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「女神回収プログラム」短編集  作者: 呂兎来 弥欷助
第一部 伝説と伝承【1】~【11】までに登場する人物の話

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二度目の恋の始まり<前編>

【3】影武者 にて沙稀(イサキ)凪裟(ナギサ)が話している内容、出来事に関する話。

ネタバレというより、本編の内容を深く知れるという話です。


本編でカットしたシーンを「手紙」というテーマのときに短編小説にしたもの。


【ジャンル】恋愛

【タグ】身分差

 差し出された物に、思わずたじろぐ。

凪裟(ナギサ)様?」

 大臣が不思議そうな顔をするので、

「あ、ありがとう」

 焦って受け取り、無理に笑う。大臣は詮索せずに出ていってくれた。


 ため息をつく。ある日を境に一定の間隔で届く。嫌な予感は的中し、案の定今日も届いた。視界は手元から、棚に重なった手紙へ移る。

 失礼だという意識はある。他の大陸とはいえ、差出人は名家の嫡男。返事を書かないどころか、封も開けていない。

 色のつく噂が絶えない人からということもあるが、意中の人がいる。振られてからも、心が追いかけてしまう。だからこそ、手紙を受け取れないと示しているのに。

 どのくらい経つだろう。少なくとも一ヶ月は経過している。一方的に届く手紙に、腹が立ち始めていた。


 かんたんだ。断ればいい。けれど、いざ筆を動かし始めたら怒りは止まらなさそうで。──凪裟(ナギサ)は意を決し受話器を上げた。


 コールが鳴り始め、あれこれと考える。怒り任せに電話をかけたが、直通ではない。代表番号だ。


 ──失礼すぎたかも。

 凪裟(ナギサ)は世界に君臨する城に従事し、姫と仲がいいと言っても所詮は一職員。身分の差があり過ぎる。

 耳から受話器を離した瞬間、コールは止まった。

「はい、羅暁(ラトキ)城でございます」

「あ」

 動揺し、電話を切る。

「え? 今の声……捷羅(ショウラ)様だ……った?」

 あり得ない事態と、己の行動に混乱したが、

「折角だから、きちんと言わないと!」

 急いでかけ直す。すると、すぐにつながった。

「はい、羅暁(ラトキ)城でございます」

 先ほどと寸分も変わらぬ声。凪裟(ナギサ)は口を開く。

「あの、も、もう送って来ないで下さい!」

凪裟(ナギサ)さん?」

 名を聞かれ、唐突に要件を言ってしまったと恥ずかしくなる。

「そ、そうです。凪裟(ナギサ)です。あの……」

「申し訳ありませんでした」

 混乱しつつも懸命に言った凪裟(ナギサ)に対し、相手は冷静だった。侘びを言い、嘘のように潔く。


 ツーツー

 そう、実に潔く。電話は切られた。


 機械音が耳を通る。顔を真っ赤にしていた凪裟(ナギサ)は、ハッと我に返り、

「な……なによ~!」

 と、受話器に八つ当たりをする。

 この数週間。受け取る度に重なっていた罪悪感。それなのに、あっさりと。実にあっさりと捷羅(ショウラ)はしていて。

 振り回された気分になる。一言くらい言い訳をされると思っていたのに、そうではなくて。なんだったのか。

 凪裟(ナギサ)は荒く受話器を置いた。



 数週後、凪裟(ナギサ)は真っ白な封筒に書かれた差出人の名をにらんでいた。

「もう送って来ないんじゃなかったの?」

 そう叫び、この間の会話を思い出す。

「あ」

『もう送らない』とは言っていない。

 机の上にうな垂れウダウダした凪裟(ナギサ)は、ふと時計を見、封筒に再び視線を注ぐ。ついに、怒りながら封を切り、読み始めた。

 上がっていた眉は次第に下がり、表情が柔らかくなっていく。凪裟(ナギサ)は、初めて捷羅(ショウラ)を知れた気がした。

 ただ、この間の潔く引く姿勢は、女性に手馴れている感覚を残す。色のつく噂が多いのも、火のないところに煙はたたないと思えば、やはりそういう人なのだろう。

 けれど、この手紙に綴られた想いに偽りはないように感じた。そして、返事を書こうと思えた。今までの非礼も込めて。




 そうして、その手紙は大陸を越え羅暁(ラトキ)城へと届く。


捷羅(ショウラ)様」

 女官長は捷羅(ショウラ)を呼び止め、一通の手紙を差し出す。見慣れない文字に捷羅(ショウラ)は差出人の名を確認する。そこには、思い浮かべた人の名が記されていた。

「ありがとう」

 喜びの笑みは女官長に向けられ、頬が染まる。捷羅(ショウラ)はうれしそうに封筒を抱え真っ白な壁の廊下を歩いて行き、女官長はうしろ姿を見送った。


 捷羅(ショウラ)は初めて凪裟(ナギサ)と会った日を思い出す。あれは、この大陸に雪が降る前のこと。雪と無縁な、あたたかい大陸に君臨する研究所の祝辞に行ったとき。

 父同士が友人で、幼少期から何度も会っている現君主にあいさつし、久し振りに城から出て色んな女性と話せると心躍った日。

 祝辞の会場は、わずかなテーブル席が用意された立食だった。中央に料理や飲み物、それを受ける皿やグラスが置かれている。

 捷羅(ショウラ)はグラスに程よくワインを注ぎ、それを片手に女性たちと言葉を交わす。隙があれば当然誘う。一夜限りの恋だとしても。実際、そういう関係を持った女性も複数いて、笑顔で会話する。

 だが、あいさつだけで終わる。一夜限りの恋に、さほど興味がない。そろそろ二十四歳。永遠に愛を捧げられる人を探していた。傍から見れば無節操だが、それだけ必死。どんな噂がどれだけ立とうとも、彼は本心を見透かされないように、上品な笑顔を浮かべてはヘラヘラと受け流す。

 そんな彼が惹かれたうしろ姿は、クロッカスの長い髪。会場で数人しか見ない、高貴な血を継ぐ者の象徴。横顔が一瞬だけ見え、人ごみに消えた。

 すぐに追ったが、見失ってしまう。

 ──残念だ。

 と、諦めないのがこの男。見知っている姫に、同じ色の髪を持つ姫がいると思い出す。その姫は、最高位の姫。

 運は彼に味方したのか。彼が苦手な、姫の護衛が見当たらない。ただひとり、姫は大人しく座ってチョコレートケーキを口にしている。

 これは好機だと捷羅(ショウラ)はワイングラスをもうひとつ持つ。


「お久し振りです。恭良(ユキヅキ)様」

 声に反応して上がった顔は、控え目な笑顔だ。クロッカスの瞳をかわいらしく開け、飲食中を恥じるように微笑む。フォークを置き、軽く会釈をする可憐な姿はマネキンのように白く、細い。

 捷羅(ショウラ)は白いレースのかかる淡いピンクの丸テーブルの上にグラスを置き、ひざまずく。恭良(ユキヅキ)を見つめ、右手を姫に伸ばした瞬間──。

「本当に、お久し振りです。捷羅(ショウラ)様」

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