〇〇の日
『〇〇の日』のイメージで書いた、本編とは無関係の話です。
●年前に活動報告で書いたものがベースです。
時間軸は【88】呼応より少し前くらい。
何の日かは最後に記載。
【登場人物】大臣、恭良、沙稀、瑠既
【タグ】日常、ほのぼの
書類に目を落として歩く大臣に、背後から声をかけられた。
「大臣」
声の主は恭良だ。但し、大臣が振り向くと目の前には真っ赤な薔薇があった。
「これは……」
「えと、日頃のお礼?」
うつむいて薔薇の花束を差し出す恭良は、かすかに頬を赤くしている。
大臣は──感謝の言葉も出ない。
「やっぱり、赤い薔薇って……おかしかったかな?」
「いいえ! 決してそんなことはっ!」
大臣は素早く首を横に振り、宝物を抱えるように受け取る。
「こんなに身に余ることをして頂き、何と言葉にすればよいのかと……言葉に詰まっておりました」
深々と頭を下げる。
「よかった」
恭良は口元がゆるむ。
「でも……ごめんね。たまにはゆっくりとお休みしてほしいのに……」
「いいえ。私には、休日など」
そう言うと、大臣は顔を上げる。
「私は……ここで普段通りに過ごせることが、何よりの幸せですから」
感情から自然とこぼれたような笑み。
恭良は『そう?』と首を傾げる。
「それじゃあ、私も宮城研究施設に顔を出しに行かないと」
恭良の視線は、大臣のうしろへと送られる。その視線の行き場に、大臣は自然と背筋が伸びた。もしかしたら、という直感だ。
恭良はいつの間にか駆けだしていた。その先を何気なく目で追うと、沙稀がいる。恐らくは、気配を消し恭良を待っていたのだろう。
一部始終を見られたと、大臣は妙な冷や汗をかいた。
けれど、沙稀は大臣を見ず。恭良が横に並べば歩幅を合わせて歩いて行く。
しばらく、弾むように歩く恭良と、おだやかな笑みで応える沙稀の姿を見て歩く。
決して、ついて行っているわけではない。向かう方向が同じだけだ。
前方の分かれ道に気づく。
ありがたい──と大臣が思ったかは不明だが、左へと曲がった。
今度は前方から声がかかる。
「あれ? 何、その花束は」
瑠既だ。
大臣は何か言いたげな表情を浮かべ、口を開く。
「先ほど恭良様から……頂きまして」
『ふ~ん』と言った瑠既だったが、『おお!』と手を叩く。
「そっか、大臣も五十一になれば『敬老』に当てはまるんだ?」
何とも楽し気な表情を瑠既は浮かべる。
一方の大臣は、真逆の反応だ。
まじまじと前かがみになった瑠既に、大臣は視線を逸らす。
「でもなぁ、俺にとったら」
一度途切れた言葉に大臣つい、視線が動く。
瑠既の口元は『い』の形をしていて、大臣の心臓はドクンと動いた。
「勤労感謝の日の方が、しっくりくるというか」
気が抜けて、大臣は花束を落としそうになる。
不自然な姿勢を取り花束を受け止めるが、
「ああ、そうですね」
と、胸をなで下ろす。
「どうしたの?」
「何でもありません」
「そう?」
「はい」
流すように言った大臣に、瑠既は首を傾げる。そうして、『ああ!』と何かを浮かべ、またニッと笑った。
「俺は、『父の日』でも……いいけどね?」
大臣には何とも言えない表情が貼りついたが、瑠既は満足げに軽く手を振り、歩いて行った。
──あの軽さは……どこで身につけて来てしまったんだか。
大臣は眩暈を抑えるようにして職場へと向かう。
一時間経ったころであろうか。
コンコンコン
扉が軽快に叩かれた。
急かすようなテンポの一定のリズム。──叩き方で誰か、大臣わかったのだろう。自然と口角が上がり、開ける旨を了承する。
「失礼する」
扉が開き、顔を出したのは沙稀だ。
しかし、大臣は顔を上げない。書類を進めながら言葉を投げかける。
「どうしましたか?」
「ちょっと」
「何です?」
「だから、ちょっと」
扉から顔だけを出し声をかけるなど、珍しい。
どうしたものかと、大臣は立ち上がる。仕方なく近づいて行くと、沙稀は何も言わずに歩いて行ってしまった。
