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「女神回収プログラム」短編集  作者: 呂兎来 弥欷助
伝説の終わり──もうひとつの始まり【79】~【92】くらいの設定での話

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〇〇の日

『〇〇の日』のイメージで書いた、本編とは無関係の話です。

●年前に活動報告で書いたものがベースです。


時間軸は【88】呼応より少し前くらい。


何の日かは最後に記載。


【登場人物】大臣、恭良ユキヅキ沙稀イサキ瑠既リュウキ


【タグ】日常、ほのぼの

 書類に目を落として歩く大臣に、背後から声をかけられた。


「大臣」


 声の主は恭良ユキヅキだ。但し、大臣が振り向くと目の前には真っ赤な薔薇があった。


「これは……」

「えと、日頃のお礼?」


 うつむいて薔薇の花束を差し出す恭良ユキヅキは、かすかに頬を赤くしている。

 大臣は──感謝の言葉も出ない。


「やっぱり、赤い薔薇って……おかしかったかな?」

「いいえ! 決してそんなことはっ!」


 大臣は素早く首を横に振り、宝物を抱えるように受け取る。


「こんなに身に余ることをして頂き、何と言葉にすればよいのかと……言葉に詰まっておりました」


 深々と頭を下げる。


「よかった」


 恭良ユキヅキは口元がゆるむ。


「でも……ごめんね。たまにはゆっくりとお休みしてほしいのに……」

「いいえ。私には、休日など」


 そう言うと、大臣は顔を上げる。


「私は……ここで普段通りに過ごせることが、何よりの幸せですから」


 感情から自然とこぼれたような笑み。

 恭良ユキヅキは『そう?』と首を傾げる。


「それじゃあ、私も宮城研究施設に顔を出しに行かないと」


 恭良ユキヅキの視線は、大臣のうしろへと送られる。その視線の行き場に、大臣は自然と背筋が伸びた。もしかしたら、という直感だ。

 恭良ユキヅキはいつの間にか駆けだしていた。その先を何気なく目で追うと、沙稀イサキがいる。恐らくは、気配を消し恭良ユキヅキを待っていたのだろう。


 一部始終を見られたと、大臣は妙な冷や汗をかいた。


 けれど、沙稀イサキは大臣を見ず。恭良ユキヅキが横に並べば歩幅を合わせて歩いて行く。


 しばらく、弾むように歩く恭良ユキヅキと、おだやかな笑みで応える沙稀イサキの姿を見て歩く。

 決して、ついて行っているわけではない。向かう方向が同じだけだ。


 前方の分かれ道に気づく。

 ありがたい──と大臣が思ったかは不明だが、左へと曲がった。



 今度は前方から声がかかる。


「あれ? 何、その花束は」


 瑠既リュウキだ。

 大臣は何か言いたげな表情を浮かべ、口を開く。


「先ほど恭良ユキヅキ様から……頂きまして」


『ふ~ん』と言った瑠既リュウキだったが、『おお!』と手を叩く。


「そっか、大臣も五十一になれば『敬老』に当てはまるんだ?」


 何とも楽し気な表情を瑠既リュウキは浮かべる。

 一方の大臣は、真逆の反応だ。

 まじまじと前かがみになった瑠既リュウキに、大臣は視線を逸らす。


「でもなぁ、俺にとったら」


 一度途切れた言葉に大臣つい、視線が動く。

 瑠既リュウキの口元は『い』の形をしていて、大臣の心臓はドクンと動いた。


「勤労感謝の日の方が、しっくりくるというか」


 気が抜けて、大臣は花束を落としそうになる。

 不自然な姿勢を取り花束を受け止めるが、


「ああ、そうですね」


 と、胸をなで下ろす。


「どうしたの?」

「何でもありません」

「そう?」

「はい」


 流すように言った大臣に、瑠既リュウキは首を傾げる。そうして、『ああ!』と何かを浮かべ、またニッと笑った。


「俺は、『父の日』でも……いいけどね?」


 大臣には何とも言えない表情が貼りついたが、瑠既リュウキは満足げに軽く手を振り、歩いて行った。


 ──あの軽さは……どこで身につけて来てしまったんだか。

 大臣は眩暈を抑えるようにして職場へと向かう。




 一時間経ったころであろうか。


 コンコンコン


 扉が軽快に叩かれた。


 急かすようなテンポの一定のリズム。──叩き方で誰か、大臣わかったのだろう。自然と口角が上がり、開ける旨を了承する。


「失礼する」


 扉が開き、顔を出したのは沙稀イサキだ。

 しかし、大臣は顔を上げない。書類を進めながら言葉を投げかける。


「どうしましたか?」

「ちょっと」

「何です?」

「だから、ちょっと」


