定今日も届いた。視界は手元から、棚に重なった手紙へ移る。
失礼だという意識はある。他の大陸とはいえ、差出人は名家の嫡男。返事を書かないどころか、封も開けていない。
色のつく噂が絶えない人からということもあるが、意中の人がいる。振られてからも、心が追いかけてしまう。だからこそ、手紙を受け取れないと示しているのに。
どのくらい経つだろう。少なくとも一ヶ月は経過している。一方的に届く手紙に、腹が立ち始めていた。
かんたんだ。断ればいい。けれど、いざ筆を動かし始めたら怒りは止まらなさそうで。──凪裟は意を決し受話器を上げた。
コールが鳴り始め、あれこれと考える。怒り任せに電話をかけたが、直通ではない。代表番号だ。
──失礼すぎたかも。
凪裟は世界に君臨する城に従事し、姫と仲がいいと言っても所詮は一職員。身分の差があり過ぎる。
耳から受話器を離した瞬間、コールは止まった。
「はい、羅暁城でございます」
「あ」
動揺し、電話を切る。
「え? 今の声……捷羅様だ……った?」
あり得ない事態と、己の行動に混乱したが、
「折角だから、きちんと言わないと!」
急いでかけ直す。すると、すぐにつながった。
「はい、羅暁城でございます」
先ほどと寸分も変わらぬ声。凪裟は口を開く。
「あの、も、もう送って来ないで下さい!」
「凪裟さん?」
名を聞かれ、唐突に要件を言ってしまったと恥ずかしくなる。
「そ、そうです。凪裟です。あの……」
「申し訳ありませんでした」
混乱しつつも懸命に言った凪裟に対し、相手は冷静だった。侘びを言い、嘘のように潔く。
ツーツー
そう、実に潔く。電話は切られた。
機械音が耳を通る。顔を真っ赤にしていた凪裟は、ハッと我に返り、
「な……なによ~!」
と、受話器に八つ当たりをする。
この数週間。受け取る度に重なっていた罪悪感。それなのに、あっさりと。実にあっさりと捷羅はしていて。
振り回された気分になる。一言くらい言い訳をされると思っていたのに、そうではなくて。なんだったのか。
凪裟は荒く受話器を置いた。
数週後、凪裟は真っ白な封筒に書かれた差出人の名をにらんでいた。
「もう送って来ないんじゃなかったの?」
そう叫び、この間の会話を思い出す。
「あ」
『もう送らない』とは言っていない。
机の上にうな垂れウダウダした凪裟は、ふと時計を見、封筒に再び視線を注ぐ。ついに、怒りながら封を切り、読み始めた。
上がっていた眉は次第に下がり、表情が柔らかくなっていく。凪裟は、初めて捷羅を知れた気がした。
ただ、この間の潔く引く姿勢は、女性に手馴れている感覚を残す。色のつく噂が多いのも、火のないところに煙はたたないと思えば、やはりそういう人なのだろう。
けれど、この手紙に綴られた想いに偽りはないように感じた。そして、返事を書こうと思えた。今までの非礼も込めて。
そうして、その手紙は大陸を越え羅暁城へと届く。
「捷羅様」
女官長は捷羅を呼び止め、一通の手紙を差し出す。見慣れない文字に捷羅は差出人の名を確認する。そこには、思い浮かべた人の名が記されていた。
「ありがとう」
喜びの笑みは女官長に向けられ、頬が染まる。捷羅はうれしそうに封筒を抱え真っ白な壁の廊下を歩いて行き、女官長はうしろ姿を見送った。
捷羅は初めて凪裟と会った日を思い出す。あれは、この大陸に雪が降る前のこと。雪と無縁な、あたたかい大陸に君臨する研究所の祝辞に行ったとき。
父同士が友人で、幼少期から何度も会っている現君主にあいさつし、久し振りに城から出て色んな女性と話せると心躍った日。
祝辞の会場は、わずかなテーブル席が用意された立食だった。中央に料理や飲み物、それを受ける皿やグラスが置かれている。
捷羅はグラスに程よくワインを注ぎ、それを片手に女性たちと言葉を交わす。隙があれば当然誘う。一夜限りの恋だとしても。実際、そういう関係を持った女性も複数いて、笑顔で会話する。
だが、あいさつだけで終わる。一夜限りの恋に、さほど興味がない。そろそろ二十四歳。永遠に愛を捧げられる人を探していた。傍から見れば無節操だが、それだけ必死。どんな噂がどれだけ立とうとも、彼は本心を見透かされないように、上品な笑顔を浮かべてはヘラヘラと受け流す。
そんな彼が惹かれたうしろ姿は、クロッカスの長い髪。会場で数人しか見ない、高貴な血を継ぐ者の象徴。横顔が一瞬だけ見え、人ごみに消えた。
すぐに追ったが、見失ってしまう。
──残念だ。
と、諦めないのがこの男。見知っている姫に、同じ色の髪を持つ姫がいると思い出す。その姫は、最高位の姫。
運は彼に味方したのか。彼が苦手な、姫の護衛が見当たらない。ただひとり、姫は大人しく座ってチョコレートケーキを口にしている。
これは好機だと捷羅はワイングラスをもうひとつ持つ。
「お久し振りです。恭良様」
声に反応して上がった顔は、控え目な笑顔だ。クロッカスの瞳をかわいらしく開け、飲食中を恥じるように微笑む。フォークを置き、軽く会釈をする可憐な姿はマネキンのように白く、細い。
捷羅は白いレースのかかる淡いピンクの丸テーブルの上にグラスを置き、ひざまずく。恭良を見つめ、右手を姫に伸ばした瞬間──。
「本当に、お久し振りです。捷羅様」