「沙稀様?!」
早足になる。
すると、それに合わせるかのように、沙稀の足も早足になる。
大臣が更に早めると、沙稀が一瞥した。
距離を確認したのだろう。明らかに距離が縮まらないように沙稀は歩いていく。
大臣は幼子と追いかけっこをしているような錯覚を覚え、笑いそうになる。
幼いころ、滅多に走らない瑠既とは違い、沙稀には困らせられたことも多々あった。
思い出に浸りながら足を出して行った大臣は、最終的には小走りになっていた。
そうして着いた先は、沙稀の部屋。
沙稀は大臣に何も言わずに入って行く。
開いたままの扉から断りなく大臣は入り、静かにドアを閉める。
微かに呼吸が乱れている。瑠既に言われた通り、年齢を感じつつ、呼吸を整える。
ふと、何かいい香りがして視線を向けた。
「どうぞ」
入ってすぐにあるアイボリーのラグが視界の下にある。
視線の先には、奥の部屋で沙稀が立っていた。
大臣に奥まで来るようにと言っている。
大臣はラグとソファーの間を通って、真っ直ぐに進む。
対面キッチンが見え、手前の右側に二人用のちいさなテーブルと椅子がある。
真っ白なテーブルは沙稀の几帳面さが表れているようだ。
しかし、目についたのは、白いスープ皿の上から湯気を出している物。
「これは……」
「いいから。はやく座って」
沙稀の口調は強く、冷たい。
表情さえも眉間に皺が寄っているが、大臣にはこれが沙稀の通常だとはわかる。
いや、癖だ。
大臣はうれしそうな表情で椅子に腰かける。
「いただきます」
根菜がたっぷり入ったスープをスプーンですくい口に入れる。すると、沙稀が正面の椅子に座った。
やさしい笑顔で見守るように、大臣を見ている。
キッチンを背にしている沙稀を大臣が見ていると、
「口に合いますか?」
と柔らかく聞いてきた。
「美味しいです。相変わらず、ご自身で作ってらしたとは」
沙稀が一兵としていたときを大臣は思い出す。
大臣にとっては、決して懐かしいと微笑んで言える思い出ではない。
「料理中、エプロンは……さすがに、なさらないですよね?」
「いや、調理中はするでしょ」
間髪なし。
意外な回答に、大臣はスプーンを落としそうになった。
「いやいやいや! 貴男が?」
「何? 悪い?」
明らかに不機嫌な態度だ。
悪くはない。
エプロンは料理中にするものなのだから、身に着けても悪くはない。
だが、『だが』なのだ。
大臣は一度、否定を止めて想像する。沙稀のエプロン姿を。
想像して──すぐさま頭を振った。
大臣が想像したのはメンズエプロンなのだが、大臣のイメージでは沙稀は軽装備の甲冑なのだ。
軽装備の甲冑に……いや、今のような正装に……いやいや……と、何度も想像をしては、掻き消していく大臣。
呆然としては頭を振り、また呆然としてはすぐさま頭を振る大臣を前に、
「別に、いいけどさ」
と、沙稀は一言だけ言い、キッチンへと姿を消してしまった。
──やってしまった!
大臣は項垂れるほど反省する。
沙稀は敏感だ。神経質なほどに。
忙しい間をぬって、折角作ってくれた物を──それも、聞かれるまで美味しいとも言えず。大臣は『自分は師としても失格だ』と、沈む。
「ほら、百聞は一見にしかず。笑いたければ、笑えばいい」
項垂れた頭を起こすと、そこには青いシンプルなエプロンを付けた沙稀の姿が。
アクセントの線以外が白い正装の上につけるエプロン姿は──シェフの出で立ちのようだった。
「いいえ。思いの外、着こなしていて驚きました」
大臣の素直な感想に、沙稀は腰にあてていた左手を下げる。
ふうと一息ついた沙稀は、渋い表情を変えないまま、エプロンをほどき背を向けた。
「で、少しは休めた?」
手持ち無沙汰のようにエプロンを畳んでいる。
「はい。お蔭様で。……ありがとうございます」
大臣は一礼をする。
スープには、大臣の苦手な玉ねぎは入っていなかった。
『〇〇の日』は、『敬老の日』でした。