 扉から顔だけを出し声をかけるなど、珍しい。

 どうしたものかと、大臣は立ち上がる。仕方なく近づいて行くと、沙稀イサキは何も言わずに歩いて行ってしまった。


沙稀イサキ様?!」


 早足になる。

 すると、それに合わせるかのように、沙稀イサキの足も早足になる。


 大臣が更に早めると、沙稀イサキが一瞥した。

 距離を確認したのだろう。明らかに距離が縮まらないように沙稀イサキは歩いていく。


 大臣は幼子と追いかけっこをしているような錯覚を覚え、笑いそうになる。


 幼いころ、滅多に走らない瑠既リュウキとは違い、沙稀イサキには困らせられたことも多々あった。



 思い出に浸りながら足を出して行った大臣は、最終的には小走りになっていた。



 そうして着いた先は、沙稀イサキの部屋。

 沙稀イサキは大臣に何も言わずに入って行く。


 開いたままの扉から断りなく大臣は入り、静かにドアを閉める。

 微かに呼吸が乱れている。瑠既リュウキに言われた通り、年齢を感じつつ、呼吸を整える。


 ふと、何かいい香りがして視線を向けた。


「どうぞ」


 入ってすぐにあるアイボリーのラグが視界の下にある。

 視線の先には、奥の部屋で沙稀イサキが立っていた。


 大臣に奥まで来るようにと言っている。


 大臣はラグとソファーの間を通って、真っ直ぐに進む。


 対面キッチンが見え、手前の右側に二人用のちいさなテーブルと椅子がある。

 真っ白なテーブルは沙稀イサキの几帳面さが表れているようだ。

 しかし、目についたのは、白いスープ皿の上から湯気を出している物。


「これは……」

「いいから。はやく座って」


 沙稀イサキの口調は強く、冷たい。

 表情さえも眉間に皺が寄っているが、大臣にはこれが沙稀イサキの通常だとはわかる。


 いや、癖だ。

 大臣はうれしそうな表情で椅子に腰かける。


「いただきます」


 根菜がたっぷり入ったスープをスプーンですくい口に入れる。すると、沙稀イサキが正面の椅子に座った。


 やさしい笑顔で見守るように、大臣を見ている。


 キッチンを背にしている沙稀イサキを大臣が見ていると、


「口に合いますか?」


 と柔らかく聞いてきた。


「美味しいです。相変わらず、ご自身で作ってらしたとは」


 沙稀イサキが一兵としていたときを大臣は思い出す。


 大臣にとっては、決して懐かしいと微笑んで言える思い出ではない。


「料理中、エプロンは……さすがに、なさらないですよね?」

「いや、調理中はするでしょ」


 間髪なし。

 意外な回答に、大臣はスプーンを落としそうになった。


「いやいやいや! 貴男が?」

「何? 悪い?」


 明らかに不機嫌な態度だ。


 悪くはない。

 エプロンは料理中にするものなのだから、身に着けても悪くはない。

 だが、『だが』なのだ。


 大臣は一度、否定を止めて想像する。沙稀イサキのエプロン姿を。


 想像して──すぐさま頭を振った。


 大臣が想像したのはメンズエプロンなのだが、大臣のイメージでは沙稀イサキは軽装備の甲冑なのだ。

 軽装備の甲冑に……いや、今のような正装に……いやいや……と、何度も想像をしては、掻き消していく大臣。



 呆然としては頭を振り、また呆然としてはすぐさま頭を振る大臣を前に、


「別に、いいけどさ」


 と、沙稀イサキは一言だけ言い、キッチンへと姿を消してしまった。



 ──やってしまった!


 大臣は項垂れるほど反省する。


 沙稀イサキは敏感だ。神経質なほどに。


 忙しい間をぬって、折角作ってくれた物を──それも、聞かれるまで美味しいとも言えず。大臣は『自分は師としても失格だ』と、沈む。


「ほら、百聞は一見にしかず。笑いたければ、笑えばいい」


 項垂れた頭を起こすと、そこには青いシンプルなエプロンを付けた沙稀イサキの姿が。

 アクセントの線以外が白い正装の上につけるエプロン姿は──シェフの出で立ちのようだった。


「いいえ。思いの外、着こなしていて驚きました」


 大臣の素直な感想に、沙稀イサキは腰にあてていた左手を下げる。

 ふうと一息ついた沙稀イサキは、渋い表情を変えないまま、エプロンをほどき背を向けた。


「で、少しは休めた?」


 手持ち無沙汰のようにエプロンを畳んでいる。


「はい。お蔭様で。……ありがとうございます」



 大臣は一礼をする。



 スープには、大臣の苦手な玉ねぎは入っていなかった。

『〇〇の日』は、『敬老の日』でした。

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