桜色の雪① 二回目のクリスマス
『桜色の雪』は充忠の一人称です。
本編で書けなかった養母、望緑との話。
(充忠は三歳の時に望緑に施設から引き取られています)
全4話です。
覚えているのは白い息。
雲のような。
それと、雑音に聞こえる賑やかすぎる人々の声や足音。
流れるのは煌びやかな音楽。
「お家に帰ったら、ケーキ食べようね」
寒さも雑踏も、忘れてしまうくらいの弾んだ声とやわらかな笑顔。
「うん!」
俺の世界は、彼女だけでできていた。
あれは、五歳の冬。
今にも雪が降りそうなくらいに寒くて、窓にはちいさな水滴がたくさん付いていた。
曇った硝子越しに、外の景色をなぜか必死に見ようとしていたのを覚えている。
ふと降ってきた、やさしく弾む声。
「ほら、お帽子被って行こう」
振り向くと、楽しそうに笑う彼女がいた。
当時の俺には当たり前で。でも、彼女のやさしい笑みを見ると安心して──そうだ、あのときはまだ、あの幸せを『当たり前』だと思っていた。
「寒くない?」
耳に触れた指があたたかくて、うれしくて。
出かける準備を終え、マフラーと厚手の上着を着ていた俺はいささか暑いくらいだったと思う。
「うん。寒くないよ、お母さん」
まだ、何も知らなかった。彼女を『お母さん』と呼び、そう信じていた。
俺の声に、彼女はうれしそうに笑った。だから、俺も笑った。
彼女の手が、俺のちいさな手を握る。
「じゃ、行こっか」
「うん」
どこからどう見ても、親子と呼ぶには彼女は幼い。
当時、彼女は十八歳。
独身。
それなのに、彼女は俺の『母』でいた。
俺たちが住んでいた町は、ちいさな町だ。
それでも、すれ違いざまに何人もの人たちが振り返り俺たちを見た。
中には立ち止ってしばらく見る人たちもいた。
幼い俺には、その理由がわからなかった。
彼女が自慢の母親だった俺は、
「お母さんがきれいだから、みんな振り返っちゃうんだね」
と思っていたし、度々そう言った。それを彼女は、
「充忠がかわいいからよ」
と笑って言って退ける。更に続けて、
「だから誘拐されないか、いつもお母さんは心配よ? ね。手を離さないでね」
とも、言っていた。
「わぁ、雪が降ってきた!」
空を見上げた彼女が歓喜の声を上げる。
「ケーキも買ったし、早くお家に帰ろうね」
数年前にも雪は降ったのだと言う。
けれど、俺はこの日に初めて雪を見て、雪を知った。
彼女の短い桜色の髪の毛が揺れる。
急ぎ足になった彼女の後ろ髪を見つめて、俺は駆け足になっていた。
雪が、徐々に視界に多く入ってきて。
いつの間にか彼女の背中は、降りしきる雪に囲まれていた。
不思議と、彼女を雪のように思った。
左手に雪が触れた。
雪はすぐに溶けて、消えていった。
右手には彼女の手の温もりが、消えることなく続いていた。




